第89話:最強の三人
ベラミーとルーニーの兄弟を無事に倒した。
オレたちは更に上の階に登っていく。
目指すは伯爵のいるであろう場所。
「情報によると、この上が城主の間だ。油断するな、エリザベス」
「分かったわ!」
護衛騎士長から聞いた情報に元に、場内を進んでいく。
道中にバーモンド家の騎士たちが倒されていた。
おそらくはオードル傭兵団の一番槍が、ここを既に通っていた跡なのであろう。
「見えた。あの先だ」
「そのようね!」
城主の間の入り口に到達する。
中から危険を察する。
警戒をしながら室内に侵入していく。
かなり広めの部屋に、数人の男たちがいた。
「少し遅かったようね、ルーオド」
「そうだな。だがギリギリ間に合った」
バーモンド家の近衛騎士は、既に全員倒されていた。
バーモンド伯爵らしき貴族だけが、捕縛されている。
捕縛していたのはオードル傭兵団。
それも幹部クラスの連中ばかりだ。
「おや、誰かが来ましたよ?」
「ふん。ということは、下のベラミーとルーニーが倒されたのか? あの青二才どもが!」
「ですが、ご老公。あの兄弟を倒すとは、並に使い手では不可能でござる」
城主の間にいたのは三人の傭兵だった。
全員が大隊長であり、オレの顔見知りの三人だ。
「ねぇ……ルーオド……あの三人って……」
「ああ、そうだ。オードル傭兵団の大隊長のうちの、最上位の三人だ」
「やっぱりね……」
エリザベスが眉をひそめるもの無理はない。
相手はオードル傭兵団の中でも最上位クラス。
できれば敵と再会したくなかった最強の三人が、最後に待ちかまえていたのだ。
「おや、レイモンド公爵家の家紋と、そのお顔は……王国のエリザベス・レイモンド姫殿下ではありませんか?」
丁寧な口調でエリザベスに訊ねてきたのは、優男の剣士。
こいつは大隊長の一人ピエール。
元は亡国の貴族であり、傭兵団でも最強の細身剣の使い手だ。
「ということはケツの青いあの嬢ちゃんが、ベラミーたちを倒してきたじゃと? 信じられんのう」
口の悪い初老の男がジン。
オードル傭兵団の幹部の中でも古参の一人。
傭兵団の中で、最も老獪な剣術の使い手だ。
「ご老公、ですがエリザベス嬢からは並々ならぬ闘気を感じます。拙者のお見受けしたところ、おそらくは前とは別人の腕前かと」
東方の着物の服を着て、ござる口調がコサブロー。
東方から渡ってきた抜刀使いであり、傭兵団の中でも最強の刀使いだ。
伯爵を捕縛しながら、三人はこちらを警戒している。
こちらの実力を測りかねているのであろう。
今すぐ斬りかかってくる気配はない。
「ねぇ、ルーオド。あの三人だと、どの順番で強いの?」
「順番だと? 二年前だと、一番が老獪なジンの爺さん。次がピエールで、三番手がコサブロー。だが三者の腕の差は僅差だった。爺さんも歳だし、今は入れ替わっているかもな」
エリザベスに三人の情報を教える。
だがオードル傭兵団の大隊長クラスになると、腕の差はほんの少し。
年齢による衰えや、急激な成長によって、順位が大きく入れ替わる時がある。
だから二年前の情報はあまりアテには出来ない。
「ところでエリザベス姫殿下、今日はいかよう御用でしょうか? ここにお茶を飲みに来たようには見えませんが?」
ピエールがこちらの意図を探ってきた。
相手のかなり警戒しているのであろう。
何しろ大隊長の二人が、既に倒されていたのだ。
たとえ女子どもが相手でも油断しないのが、オードル傭兵団のもっとうなのだ。
「私たちはここに……」
「茶会にきた訳ではない。そこのバーモンド伯爵を引き取りにきた。怪我をしたくなければ引き渡せ」
エリザベスの言葉を遮り、オレがピエールに答える。
早くしなければ傭兵団の援軍が来てしまう。
オレは剣を構えて、三人を闘気で威圧する。
「二方ともお気をつけて下さいませ。あの両手剣使いの方は、普通ではありません」
「左様ですな……ただ者ではありませんな」
「ふん。つまり、両手剣使いの方が、大当たりということじゃい!」
さすが大隊長の中でも上位三人。
オレの威圧に怯むことなく、戦闘態勢に入る。
さらにオレの実力もある程度は見抜いているのであろう。
先ほどのベラミーたちは違い、最初から格上としてオレを見てきている。
「エリザベス姫殿下の相手は、ジン殿に頼みます。その間、私とコサブロー殿であの両手剣使いを封じ込めておきます」
