第95話:次なる地に向けて
危険な隠密者ロキとの激闘が終わった。
ダメージを受けていたピエールとエリザベスを、オレは闘気術で回復してやる。
二人とも特に後遺症はない。
少し休憩したら、すぐに動けるようになるであろう。
さて、次は気絶しているロキの番。
倒れていたロキのことも、回復してやる。
「うっ……ここは? あっ、オードルのアニキ?」
意識を取り戻したロキは、オレの顔を見て驚く。
まだ記憶が混乱しているのであろう。
徐々に状況を思い出していく。
「そうか……オレっち、本当にアニキと戦って、負けちゃったのか……夢の続きかとおもっちゃったよ……」
「夢だと?」
「うん。懐かしい夢を見ていたんだ……アニキに拾われて、必死で剣の鍛錬をした日々のことを……」
ロキは静かに語り出す。
自分が見ていた夢のこと……昔の自分のことを。
「オレッチって、戦場でいつも足手まといになってばかりでさ。でも、いつもピエールとか、仲間たちがオレッチを助けてくれて。あと戦が終わった後は、皆でバカ騒ぎし過ぎて。でも騒ぎ過ぎて、アニキにゲンコツで叱られて、死ぬほど痛かったこと、とか……本当に楽しい夢を見ていたんだ……」
「そうか。懐かしいな」
ロキの話を聞きながら、オレも思わず感慨深くなる。
ロキが入団した頃の傭兵団は、まだ小規模な時代。
団員全員が家族のように暮らしていた。
生活は苦しかったが、本当に楽しい日々だった。
「ねぇ、アニキ。オレッチは信じていたんだ……二年前の事件の後も、戦鬼オードルは必ず生きているって……」
ロキは神妙な顔で語り出す。
この二年間のことを。
「だからオレッチは一生懸命、頑張ったんだ。アニキがいつ団に戻ってきても、いいように。死ぬほど自分を鍛えて直して、縮小した傭兵団も大きくなるように……」
ロキは昔から純粋だった。
だからこそ信じて待っていたのであろう。
戦鬼として、オレが帰還することを。
「本当に死にそうな毎日だったんだ、その時は……」
ロキは誰よりも才能がない男であった。
だから本当に地獄のような鍛錬を、積んでいたのであろう。
こここまで強くなるとは、このオレですら予想もできなかった。
「でも、数か月たって、ある日に気がついたんだ……『戦鬼オードルはこの世に、もういない』って。だからオレッチは覚悟を決めた。もっと強くなって、傭兵団を大きくすることを。天上界に逝って、戦っているだろうアニキの所にも、団の名声が届くように……」
傭兵たちの間には言い伝えがある。
『勇敢に戦って死んだ戦士は、天上界の戦場へと召される』と。
純粋なロキは死んだオレのために、傭兵団を無理してまで大きくしていたのだ。
「でも、ある日、“あの女”がオレッチの目の前に現れたんだ。そして言ってきた……『戦鬼オードルは大陸のどこかで生きている。“真実の遺跡”を見つけたら、必ず目の前に姿を表す』って。だからオレッチは契約したんだ……“あの女”……“魔女”の力を利用するために。でも、借り物の力じゃ、やっぱり本物の戦鬼オードルには敵わなかったけどね」
ロキの話は終わる。
話し終えて、自分自身に対して苦笑いしている。
全てを話し終えて、清々しい気持ちになったのだろう。
「そうか。オレがいないこの二年間。本当によく頑張ってきたんだな」
座り込んでいるロキの頭を、優しく撫でてやる。
こいつは確かに人外の力の飲み込まれてしまった。
だが、それは団を守るため。
オレのために一人でもがいて必死になっていたのだ。
「ちょ、ちょっとアニキ⁉ ボクはもう昔の子供じゃないんだから、恥ずかしいよ! ……まぁ、ちょっとは嬉しいけど……」
純粋なくせに、素直じゃない態度。
昔のロキのままだ。
「ところでロキ。古代遺跡の調査隊……リッチモンドはどこにいる?」
ロキとの雑談の話は、ひとまず置いておく。
