第75話:公爵家の事情
【これまでのあらすじ】
娘マリアの学業のために、王都に引っ越してきたオードル一家。
オードルの旧友である老人ダジルに家を借りて、王都ので生活がスタートする。
そんな中でオードルは、マリアと同じ顔の謎の少女ニースを助けて拾う。
怪しげな母に捨てられた可哀想なリリィを、末娘として迎えることにした。
一家の大黒柱オードル(職業:ダジル商店従業員)
長女の女騎士エリザベス(職業:ダジル商店 事務手伝い)
次女の聖女リリィ(近所のパン屋で修行中)
三女の可愛いマリア(王都の上位学園の特待生)
新しい末っ子のニース(家事手伝い)
ペットで食いしん坊な白魔狼族の子どもフェン(みんなの警護)
オードル一家は6人となり、王都でドタバタしながらも順調に暮らしていく。
そんなある日、自分の傭兵時代の愛剣の確認にいったオードルと付き添いのエリザベス。
二人の前に危険な男〝剣聖”ガラハッドが現れる。
愛剣を取り戻して完璧な状態となったオードル、との再戦を臨み画策していたガラハッド。
オードルはサラリと受け流しスルーする。
だがガラハッドは立ち去り際に不敵な笑みで言い残す。
『エリザベスの実弟のチャールズに危機が迫っている』と・・・
家出中のエリザベスはどうすればいい悩む。
そんな中、オードルが作戦が立てる。
くよくよ悩む必要はない。
真っ正面から公爵家の屋敷に戻ればいいと。
不安なエリザベスを補佐するために、オードルは仮面の護衛として一緒に公爵家屋敷に向かう。
公爵から話を聞いていくと、チャールズは国王に養子に取られてしまったという。
驚きを隠せないエリザベスと共に、正体を隠しながらオードルは公爵との食事会に参加するのであった。
王都にあるレイモンド公爵家の屋敷に来ていた。
目的はエリザベスの弟チャールズの情報を仕入れるため。オレは傭兵スタイルで顔を兜で隠しながら、エリザベスの護衛として付き添っていた。
今はレイモンド家のダイニングで夕食の時間。
広い夕食会場のテーブルに、エリザベスと父親の二人が食事していた。
客人であるオレも食事の席に着いているが、兜をつけたままにしている。口元のパーツを外せば、飲食も可能なので問題はない。
他にもレイモンド公爵の背後には、護衛の騎士と執事たちが控えている。
「なるほど……この一年余り、エリザベスはそのような旅を続けていたのか」
「はい、お父様。王国各地や帝国を見て回っていました……」
食事しながらエリザベスは自分のことを話していた。
余り大きな嘘はすぐにバレてしまう。
だからエリザベスが実際に旅していた実話と、小さな嘘を入り交じらせている。これなら父親にもバレないであろう。
「あと先日までルーダに滞在。郊外の遺跡で魔獣に襲われていた時、このルーオド殿に助けて頂きました、お父様」
「ほほう、そうだったのか。それは苦難の旅だったな、エリザベス」
ルーオドはオレの偽名。それにしてもエリザベスは意外と演技が上手い。時おり誇張を加えながら、自分の話をしていた。
父親に対して口調が丁寧なのは、猫を被っているからであろう。王族の血を引く公爵令嬢も大変そうだ。
「改めまして、ルーオド殿。娘を助けていただき感謝します」
「彼女を助けたのは偶然だ。だから気にするな」
公爵の話の話題がオレに向けられてきた。
今のところ正体はバレていないので、当たり障りのない返事で答えておく。
「それにしても魔獣すらも単騎で狩れるとは、ルーオド殿はかなりの武人。どこかの国の騎士団にでも属していたのですか?」
「いや、無所属だ。剣一本で大陸を旅している流れ者だ」
「なるほど、剣一本で……私も若い時は、兄と修行という名目で、王都を離れたことはあります。まぁ、当時は護衛付きだったので、オードル殿のように自由ではありませんでしたが」
兄ということは国王のことか。あの男にも若き修行の身の時代があったとは意外だ。
「ところでレイモンド王弟殿下」
「レイモンド公で構いませんぞ、オードル殿」
「では、レイモンド公。一つ聞いてもいいか?」
会話の中で質問をしていく。オレはこの家には遊びにきたのではない。
「ルーオド殿は愛娘の命の恩人、何でも聞いてくだされ?」
「単刀直入に聞く。息子のチャールズはどうするつもりだ? 貴殿にとって大事な愛息子なんだろう?」
訊ねたのはエリザベスの弟に件について。実の兄である国王に養子に出したことだ。
「なんだと、貴様⁉ 公爵様に無礼だぞ!」
「いくらエリザベス様の恩人とはいえ、度々の無礼、許すまじ!」
オレの質問に対して、警護の騎士たちが声を荒げてきた。剣の柄に手をかけ殺気だっている。
その反応からチャールズの件は、レイモンド家の中でもかなりデリケートな問題なのであろう。
「お前たち待て。質問を許可したのは私だ」
公爵は荒ぶる部下を制する。
「エリザベスもいるので、この件に関してはちゃんと説明しなければいけないな」
「お父様……?」