「たしかにピエールのその策が最適じゃのう。ワシはさっさとお嬢ちゃんの方を片付けて、オヌシらの援護に回るぞい」
「拙者も承知いたした!」
三人は策を立て、素早く陣形を組んでくる。
老獪なジン爺さんをエリザベスにあてて、素早く倒す。
最終的には三人がかりで、未知数のオレを囲んで倒す。
合理的な作戦をとってきた。
(悪くない作戦だな。昔オレが教えた通り、最善の策をとってきたか)
騎士とは違い、傭兵は一対一に拘る必要はない。
大事なのは勝って生き残ること。
未知数の強者に対しては、多数で囲む。
更に相手の弱いところは、嫌なタイミングで潰しておくのだ。
元部下たちの判断力の良さに、オレは思わず嬉しくなる。
「両手剣使い殿……ルーオド殿でしたか? 多勢に無勢ですが、ご了承下さいませ」
「拙者は一騎打ちしたかったが、今回は仕方がないでござる」
細身剣使いのピエールと、東方の剣士コサブローが、オレの目の前に立ち塞がる。
エリザベスとオレが連携できないように、巧みに間合いを詰めてきたのだ。
さて、いよいよ大隊長の二人との戦いが始まる。
だが心配なのはエリザベスの方だ。
「エリザベス。そっちは少しだけ時間を持たせてくれ」
「分かったわ……こっちの老剣士は必ず足止めしておくわ!」
エリザベスは意図を理解してくれた。
彼女が対峙しているのは、格上である老剣士ジン。
だが今のエリザベスの実力なら、ある程度の時間なら稼げるであろう。
「それはどういう意図でしょうか、ルーオド殿?」
「拙者たち二人を相手に、短時間で勝てると思っているでござるか? まさか舐めているでござるか⁉」
ピエールとコサブローのから激しい闘気が放たれる。
大隊長としてのプライドを傷つけられて、闘志に火が点いたのであろう。
凄まじい圧力だ。
「お前たちの実力を侮ってなどいない。だが……このオレを相手に“たった二人だけ”で足止め……そちらの方が甘いということだ!」
その言葉の終わりと共に、オレは一気に踏み込む。
まず狙うはコサブローの方。
抜刀の体勢に入っている剣士に、真っ直ぐに突っ込んでいく。
「かかったでござる!」
間合いに入った瞬間、コサブローが叫ぶ。
東方の神速の抜刀術が発動。
直後、オレの首元に、鋭い刃が到達する。
このままでいけば頭と胴体が離れ離れになってしまうであろう。
「相変わらず、凄まじい抜刀術だな! だが!」
オレは更に前に踏み込んでいく。
自分の首の薄皮が斬られるも構わず、更にコサブローに接近していく。
「そ、そんな奇怪な⁉ 首を斬り落とせぬだと⁉」
「残念ながら、半歩の間合いの差だな。斬ぁあんん!」
驚愕するコサブローの胴体を狙う。
オレは両手剣で思いっきりブチこむ。
手加減はしない。
全身の力を込めて押し込む。
「うぐっうう!」
まともにカウンター攻撃を食らい、コサブローは吹き飛んでいく。
ほほう?
咄嗟に防御したのか?
さすがは大隊長の一人だな。
それでもしばらくは起き上がれないであろう。
よし、これでまずは一人目。
「隙あり!」
安堵の息を吐いた、直後であった。
背後に強烈な痛みを感じる。
突きの連打を喰らったのだ。
「ちっ⁉ 相変わらず素早いな!」
攻撃をしかけてきたのはピエール。
針の様にするどい細身剣で、神速の突きを繰り出してきたのだ。
「コサブロー殿の命は無駄にはいたしませぬ!」
オレに体勢を整えさせない、見事な追撃。
いつもの丁寧な口調とは相反する、烈火のような激しいピエールの攻撃であった。
かなりマズイ状況だ。
「だが!」
ピエールの突きに向かって、正面から突っ込んでいく。
身体の急所は両手剣で防御。
他の手足に攻撃を食らうのも構わずに、一気に突撃していく。
「そ、そんな⁉ この私の必殺の連打が、押し返される……ですと⁉」
まさかのオレの突進に、ピエールは驚愕している。
何しろ細身剣だが、ピエールの連打の威力は普通ではない。
今までどんな重装甲の騎士や、強力な闘気術な使い手でも、ここまで完璧に防御されたことはなかったのだ。
「相手が悪かったな! 突ぅう!」
相手の間合いの中に踏み込んだ。
オレは強烈な突きを繰り出す。
細身剣ごとピエールに吹き飛ばす。
「うぐっう!」
まともに直撃を食らい、ピエールは吹き飛ぶ。
ほほう、こちらも咄嗟に防御をしたのか?
