第90話:大隊長たちとの再会
バーモンド城主の間で戦いは終わった。
かつての部下に、自分の正体を明かすことにした。
その前に気絶している連中を、起こしてやらないとな。
たベラミーとルーニーの兄弟。
細身剣使いピエールと、東方の侍コサブローの四人だ。
オレは回復の闘気を注入して、起こしてやる。
それに降参した老剣士ジンを加えた五人。
城主の間に連れて説明をしていく。
バーモンド伯爵は気絶したままにしておく。
「……という訳で、オレは生き延びていた、つまり本物のオードルだ。久しぶりだな、お前たち」
時間がないので簡潔に話していった。
二年前の火事の事件のこと。
秘密の通路を脱出して、辺境の村で生き延びていたことを。
さて、これで信用してくれたら良いのだが。
「や、やっぱり団長だったんだー! 最後の一撃を受けて、ボクもそう思っていたんだ!」
最初に声を上げたのは、重戦士のルーニー。
まるで子どものように大喜びして、オレに抱きついてくる。
な
なるほど、そうか。
先ほどの戦いで気絶する直前に、オレの正体に薄々気が付いていたのか。
「おい、ルーニー。団長が困っているから離れろって! まぁ、団長。実はオレも最後の方に気が付いていましたぜ……あんなに馬鹿強いのは、大陸広しと言えどもオードル団長だけだって」
兄ベラミーの方も薄々気が付いていたという。
やや困惑していたが、にやりと笑みを浮かべている。
「拙者も吹き飛ばされた時に……」
「私もです、団長殿」
コサブローとピエールも同じだった。
戦いの最後に気が付いたという。
昔、オレと稽古をつけて戦った記憶。
それが気絶する直前に、走馬灯のように脳裏に浮かんできたという。
「ふん。ワシは途中から気が付いていたぞ、オードルよ」
なんと、老剣士ジンはエリザベスと戦っている時に、気が付いていたという。
「何しろ、この嬢ちゃんの戦い方は、オヌシのよく似ていたからのう。そこでワシはピンときたのじゃ」
「そうか。だが爺さん、だったら、何で途中に、それを言わなかった?」
オレの正体を口にしていたら、無用な戦いは避けられたはずだ。
「ふん。その方が面白しろそうじゃろう? 何しろ“あの戦鬼”と本気で再び剣を交えるんじゃぞ? のう、ピエールとコサブロー?」
「たしかにジン殿の仰る通り。私も久しぶりの血が湧きたちました!」
「拙者もでござる! オードルとの戦い、この身に染みましたでござる!」
「ボクも楽しかったよ! 団長は本当に強かったんだから!」
「お前ら三人はズリィよな、団長と戦えてさ。ちっ……オレも本気で斬り合いたたかったぜ!」
大隊長たちは誇らしげに、自分の戦いを語り合っている。
下手したら死ぬ可能性があったのかもしれないのに、楽しそうに顔だ。
まったく相変わらず、戦闘中毒な連中だ。
昔と変わらない傭兵団の男たちだった。
見ているだけで心が和らぐ。
だが、今はまだ戦の途中。
早くしないと城の城門が破られて、オードル傭兵団の一兵卒が流れ込んできてしまう。
「話の途中で悪いが。バーモンド伯爵の身柄は預かっていくぞ」
「ええ、別に構いません、団長殿。それよりも私たちが停戦の宣言をした方が、この場は早くありませんか?」
「停戦宣言だと、ピエール?」
「はい。この攻城戦に来ていた大隊長の五人全員が、既に破れてしまった。これはオードル傭兵団の敗北も同義です」
「まぁ、そうだが。それなら頼む」
まさか向こうから敗北宣言をされると思っていなかった。
だが有り難い提案。
何しろ今のところバーモンド軍は劣勢。
このままではいけば城は落とされてしまうのだ。
「それならコサブロー殿、全軍に退却の笛の号令を、お願いいたします」
「ピエール殿、了解したでござる」
「ベラミー殿とルーニー殿は、退却の指揮をお願いいたします。退却場所は国境線の向こう側の、例の砦に」
「ちっ、わかったぜ!」
「うん、ボクたち兄弟に任せて!」
「あとジン殿は……」
「ワシはいつものように勝手に帰らせてもらうぞ」
「そうですね。お気を付けて」
ピエールの指示のもと、四人の大隊長は動き出す。
相変わらず手際のよい連中だ。
コサブローの退却の笛の音が、バーモンド城に鳴り響く。
「「「⁉ 退却だ!」」」
その合図に反応して、城内外のオードル傭兵団が退いていく。
優勢ながらも退却の指示に即座に従っているのだ。
まるで津波の様な見事な去り際。
取り残されたバーモンド守備兵は、呆気に取られている。
