第87話:最強の敵兵団
バーモンド城に近づいて衝撃的な事実を知る。
今にも城を攻め落とそうしていたのは、オードル傭兵団。
かつてのオレの部下たちなのだ。
「そんな……オードルの……」
まさかの事実にエリザベスは言葉を失っている。
彼女もオードル傭兵団の連中とは面識があった。
オレを目当てに、何度も傭兵団に遊びに来ていたのだ。
「アイツ等が先方部隊だったのか。なるほど、そういうことか。それなら今回のことは合点がいく」
鈍重な帝国軍に比べて、オードル傭兵団は最速の機動力を持つ。
まさに今回の先行部隊としては最適な任務だ。
それに短期間で城門を突破できたこと納得。
何しろアイツ等の攻城戦は、全てオレが教えた技術ばかりなのだ。
「まぁ今は敵だが、見事な戦術だな」
眼下で進軍してくる傭兵団の動きを見ながら、改めて感心する。
荒くれの傭兵団ながらも、その動きは統一されていた。
これならガラハッドが言っていたように、帝国軍の内部でも最強の部隊の一つであろう。
「ちょ、ちょっと、なに感心しているのよ! 自分の部下が、今は敵なのよ! あっ、そうよ! オードルが自分の正体を明かしたらどう⁉ 生きていたことを知ったら、アイツ等も城攻めを止めるわよね⁉」
オードル傭兵団は、オレが焼死したと思っている。
ルイ国王に粛清されたことも、ある程度は読んでいるであろう。
だからこそ事件後は、即座に帝国軍に移籍。
団長を粛清した王国に、今は先兵となり攻め込んでいるのであろう。
「いや、それは難しいな、エリザベス。何しろ傭兵団は以前よりも大規模になって、オレも知らない連中が多い。その証拠に馬車を襲った別働隊に、オレの知っている顔はなかった」
かつての部下の顔と名前なら、オレは全て記憶している。
だが今は知らない連中が多い。
おそらく帝国で集めた新しい傭兵が、今の部隊の多くを占めているのであろう。
遠目で見て見ても、かつての部下たちの顔は少ない。
つまり、いきなり最前線に出ていっても、新兵はオレの顔と存在を知らないのだ。
「じゃ、じゃあ……どうすればいいの……?」
「相手がオードル傭兵団でも問題はない。オレたちの目的は伯爵の救出だ」
「で、でも……」
「大丈夫だ。さぁ、急ぐぞ」
今は時間がない。
バーモンド城の城壁は今にも破られようとしていた。
オードル傭兵団の攻めが激しいのだ。
さすがはオレの元傭兵団。見事な機動力と城壁破りの技術だ。
「わかった。でも、オードル……“もしもの時”は、斬ってもいいのよね?」
「もちろんだ。戦場で会った時に敵同士なら、例え肉親でも戦うのが傭兵業だ。遠慮はするな」
「わかったわ……私も全力でいくわ!」
エリザベスは覚悟を決める、
相手は大陸でも最強の一角である傭兵団。
ここから先は例え一兵卒が相手でも、油断はできないのだ。
オレたちは岩山をさらに駆け下っていく。
(さて、アイツ等が相手か……)
エリザベスと岩山を駆け下りながら、思い返す。
かつての部下と対峙した時、今の自分は剣を振るえるかと。
(いや……かつての部下だからこそ、遠慮は無粋か。さて、アイツ等はどう成長しるか……楽しみだな!)