これなら命に別状はないが、しばらくは起き上がれないであろう。
さて、これで二人目が片付いた。
あとはエリザベスと戦っている、ジン爺さんだけだ。
早く助けてやらないと。
二人の戦いに視線を向ける。
「ほほう? 今のところは互角か」
驚いたことに、エリザベスは健闘していた。
格上の老剣士を相手に、何とか致命傷を受けずに戦っているのだ。
「爺さんの受け流しは、相変わらず厄介そうだな」
老剣士ジンの得意技は受け流し。
どんな強力な一撃も水の様に受け流し、倍の攻撃でカウンターを繰り出すのだ。
攻撃タイプであるエリザベスとの相性は悪い。
何度どもジンによって受け流されている。
「だがエリザベスの剣筋が……ここにきて変化してきている?」
更に驚いたことが起きている。
老剣士と戦いながら、エリザベスの戦い方が急激に変化していた。
今までの激しい攻撃はそのままで、相手の攻撃を先読みしながら動いているのだ。
「エリザベスのやつ、戦いながら成長……いや、進化しているのか?」
まさかのエリザベスの進化に思わず感心する。
先ほどの短剣使いベラミーとの僅差の戦い。
そして今の老剣士ジンとの命がけの戦い。
この二つの濃密な戦いを経験して、剣姫エリザベスが進化しているのだ。
「『男子、三日会わざれば刮目して見よ』ならぬ、『女子、三日会わざれば刮目して見よ』だな」
昔、東方の仲間……コサブローに教えてもらった、東方の言葉を思い出す。
エリザベスは大隊長の二人との戦いで、自分の壁を越えていたのだ。
「いや、エリザベスの場合は、今日一日じゃなかったな。この二年間もだな」
一緒に暮らしてから、エリザベスは毎日のように稽古に励んでいた。
オレに見つからないように日々、基礎鍛錬。
それをオレは遠くから見ていた。
それにフェンを加えた三人の稽古でも、エリザベスは常に全力で真剣。
常に自分から行動して、考えながら剣をふっていたのだ。
「今までの努力と研鑽が、今日で花咲いた……という訳か」
剣姫と呼ばれた天賦の才能に溺れることなく、人の何倍も努力してきた乙女。
才能と成果が今、大輪の花を開花させていたのであった。
そして覚醒したエリザベスは、格上の老剣士ジンを押していくようになる。
「ま、待つんじゃ、お嬢よ! いや、エリザベスの剣姫よ!」
まさかの実力差の逆転に、ジンは思わず待ったをかける。
剣を下げて、戦いを中断した。
だがジンは剣は捨ておらず、油断はできない状況だ。
「ふう……どうしたの? 私はまだ戦えるわよ?」
一方でエリザベスには余裕があった。
むしろ覚醒した自分自身に、戸惑いながらも笑みさえ浮べている。
「ふむ……ここで、その顔か。こうなったら降参じゃ。こんな一瞬でここまで急激に腕を上げた奴なんて、見たことも聞いたこともないからのう。ワシの負けじゃ」
驚いたことにジンは降参する。
愛用の剣を床に投げ捨てて、両手を上げてため息をつく。
「降参? ということは……」
「そうだな、エリザベス。オレたちの勝ちだ」
「そう……それは良かったわ……」
そう言い残し、エリザベスはその場に座りこんでしまう。
先ほどの言葉以上に、彼女も余裕がなかったのであろう。
気力と体力を、極限まで使い切っていたのだ。
「それにしても驚いたのは、両手剣使いの方もじゃ。あのピエールとコサブローほどの男を、あの一瞬で倒すとは……ルーオドといったかのう……お前さん、いったい何者じゃ?」
老剣士ジンは座り込みながら、こちらに疑念の目を向けてきた。
「オレの正体か? そうだな、そろそろ種明かしをしてもいい頃合い。その前に下の二人も起こしてくる。説明はその後だ」
こうして気絶していた四人の大隊長に活力を入れて起こす。
オレは自分の正体を、かつての部下たちに明かすことにしたのであった。
◇
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