第77話:舞踏会へ
王城内にある宮殿で開催される舞踏会に、オレたちは潜入することにした。
目的は国王の養子とて人質に取られた、エリザベスの弟に会うため。
レイモンド家の屋敷で準備を終えて、いよいよ舞踏会の時間となる。
「では行きましょう、ルーオド殿」
屋敷の玄関には豪華な馬車が用意されていた。
レイモンドの当主、エリザベスの父親に促される。
舞踏会には、この馬車に乗って向かうのだ。
「ところで、そちらのタキシードの着心地は大丈夫ですか?」
「ああ、悪くはない。窮屈な正装は苦手だがな」
今のオレは舞踏会用の正装を着ている。
タキシードと呼ばれる燕尾服。
白い蝶ネクタイとベストを着込んで、かなり窮屈な感じ。
ちなみに目元には公爵の用意した舞踏会用の仮面をつけている。この国の貴族では仮面も不自然ではないという。
「良くお似合いですぞ。最初見た時からルーオド殿は武人としてだけではなく、気品も感じられました」
「そうか? 馬子にも衣裳……だろう。流れの剣士のオレは、舞踏会での気品など持ち合わせていないからな」
「なるほどです。つまりルーオド殿は生まれ持った品格も、持ち合わせているのかもしれませんな」
何やらレイモンド公爵は上機嫌であった。
やたらオレのことを持ち上げて褒めてくる。
朝も上機嫌であったが、今はそれ以上。
そうだ。エリザベスが何やら叫んで飛び出していった後から、公爵はオレをとにかく褒めてくるのだ。
いったいエリザベスと何を話したのであろうか。
「お、お待たせ……しました、お父様!」
そんな時ある、噂をすれば影が差す。
エリザベスが玄関にやってきた。
「おお、エリザベス……そのドレス……とても良く似合っているぞ……」
「ありがとうございます、お父様」
エリザベスはパーティー用のドレスを着ていた。
大きなシルエットのロングドレス。
胸元が大胆に空いていて、裾がふんわりと広がったボリュームだ。
「ねぇ、オードル。似あっている? 変じゃない?」
エリザベスが小声で訊ねてくる。実の父親以外の印象も知りたいのであろう。
「大丈夫だ、エリザベス。お前によく似あっている」
これはお世辞ではない。
元々エリザベスは整った容姿をしている。
こうして猫を被って大人しくしていたら、本当にお姫様のように見える。
まぁ、実際ところエリザベスは公爵令嬢で、王位継承もある姫殿下。
王城では本物のお姫様扱いされているのだ。
「ありがとう……褒められて、本当に……本当に嬉しいわ。今まで生きてきて良かった……」
エリザベスは顔を赤くしながら、両手を顔に当て大げさに喜んでいる。
いつも変だが今宵や一段と増しておかしい。
「ごほん。そろそろ、舞踏会の開始時間。出発してもいいかな、ご両人?」
「ああ、オレたちは大丈夫だ。さぁ、乗るぞ、エリザベス。手を取れ」
今宵のオレはエリザベスの婚約者に成りきっている。
段差のある馬車の入り口へ、彼女を導いてやる。レディーファーストというやつだ。
「ありがとう……こんなに優しくされるなんて、私もう死んでもかも……」
「面白い冗談だな。だったら置いていくぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ちゃんと乗るから……よし、いいわ」
いつものエリザベスなら多少の段差なんて、一気に飛んで乗れる。
だが今日はパーティードレスで絶賛猫被り中。乗り込むだけで時間がかかるのだ。
「それでは参りましょう、ルーオド殿」
「ああ、そうだな。レイモンド公」
こうしてオレたちは国王が待ちかまえる舞踏会へと、馬車を走らせるのであった。
◇
レイモンド公爵が段取りをしておいてくれたお蔭で、すんなりと王城の敷地内に入場できた。
馬車は王城の奥にある宮殿前に到着。
レイモンド公は一足先に降りていく。
続いてオレとエリザベスも降車する。
「ここが宮殿か。随分と豪華な建物だな」
初めて目にした宮殿に感心する。
今まで見たことがない荘厳な建物が目の前にある。
これが王国の富を集めた宮殿なのだ。
「そういえばオードルはこの宮殿は初めて?」
「そうだな。傭兵には用のない場所だからな」
小声で話しかけてきたエリザベスに答える。