自分でも不思議なぐらい、戦意が高揚していた。
最強と呼ばれるよういなった傭兵団と相手に、戦鬼としての血が湧きたっているのだ。
「よし、少し急ぐぞ、エリザベス!」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ、オードル!」
こうしてオレたちはバーモンド城に潜入するのであった。
◇
岩山を駆け下りて、バーモンド城の敷地内へと降り立つ。
周囲には人の気配はない。
「この辺は、誰もいないわね?」
「そうだな。バーモンド兵も全て、正面の攻防に向かったのであろう」
オレたちが着地したのはバーモンド城の裏庭あたり。
戦場は反対側の城の正面。
激しい戦闘音は、少し離れた正面側から聞こえてくる。
「それなら、まずはひと安心ね」
「油断するな。オードル傭兵団の中には、身の軽い潜入部隊もいる。既にこの城に入り込んだ連中もいるはずだ」
城門はまだ破られていないが、今ごろ傭兵団の潜入部隊が壁を越えているであろう。
定石なら、そのまま潜入部隊は、伯爵のいる城の本部を目指しているのだ。
「だからオレたちも急いで、伯爵のところを向かうぞ」
「分かったわ!」
傭兵団の侵攻速度を逆算して、今のところはギリギリのタイミング。
早くしなければバーモンド伯爵は、傭兵団の潜入部隊に打ち取られてしまうであろう。
オレたちは裏庭から、城内に忍び込む。
さて、ここから先は遭遇する危険性が高い。
こうなったら裏技を使うとするか。
「エリザベス、こっちから登っていくぞ」
「えっ、でも、こっちの方が近そうよ?」
「そっちはおそらく傭兵団がいる。こちらの方が手薄だ」
オードル傭兵団の城攻めのルートは、かつてオレが教えていた方法を使っているであろう。
つまり相手の逆を突けば、傭兵団と鉢合わせする可能性が低いのだ。
「なるほど、そういうことね。これなら間に合いそうね!」
「だが油断するな。ここから先は、強行突破も必要になる」
「任せてちょうだい!」
エリザベスは笑みを浮かべている。
剣姫としての血が滾っているのであろう。
最強の傭兵団を目前にして、むしろ嬉しそうな顔をしていた。
「それからエリザベス。この先はオレのことを『ルーオド』と呼んでくれ」
「えっ? そういうことね。分かったわ、ルーオド!」
エリザベスはオレの意図を理解してくれる。
オレが全力で戦いたのは、手加減なしの傭兵団。
それに最後まで正体を明かさずに、この城を立ち去りたいのだ。
オレたちが裏ルート使い、城の内部を進む。
守備兵と傭兵団に見つからないように、隠密術も駆使して移動していく。
だが、ついに強行突破しなければいけない区画に到達。
少し先の大広間で、両軍の激戦が繰り広げられている。
オードル傭兵団の潜入部隊が、ここまで侵攻していたのだ。
戦況は奇襲を受けた守備側が悪い。
バーモンド兵は次々と傭兵団に倒されていた。
「かなりの危険な乱戦ね」
「そうだな。だが、このまま真っ直ぐ進むぞ!」
かなり危険な状況だが、オレたちは時間がない。
最短ルートを通るためには、あの傭兵団を突破していく必要があるのだ。
オレたちは大広間に駆け込んでいく。
念のため戦う前に勧告をする。
「帝国の兵に告げる! 怪我をしたくなければ、そこをどけ! 我らはバーモンド守備兵に加勢する者だ!」
大声で退避勧告をする。
これで退いてくれたら、無駄な戦いは避けられるのだ。
「ん? たった二人だと⁉」
「次に行く前に、殺れ!」
もちろん傭兵たちは勧告を無視。
数人の傭兵がこちらに向かってきた。
知った顔はいないので、新参者の傭兵なのであろう。
だが剣の構えは悪くない。
「エリザベス、油断はするなよ!」
「ルーオドもね!」
ここで時間をかけている暇はない。
二人で剣を抜いて、更に加速。
一気に相手の懐に入り込む。
「「覇っ!」」
同時に二人で剣を振り抜く。
「「「「ぐへっ!」」」」
最前線の傭兵たちを、一気に吹き飛ばす。
相手の腕は悪くないが、オレたちとは差がありすぎるのだ。
「ちっ! 闘気使いか!」
だが一人だけ回避した強者がいた。
ほほう。こいつは結構な使い手だな。
「死ね!」
相手は腕利きの傭兵。
無防備になったオレの脇腹に、剣先を突き刺してくる。
「いい突きだ。 だが、奮っ!」
オレは右腕一本で反撃。
そのまま腕利きの傭兵を吹き飛ばす。
相手は悪くない動きだったが、剣に頼り過ぎ。
もう少し実戦での応用力を身につけた方がいいぞ。
「ねぇ、ルーオド。やっぱり手強いわね、こいつら」
「そうだな。新参兵も、腕利きを集めたたんだろうな」
敵を吹き飛ばしながらも、エリザベスと感心する。
一兵卒ですら普通の部隊の連中とは、ひと味違う。
今の攻防で新生オードル傭兵団のレベルが計れた。