「ルーオド殿、実は今この王国はあまり良くない状況に陥っています」
「帝国軍に引き続き、共和国軍にも大敗したことか?」
オレが出国した後、王国軍が連敗。王都に引っ越してきてから、自然と耳にする情報だ。
「そうです。それに加えて、王国の人材の質は下がり、また経済状況も良くありません」
「そのようだな。王都に来て肌に感じている」
敗戦国は莫大な賠償金を、相手に支払う必要がある。そのしわ寄せは一番弱い市民に押し寄せてくる。
かつては大陸一の繁栄を誇っていた王都も、だんだんと暗い影が差してきたのだ。
「それに加えて、先日のルーダの件……あれで兄の立場は危ういことになってまいりました」
「ルーダの件だと?」
「ええ、まあ内密な身内のゴタゴタの話です」
公爵は言葉を濁している。
「ねぇ、オードル……ルーダの件って……」
「ああ、そうだな」
小声で隣のエリザベスが言って通り。
ルーダの件とは先日の近衛騎士団の退却の件であろう。
(やはり、かなりの悪影響があったのか)
何しろ国王のわがままで千人規模の近衛騎士団を出陣。
かと思えばルーダを直前にして、今度は帰還の命令。
どんな忠臣であって、国王に愛想をつかしてしまうであろう。
「そこで国王は弟の貴殿から、チャールズを人質として取った訳か?」
「ええ、その通りです、ルーオド殿。恥ずかしながら今の兄は猜疑心の塊……誰も信じられなくなってしまったのです……」
国王からは人材が離れていっている。このままでは国王の暗殺を考える輩も出てくる。だから国王は部下たちから人質を、実の弟からさえも人質を取ったのであろう。
「レイモンド公、最後にもう一つ聞いてもいいか?」
話の流れで、追加の質問をすることにした。
「どうぞ、オードル殿」
「貴殿は王位に着く意思はないのか? 市民の暮らしを守るために? レイモンド公の方が国王に相応しいでのはないか?」
この質問は爆弾に近い内容。だから敢えて口にして訊ねる。
「ぐっ、貴様、不謹慎な!」
「貴様などに言われずとも!」
「ああ……」
先ほどと同じように騎士たちが荒ぶる。
だが同時に違う変化もある。何か秘めたる想いを口にさせずにいるのだ。
「私がですか、ルーオド殿?」
公爵はポーカーフェイスで訪ねてきた。
「ああ、そうだ。オレの見たところ貴殿の部下の中にも、同じような想いを秘めている者もいる。おそらく彼らはこう思っているのであろう、『この混乱した王国に必要なのは、今の愚王ではない。才能あり覇気に満ちた我らが主レイモンド公爵なのだ!』とな?」
公爵に話かけながら、後ろの騎士たちに言葉を投げかける。試しに少しだけ闘気を込めておく。
「そうです、レイモンド様! このルーオド殿の仰る通りです!」
「以前、我々が進言したよう、この腐敗した王国を立て直すためには、レイモンド様が王位に就くべきです!」
「そのためなら我々は家臣団、命を賭けて付いてまいります!」
騎士たちは一気に感情を吐き出す。口々に公爵のことを持ち上げていく。
話の内容から、この件に関しては以前もやり取りがあったのであろう。
「お前たち落ち着くのだ。今は客人が食事しているところだ」
公爵は怒ることもなく、家臣を落ち着かせる。
「家臣が失礼いたしましたな、ルーオド殿」
「いや、こちらこそナイーブな質問をして悪かった。だが実際のところ野心はないのか?」
「この国の行く先を憂いているのは、この私も同じ。ですが王弟と生を受けた私は、兄を支えていく義務があります。それが例え愚王と家臣から見放されていても……」
なるほど、そういうことか。
レイモンド公爵は本心を明らかに隠している。だが国王である兄を案じているのは本心なのであろう。だから一歩引いて愛息子のチャールズを人質に出したのだ。
「そうか、貴殿の心意気に感服する。今まで非礼な質問をして失礼した」
「気になさらず、ルーオド殿。では食事の続きを楽しみましょう。先ほどのエリザベスの旅の話の続きを聞きながらでも」
「そ、そうね、お父様。次の話は……」
エリザベスの弟の状況は確認できた。これ以上は場を荒すことはない。オレは質問を止めて食事を続けることにした。
(国王と公爵……兄と弟。それにエリザベスと弟チャールズか……)
食事をしながら次の一手を考えていくのであった。
◇
夕食会が終わり、解散の時間となる。
エリザベスは自室に移動。オレは客室に案内されることになる。
「ねぇ、オードル。これからどうすればいいの?」
自室に戻る前、エリザベスが不安そうに相談してきた。周りには他に気配がないが、念のために小声だ。
「とりあえず情報を仕入れるために明日、チャールズのいる場所に行くぞ」
「なるほど、チャールズに会いに行くのね。……って、チャールズのいる場所って⁉」
「ああ、王城に正面から会いに行く」
「えっ⁉ 王城って、そんな……」
「何とかなる。とりあえず今日は寝るぞ。明日だ」
こうしてオレは王城……国王の居城に潜入する策を考えるのであった。




