087 恋では愛に勝てない
夕食時、ソウマは帝栄のPTメンバーであるマイ、レイカ、シオンの三人と合流した。
当然のようにユキも一緒で、五人はテーブル席を囲んだ。
ソウマとユキが並んで座り、対面に他の三人が座っている。
「そういえばちゃんと挨拶するのは初めてだよね? 私、ソウマくんの正妻候補筆頭の宮野ユキ! よろしくねー!」
ユキが陽気なテンションで挨拶する。
「ちゃんとも何も、私は初めて会ったんだけど!?」
そう驚いたのはマイだ。
「おい、誰だよ、あの美女」
「神代の奴、逢坂たちに加えてあんな上玉とも仲良かったのか」
「異常な強さだし、モテまくりだし、アイツだけおかしいだろ……」
「前世でどれだけ徳を積んだんだ……!」
他の男子は羨望の眼差しでソウマを眺める。
一方、当のソウマは気まずさを覚えていた。
(なんだかユキ先輩と他の三人の間に見えない火花が散っているように感じる……!)
鈍感なソウマだが、女性陣の醸し出す物騒な雰囲気は察していた。
特にレイカとシオンは、恨めしげにユキを睨んでいた。
「マイ、この女は気をつけたほうがいいわよ。私たちがソウちゃんといい感じになったら妨害してくるから」
「そうだよ。私も邪魔されたもん」
シオンが頬を膨らませながら頷く。
「というか、私はシオンにもびっくりなんだけど!?」
「え?」と、シオンがマイを見る。
「レイカはわかるよ? どう見てもビッチだし、普段からソウマにちょっかいを出していたからね。でもシオン、あんたはいつ抜け駆けしたの? そんなキャラじゃなかったじゃん!」
「えっと、それはぁ……」
シオンは顔を真っ赤にして俯いた。
「まあまあ、そんなのいつだっていいじゃん! それに……レイカだっけ? あなた、誤解しているよー」
「誤解?」
レイカは目を細めてユキを睨む。
「私があなたやシオンちゃんをベッドから引きはがしたのは、たまたま私がソウマくんと楽しもうと思ったときにあなたたちがいたからなんだよね。私、今は海外を飛び回っていて忙しいから、日本にいる間はソウマくんと過ごしたいの」
「忙しいから優先権は自分にあるってことかしら?」
「というか、私だけ仲間外れ感が半端ないんですけど!?」
マイが口を挟むが、残念ながら誰も反応しなかった。
「別に優先権を主張するつもりはないけど、結果的にソウマくんは私を受け入れたわけでしょ? もしあなたやシオンちゃんに優先権があるなら、ソウマくんは佐藤と鈴木に連れ去られていくあなたたちを追いかけたんじゃない?」
「「うっ……!」」
痛いところを突かれて、レイカとシオンは言葉に詰まった。
「それに私、日本にはほとんどいないんだから、ソウマくんの心を動かしたいならチャンスはいくらでもあるでしょ? 束縛しない主義だから、ソウマくんにも遠慮なく他の女と遊んでいいよって言っているし」
「ずいぶんと余裕ね。私たちだって、ソウちゃんとそれなりに深い仲なのよ? 今はあなたがリードしているかもしれないけど、いつまでもそうだとは限らないわ」
レイカは言い返しながら、こっそりソウマにアピールしていた。
さりげなく足を伸ばして、密かにソウマの太ももを撫でていたのだ。
ソウマは平静を装っているが、視線はちらちらテーブルの下に向いていた。
「本当にそうかな?」
一転してユキの顔から笑みが消える。
「その『そうかな?』って、どういう意味よ?」
レイカが気圧されている。
ユキに主導権を握られているせいで、いつもの余裕は感じられなかった。
「答えてあげてもいいけど、その前に――」
「ひゃう!?」
突然、レイカが飛び跳ねた。
「レイカ!?」
「レイカさん!?」
マイとシオンがびっくりする。
ソウマは無言で悶絶していた。
レイカが飛び跳ねる際にソウマの睾丸を蹴ってしまったからだ。
太ももを撫でていたつま先が、驚いた拍子にソウマの急所に直撃してしまった。
しかし、幸いにも皆はレイカに気を取られて気づいていなかった。
「どうしたの? レイカ?」
ユキがニヤニヤしながら尋ねる。
「な、なんでもないわよ!」
レイカは恥ずかしそうに座り直した。
股を強く閉じ、左手でスカートを押さえる。
先ほど彼女が飛び跳ねたのは、ユキがイタズラをしたからだった。
スカートの中に足を忍び込ませて、太ももをすりすりと撫でたのだ。
そう、レイカがソウマにしていることを、ユキがレイカに仕掛けた。
(この女……! 侮れない……!)