「な、なんだ、あの二人は……」
「アイツはかなりお闘気術の使い手だぞ!」
「ああ、いつものように連携してかかれ!」
「分かった! 固まりすぎず、一気にかかるぞ!」
「オレは大隊長を呼んでくるぞ!」
残った傭兵たちの顔色が変わる。
オレたちを強敵だと認識したのであろう。
互いに距離を取りながら、連携してこちらに突撃してくる。
(ほう、見事な動きだな。オレが昔教えた通りだな……)
傭兵団の攻撃に思わず感心する。
戦場では強力な闘気術の使い手と、遭遇する窮地がある。
こいつらは対処法が、見事に実戦されているのだ。
おそらくオレの直属だった部下が、この新参兵にもちゃんと教えていたのであろう。
(元部下の、更に部下の成長か……)
親心のような、何とも言えない嬉しい気分になる。
「「「死ねぇぇ!」」」
だが今は喜んでいる時ではない。
後続の傭兵たちは一気に攻撃してきた。
こちらの動きを先読みした見事な連携攻撃だ。
この攻撃なら並の闘気術使いなら、仕留められるであろう。
「それなら、今度はもう少し強くいくぞ! 斬!」
先ほどよりも激しく、両手剣を振り回す。
相手の先読みの、更にその先を読んで強引に攻撃だ。
「「「うがぁああ!」」」
強力な一撃で後続の傭兵たちを吹き飛ばす。
命までは取ってはいないが、数日は動けないであろう。
戦場では常識が通じない相手もいる。
覚えておくがいい。
「ふう……こっちも終わったわ。やっぱり手応えがあるわね、ルーオド」
エリザベスの方も片付いていた。
数人の傭兵を見事に打ち倒している。
オレと違って力ではなく、スピードで圧倒して峰打ちで昏倒させていた。
今のところ大広間に、意識のある傭兵はいない。
オレとエリザベスで全て仕留めたのだ。
「まだ油断するな、エリザベス。こいつらはオードル傭兵団の中でも、新参兵で一般兵だ」
移動しながらエリザベスに釘をさす。
手強い連中だったが、オードル傭兵団の中では下位に入るのだ。
「さっきの連中の強さは、せいぜい“十人長”レベルだ」
エリザベスにも分かりやすく説明してやる。
率いる部下が多いほど、傭兵の強さが上がっていくと。
「さっきのが“十人長”って……それって、上にはあとどれくらい強いのがいるの?」
「そうだな。何段階かあるが、ほとんどの連中が相手なら、今のエリザベスなら手を焼かないだろう……」
以前のエリザベスは“王国で五本の指に入る”剣の腕の持ち主だった。
だがオレと暮らしてから、急激に剣の腕を上げている。
今では“大陸でも十本の指”に入れるかもしれない。
強者ぞろいのオードル傭兵団でも、普通の連中なら相手にならないだろう。
「だが“隊長クラス”が複数人できたら、相性しだいでは今のエリザベスでも危険だ。オレに任せておけ」
オードル傭兵団の中でも“隊長クラス”から上は別格。
特に三十人いる隊長たちは、オレが傭兵団を旗揚げした時からの古参兵。
全員が各国の騎士団長クラスの力を持っているのだ。
「“隊長クラス”でも、その危険さっていうことは……幹部のあの八人は……」
「ああ、そうだ。“大隊長クラス”の八人は更に別格だ」
オードル傭兵団の最高幹部。
“大隊長”は八人しかいない、オレの直属の部下たち。
単純な強さなら、オレの次に強い者しかなれないのだ。
「やっぱりね……それなら“大隊長クラス”と戦うのが楽しみだわ」
オードル傭兵団に遊びにきた時、エリザベスも幹部の数人と会ったことがある。
「もしも対峙しても、無理はするな。今のエリザベスでも勝てるか、どうかだ」
オレが褒めるのも何だが、“大隊長クラス”は本当の猛者揃い。
大陸でも屈指の腕と技術を有した腕利きしかいない。
仮に今のエリザベスを、大陸の中でも十番目の強さとする。
だが“大隊長クラス”の中でも上位の四人は、確実に今のエリザベスよりも強いのだ。
「へぇ……それは腕が鳴るわね。でも、大陸でも屈指の腕利きばかりが揃っているなんて……こうやって冷静に聞くと、オードル傭兵団ってヤバい集団よね」
「そうだな。オレが個人的に気に入って、集めた連中ばかりだからな」
オードル傭兵団は気がついたら、少数精鋭の猛者ぞろいの集団となっていた。
当時はそんなことも考えずに、ひたすら戦場で戦っていたのだが。
「この先だ。気を引き締めていくぞ」
城内をかなり移動してきた。
前方の開けた場所から、何者かの気配を感じたのだ。
「えっ? それって、もしかして……」
オレたちは城内の広間に到着した。
そこで待ちかまえていたのは、二人の傭兵。
異様なまでの殺気を放っている猛者ども。
「ああ、そうだ。さっき言った“大隊長”のお出まし。しかも二人だ」
こうして最強のオードル傭兵団の、最高幹部たちと相対するのであった。