傭兵団長時代のオレは、城の内部には入ったことはある。だが宮殿の建物は初めてなのだ。
「それにしても宮殿は、あまり防御力は強くなさそうだな?」
「当たり前よ。ここは内政や外交の場所なのよ」
宮殿は国王の一族が居住する場所。
主に政務や外国使節の謁見などに使う。そのため戦闘用の城郭として機能していないという。
「なるほど。だが今宵の警備は厳重そうだな」
「そのようね……」
宮殿の至る所に騎士団が警護している。
何しろ今宵は、貴族令嬢が多く集まる舞踏会が開催される。
要人を守るために、いつも以上に警備が厳重なのであろう。
「さて、二人とも宮殿の中に行くぞ」
舞踏会は既に始まっているらしい。
オレたちは公爵を先頭にして、宮殿の中へと入っていくのであった。
◇
宮殿の中にある舞踏会の大広間にたどり着く。
「ほう、こいつは凄いな」
建物の内部は一言では言えば“豪華絢爛”だ。
かなり値打ちがある芸術品も飾ってあるが、傭兵だったオレには特に興味がない。
建物と警備の配置だけ軽く見回して終わらせておく。
「それにしても凄い人の数だな、ここは」
会場内は正装した男女で溢れかえっていた。
人数は数える気にはならないが、参加者だけで二百人以上はいる。
ほぼ全員が王国内の貴族の子息と令嬢。あとは付き添いできた親なのであろう。
従者や一般人の姿はどこにも見えない。
「おお! これはレイモンド王弟殿下! ご無沙汰しております!」
「レイモンド公、舞踏会に参加とは珍しいですな!」
入場したレイモンド公爵の周りに、多くの貴族は集まってくる。
身なりや口調から、彼らは王国内の大貴族の当主なのであろう。
普段は宮殿の華やかな会に参加してこない公爵に、輪を成して挨拶をしている。
「ところでレイモンド公。そちらのお連れの令嬢は、どちら様でございますか?」
「たしかに……レイモンド公爵家には、このような華やかな年頃の嬢様は、いなかったと記憶しておりますな?」
貴族たちの興味は同行人に移る。
公爵の連れてきた金髪の美少女に、貴族たちは興味津々なのだ。
「この子は私の娘エリザベスです。一年間の自領での養生を経て、今宵は舞踏会に参加させて頂きました」
金髪の美少女の正体は、猫を被っているエリザベスのこと。
「エ、エリザベス姫殿下ですと⁉ 失礼いたしました!」
「な、なんと、あの剣姫様が……このように美しくお淑やかに……」
「そ、それに、このような舞踏会にドレス姿で参加するとは……」
貴族の当主たちは誰もが驚愕していた。
何しろエリザベスは小さい頃からお転婆者。強い者を見つけては、いきなり真剣で斬りかかるほどの武人性格。
更に窮屈なパーティードレスを嫌い、宴に参加する時も騎士の服ばかり。
だから急変したエリザベスの正体に、誰も気づけなかったのだ。
「女性らしくなった……ということは、レイモンド公。もしやエリザベスお嬢様は、どなたか良い相手がいらっしゃらないのですか?」
「それなら是非とも当家の長男と、会って頂けませんか?」
「いやいや、抜け駆けは良くないですな! レイモンド公、是非とも我が家の長男に!」
「それなら我が家の息子にも!」
貴族たちは一斉にエリザベスの夫候補として、自分の息子を名乗り出してくる。
何しろ、この王国では舞踏会い未婚の女性が参加する場合、伴侶となる相手を探しにくる意味合いもあるという。
当主たちは自分の息子の嫁にと、レイモンドにアピールをしてくる。
レイモンド家は王国でも数少ない公爵家。
国王の血筋もあり、血縁関係になれたら、自分たちの家は一気に躍進していくのだ。
「はっはっは……皆様方、落ち着きなされ。我が娘エリザベスは相変わらずの男勝り。普通のご子息ではつり合いが取れませんぞ」
一方でレイモンドは冷静であった。
上手く当主たちの勢いを流している。
この公爵はなかなか強かかもしれない。
「それに実はエリザベスには既に婚約者がおりました。そこで今宵は兄王様に顔を見せに来たのです」
レイモンド公は演技かかった口調だった。
貴族の当主たちの求婚をやんわり断る。
「な、なんと、エリザベス様に既に婚約者が⁉」
「あの剣姫様を認めさせる強者が、この大陸にいたですと⁉」
「うちの息子など一撃も持たなかったのに⁉」