今回の最大の目的、旧友リッチモンドの居場所を知りたいのだ。
ピエールの情報では、この先の古代遺跡にいるはず。
情報収集を得意とするロキなら、詳しく知っているであろう。
「調査隊の人たちは、古代遺跡にまだいるよ。皇帝から命令があってさ」
「なんだと、皇帝だと?」
「うん。皇帝が自ら出陣してきたんだ。この先の遺跡の調査にさ」
最悪のタイミングだった。
皇帝の周囲には尋常ではない警護隊がいる。
リッチモンドの救出は骨が折れそうだ。
「その遺跡の詳しい場所を分かるか、ロキ?」
「当たり前だよ、アニキ! オレッチを誰だと思っているのさ。ここから更に先に行った盆地に、遺跡はあるよ」
「この先の盆地か……あそこか」
昔、バーモンド領を旅していた時の記憶がある。
急げば数日で到着する距離だ。
「でも、アニキ。気をつけた方がいいかも。その遺跡、何か嫌な感じがすんだよ……」
「危険だと?」
「そう……あの遺跡……あの巨大な塔は、何かヤバイんだよね」
信じられない話であった。
あの盆地には何も無かった。
それが巨大な建築物が出現しただと?
どうやって突如と出現したのであろうか。
確かに危険な臭いがする。
「お前は塔の遺跡には、行かなかったのか?」
「オレッチの一番の目的は……ここで戦鬼オードル、アニキを待つことだったからね。正直なところ遺跡はどうでもいいし」
なるほど。
先ほどのロキは、瘴気によって自我を失いかけていた。
それでも自分の本能によって、ロキは行動していたのであろう。
「よし、大体の話は分かった。おい、エリザベス、ピエール。そろそろ休憩は終わりだ。次に行くぞ」
休みながら、一緒に話を聞いていた二人に声をかける。
リッチモンド救出のために、盆地に遺跡に向かうのだ。
盆地まで少し距離がある。
その前に、マリアたちの馬車を再び合流。
また高速移動で盆地を目指すことにした。
「分かった、オードル。こっちは準備万端よ!」
「私も大丈夫でございます、団長殿」
二人は移動の準備を終えていた。
まだロキから受けたダメージは残っているが、道中で回復できであろう。
「それよりオードルの、その傷はどうするの?」
エリザベスが心配するのも無理はない。
オレは全身の至る所に、傷を負っていた。
先ほどのロキとの激戦。
漆黒のナイフを何度も受け止めた、全身から血が流れ落ちているのだ。
自分では分かるが、致命傷はない。
だが周りからは危険な状況に見えるのであろう。
「ん? これか? こんな傷は、これで……はぁああ、奮! これで大丈夫だ」
闘気と筋肉を使い、全身の傷を塞ぐ。
出血は止まる。
あとは移動しながら、闘気で自己治療していけば、大丈夫だ。
「『これで大丈夫』って……相変わらずオードルって……」
「やっぱ規格外だね、アニキは」
「そうでございますね」
三人は苦笑いしながら、呆れていた。
だが、時間がない。
さあ、早く出発するぞ。
「さて、それじゃ、オレッチも頑張らなとね。いいよね、アニキ?」
「ロキ、お前も付いてくるのか? 別にいいが、その代わり、ちゃんと働いてもらうぞ」
ロキの同行願い。
まさかのお願いだったが、無下に断ることはできない。
その分だけ働いてもらう。
「えー⁉ まったくアニキは人使いが荒いんだから……まぁ、先行偵察なら、このオレッチに任せてよ!」
ロキは隠密術の達人。
紆余曲折がありながらも、頼もしい男が仲間に入った。
こうしてオレたちはマリアの待つ馬車と合流。
リッチモンド調査隊のいる盆地へと向かうのであった。
◇
「ねぇ、アニキ。さっきから言っている『マリア』って誰なの?」
「マリアはオレの娘だ」
「そうか、娘か……って、えっー⁉ あのアニキに娘が⁉」
こうして移動しながらロキにも、これまでの事情を簡単に説明しておくのであった。