「では拙者たちも退却するでござる。団長殿、またの機会を楽しみにしているでござる!」
続いて城主の間の大隊長たちも、移動を始める。
城主の間からコサブローを先頭に去っていく。
「おい、ピエール。団長は後でちゃんと連れてくるんだぞ! それじゃ、お先に団長!」
「あっ、待ってよ、兄ちゃん! じゃあ、団長、またね!」
続いてベラミーとルーニーの兄弟が、挨拶をして去っていく。
どうやら、ピエールはこの場に残る係。
オレのことを後から、待ち合わせ場所に連れていくつもりなのであろう。
「ワシは、ちょいと別件に行ってから、合流するぞ」
最後に老剣士ジンが去っていく。
相変わらず集団行動が苦手な爺さんだ。
「おっと、忘れていた。オードルよ、一つだけ忠告しておく。“今の団長代理”には注意しろ。それじゃのう」
「“今の団長”……だと、爺さん?」
去り際、ジンは意味深な言葉を残していった。
聞き直そうとして、そのまえにジンは去ってしまう。
「団長代理か……」
オードル傭兵団のルールだと、一番強い大隊長が団長代理を兼任する。
ジンの口調では、この場にいなかった誰かが団長代理なのであろう。
そもそも今はいったい誰が団長代理なのだ?
それにジンの言葉の真意は?
「ねぇ、オードル。伯爵が目を覚ましそうよ。それに守備兵もこっちに上ってきそうよ!」
「そうだな。それならオレたちも身を隠した方がいいな」
疑問は色々あるが、今は急いだ方がいい。
何しろバーモンドでの攻防戦は既に終結している。
オレたち部外者がこの場にいたら、余計な疑惑の目を向けられてしまうであろう。
とりあえずクラウディアから預かった手紙を、気絶したままのバーモンド伯爵の手に握らせておく。
これで何かあった時でも、オレたちの身の潔白は証明できるであろう。
「ねぇ、オードル。この窓から、裏庭にいけそうよ」
「よし、そこからマリアたちの所に戻ろう」
帰りは城主用の秘密の脱出ルートを使わせてもらう。
来たときよりも時間が短縮できるので、早めにマリアに再会できるであろう。
さて、撤退を開始するぞ。
「団長殿、私もお供いたします」
「やはり付いて来るのか、ピエール?」
細身剣使いピエールが、後ろから付いてきていた。
「はい。他の大隊長たちにも約束したので。後で『団長を傭兵団に必ず連れて戻る』と」
「そうか。勝手にしろ」
「はい、では」
ピエールには聞きたいことも沢山ある。
同行しても問題はない。
それに後日、傭兵団に一度顔を出すのも悪くはない。
何しろ先ほどは慌ただしく大隊長たちに事情を説明した。
だが他の団員もいる場で、ちゃんと話をする必要がある。
今回の戦が終わったら、一度だけオードル傭兵団に顔を出してやらないとな。
「じゃあ、御くれずに付いて来い。お前たち」
オレを先頭にして、城主間の窓から駆け下りいく。
いつものようにエリザベスが後を付きてくる。
身軽なピエールも難なくついてきていた。
そのまま一気に裏庭から、秘密の脱出ルートへと進んで行く。
運のいいことに、守備兵はいない。
さて、早くマリアの待つ場所に戻るとするか。
「おい、ピエール。一つ聞いてもいいか?」
「何なりとお聞きください、団長殿」
移動しながら後ろの元部下に声をかける。
もちろん周囲には警戒したままだ。
「そういえば今の団長代理の座には、誰が付いている? あの城にいなかった大隊長だと、タルカスかミュー・ファンのどちらか?」
二人とも大隊長の一人。
タルカスは西方の部族出身の大斧使いの戦士で、オレを上回る巨漢。
ミュー・ファンは山岳地帯の少数民族の女戦士だ。
この二人が、もしかしたら急激に成長して、今は団長代理の地位に就いている可能性があるのだ。
ちなみに二年前の大隊長たちの実力差は次の通り。
◇
《二年前のオードル傭兵団の順列》
一番隊:老剣士ジン
二番隊:細身剣使いピエール
三番隊:東方の侍コサブロー
四番隊:西方の巨人タルカス
五番隊:短剣使いベラミー
六番隊:女戦士ミュー・ファン
七番隊:重戦士ルーニー
…………
・基本的に個人の実力は一番からの強い順になる。
・順位の変動は流動的に変わることが多い。
◇
先ほどの指示の感じだと、今はピエールが高い地位にいるのであろう。
一方でジン爺さんは歳で、少し順位を落としているのかもしない。
あと他にも二年間と大きく変動があったのであろう。
そうなると今の一番隊の隊長で、団長代理が誰になるのか?