まさかの婚約者の存在に当主たちはざわめく。
何しろエリザベス・レイモンドといえば普通のお姫様ではない。
強い者しか認めず、常に腕利きの騎士に挑んでいた過去があるのだ。
「おい、フィリップ! フィリップはそこにいるのか!」
その時ある。
大声で誰かの名前を連呼する男が、こちらに近づいてくる。
この優雅な舞踏会には相応しくない大声。だがオレはこの声には聞き覚えがあった。
「陛下、私はこちらでございます」
「おお、フィリップ! ここにいたのか!」
「ご無沙汰しております、兄王陛下」
やって来たのはレイモンド公の実の兄。王国の君主たる国王だった。
ひときわ派手なタキシードを着込んでいるが、腹が出すぎていて似合ってはいない。
先ほど呼んでいたフィリップとは、レイモンド公爵の名前なのであろう。
「たしかにご無沙汰じゃのう……っと、いや、そうではない! いきなり連絡があったから、ワシは驚いたぞ! あの可愛い姪っ子のエリザベスが帰って……いや、療養から戻って来たのか⁉ 本当なのか⁉ どこにいるのじゃ⁉」
国王が飛んで来たのはエリザベスの顔を見るためであった。
公爵が言っていたように、姪っ子として本当に可愛がっていたのであろう。
「兄上、こちらに控えているのがエリザベスです」
「このドレスの令嬢が……おお、本当じゃ! すっかり大人っぽくなったので、見間違えたぞ、エリザベス!」
実の伯父である国王すら、エリザベスのドレス姿には驚いていた。
顔を見直して、ようやく気が付く。
「元気にしていたか、エリザベスよ! よくぞ戻って……いや、よくぞ元気に回復してくれた……伯父としてワシは嬉しいぞ!」
エリザベスの両手を握りながら、国王は感動に浸っていた。
それでもエリザベスが家出したことは口にしないように、言い直しながら気をつけている。
「ご無沙汰しております、国王陛下。そしてご心配おかけいたしました。お陰様で、このように元気に回復して、恥ずかしながら舞踏会しに参りました」
一方でエリザベスはスカートを軽く持ち上げて、貴族令嬢として礼儀正しく挨拶を返す。
猫かぶりが徹底しており、後ろから見ているオレも感心する。
「おお、そうだっか……それに『国王陛下』などと他人のように呼ばずに、昔のように『ルイおじ様』と呼んでおくれ!」
「それでは……ルイ伯父様、ご無沙汰しております。変わらずお元気そうで、私も嬉しいです」
「おお、その感じじゃ!」
国王の姪っ子ので溺愛ぶりは普通ではない。
何でもレイモンド公から聞いた話によると、国王には子どもに恵まれず実子がいない。
そのため姪っ子であるエリザベスのことを、一人娘のように可愛がっているのだ。
「ところでフィリップ、この可愛いエリザベスに吉報があると報告があったが? あれは何じゃ?」
「はい、兄王陛下。実はエリザベスに“婚約者”ができました」
話が本題に進む。
いよいよオレの出番がきた。
レイモンド公爵の後ろに控えながら、静かに息を吐き出す。
「おお、それは、めでたいのう……ん? なっ⁉ なっ⁉ なっー! エ、エリザベスに婚約者だと⁉」
「はい、そうでございます。うちの娘も既に十八歳になりました。少し遅いくらいです」
「い、一般的には、そうじゃが……いや、ワシに相談もなく、一体どこの馬の骨の奴が、ワシらの可愛いエリザベスを奪っていくのじゃ⁉」
報告を受けて、国王の態度は急変する。
顔を真っ赤にして興奮してしまう。
何しろ小さい頃から可愛がって姪っ子が結婚してしまう。
伯父として信じられないのであろう。
「兄上に相談できずに申し訳ありません。ですが、“あの事件以来”エリザベスのことは私に一任されていましたので」
「そ、そうじゃったな、フリップよ……いや、そうだとしても! どこの馬の骨が、エリザベスを⁉」
「はい、その者は今日連れてきております。ルーオド殿、前へ」
兄弟同士の茶番は終わったようだ。
「ああ、分かった」
いよいよ出番がやってきたのだ。
レイモンド公爵の紹介を受けて、オレは前に進みだす。
「兄上、この者がエリザベスの婚約者“ルーオド殿”でございます」
「なに⁉ コイツが⁉」
こうして約二年前に暗殺を仕掛けてきた黒幕、国王とオレは直接顔を合わせるのであった。