レイカはユキに対する警戒感を最大限に強めた。
「ねぇ、ソウマくん、ここからは女だけで話したいから、先に戻っていてもらえるかな?」
突然、ユキが言い出した。
「え? まだ頼んだ料理が来ていないのですが……」
「ルームサービスで頼めばいいじゃん! 私も食べずに戻るから!」
「わかりました。ですが、ユキ先輩、三人は俺の大切な仲間なので、意地悪はしないでくださいよ」
「えー、私が意地悪する側なの? むしろ、される側でしょ! 1対3なんだし!」
「ここまでのやり取りを見る限り、明らかにユキ先輩が意地悪する側ですよ! それじゃあ、またあとで」
ソウマは席を立ち、そそくさと食堂を後にした。
「あのー、ユキ先輩? 女だけで話したいことっていうのは……?」
マイが尋ねると、ユキは笑みを浮かべた。
「先輩なんて付けなくていいよ。年齢だって一つしか変わらないんだし、タメ口で話して!」
「じゃあ、そうするよ。それで?」
マイが先を促す。
「さっき、私が『本当にそうかな?』って言ったら、レイカがどういう意味か尋ねてきたでしょ。そのことを話そうと思ってね」
マイ、レイカ、シオンの三人は何も言わずにユキを見つめる。
「レイカは自分たちがソウマくんと『それなりに深い仲』って言っていたけど、私にはそう思えないんだよね」
ユキは真顔で話し始めた。
「ど、どうして、そんなことが言えるのですか? 見たことがないじゃないですか」
声を震わせながら反論したのはシオンだ。
「見なくたってわかるよ。だってあなたたち、ソウマくんの話を信じなかったんでしょ?」
「「「え?」」」
「ソウマくんが異常に強い理由……ミストリアの話よ。誰一人として信じなかったんでしょ? マイは『ふざけるな!』って怒鳴ったらしいじゃん」
「それは……まだソウマのことをよく知らなかったときで……」
マイの目が泳ぐ。
「仲良くなってからも信じなかったでしょ? ソウマくんから聞いたよ。ステータスの測定をしたときなど、いろいろなタイミングで話したけど三人とも信じなかったって」
「「「…………」」」
「そこが私とあなたたちの差なの。私はソウマくんのことをよく知っているから、彼の発言が嘘かどうかを見極められる。だから、どれだけ突拍子もない話でも信じることができた。上辺だけじゃなくて、心の底から本当だと確信できた」
ユキの言葉が、マイたちに重くのしかかる。
「別に責めているわけじゃないの。ただ、ソウマくんに対する理解度の差を言っているの。あなたたちはソウマくんに対する感情が『恋』だとすれば、私のソウマくんに対する感情は『愛』になるの。恋では愛に勝てない。絶対にね」
ユキは話し終えると立ち上がると――
「これからもソウマくんと仲良くしてあげてね」
圧倒的な余裕を見せつけながら去っていった。
「完膚なきまでに言い負かされたわね、私たち」
レイカが力なく笑った。
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