「いえ……今の団長代理はタルカス殿でもミュー・ファン殿でもございません……」
なんだと。
オレの予想は見事に外れていた。
ということは残ったのは一人だけ。
まさか……あいつが?
「はい。今の団長代理は……ロキ殿です」
「まさか……あのロキが?」
ピエールの口から出た名前に、オレは思わず聞き返してしまう。
“ロキ”
何しろロキは二年程前、大隊長にギリギリで昇格した男。
実力的にも他の七人に圧倒的に劣っていた。
それで八番隊の大隊長なのだ。
それがたった二年でピエールやコサブローを一気に追い越して、今は頂点に立っているだと?
当時のロキの顔を思い浮かべても、なおもオレは信じられずにいた。
「団長の王都での事件があった後、ロキ殿は別人の様に変わりました。急激に強さを身に付け、瞬く間に大隊長の地位を上げていき、この私も超える強さを身に付けました……」
ピエールは説明しながら思い返していた。
だが不思議と眉をひそめている。
何か嫌なこともであったのであろう。
この忠義な男には珍しい反応だ。
「お前、ロキのことが好きじゃないのか?」
「いえ、嫌いではありません。ですがロキ殿は少しばかり、何か急いでいるのです。たしかに彼のお蔭でオードル傭兵団は大きく成長しました。ですが、その分だけ今の団に歪が生じているのも事実……」
「歪みだと? 団員の質が下がっていることか?」
最初に遭遇した馬車を襲っていた別働部隊。
あいつらのレベルは明らかに低かった。
オレがいた頃では、あの程度の連中は入団もできない。
少数精鋭で神速を貴ぶのがオードル傭兵団のもっとうだったのだ。
「耳が痛いですが、団長の指摘の通りです。ロキ新団長代理の方針で、あのような新参者の加入も止むず。それに今回の侵攻の件も……」
「今回の侵攻だと? バーモンド城への進軍のことか?」
たしかに戦略的にバーモンド領に、帝国軍が攻め込む価値は低い。
だが開戦と同時に主力部隊の一つのオードル傭兵団が、大侵攻をしていた。
オレも王城で聞いた時に、疑問に思っていたことの一つだ。
「ここだけの話、バーモンド城へ攻撃は陽動です」
「陽動だと?」
信じられない作戦だった。
あれほどの大部隊を投入して、陽動だと?
では本来の目的は?
何を隠しているのであろうか?
「今回の本当の目的は、“ある場所”を奪取することです」
「ある場所だと?」
ピエールの言葉を聞いて、オレは嫌な予感がした。
「ある場所とは、私も詳しくは分かりませんが、バーモンド領に見つかった新たな遺跡のようです」
「バーモンド領の遺跡か。やはり、そうか」
嫌な予感は的中した。
王城での情報によると、バーモンド領内で変わった遺跡が発見されていたという。
そして帝国の本当の目的はバーモンド領の遺跡にあったのだ。
「だが、たかが遺跡の一つ。何があるというのだ?」
「それは私も存じません。ですがロキ殿は小声でつぶやいていました……『“真の遺跡”が見つかった』と」
「“真の遺跡”だと?」
初めて耳にする言葉であった。
専門家であるリッチモンドなら知っているかもしれない。
そして何か危険な言葉だ。
今回見つかった遺跡は、普通の遺跡ではないのかもしれない。
皇帝が大軍を招集して、なおかつ最強の傭兵団を陽動に使うほどに。
(遺跡……リッチモンドか……)
おそらく旧友リッチモンドは古代文明の調査を行っていた。
そして遺跡は今、帝国軍に占領されているであろう。
彼が捕まっている可能性が高いのだ。
「遺跡の場所は分かるか、ピエール?」
「大まかな場所なら」
「それなら案内を頼む。その前にオレの家族に合流してからだ」
「かしこまりました。えっ……あの団長に“家族”ですか⁉」
驚くピエールの説明は後で。
こうして帝国の本当の狙いである古代遺跡へ、オレたちは向かうのであった。




