第74話:レイモンド公爵
レイモンド公爵と面会することになった。
豪華な応接室で待っていたのは、貴族服の男。エリザベスの実父のレイモンド卿だ。
かなり威厳あるオーラを発しており、武人としてもかなりの腕があるのであろう。
「お、お父様、ご無沙汰しています。えーと……実は……」
エリザベスは気まずそうに挨拶をする。
なにしろ彼女は1年以上前に手紙ひとつで家出をした。それが何の前触れもなく帰宅したのだ。
父親に叱られるか、無視されるか。どんな反応に出るのか分からない。
「エリザベス、帰宅したら、まず言う挨拶があるであろう?」
だがレイモンド公爵は意外な反応だった。
優しい笑みでエリザベスに問いかける。
「あっ……お父様……はい、ただいまです!」
父親の思わぬ優しい反応に、エリザベスも表情を緩ませる。
直後に父親の元へと駆け寄っていく。
「お帰り、我が娘エリザベス。よくぞ帰ってきてくれた」
二人は親子の抱擁をする。
レイモン公爵は本気で心配していたのであろう。父親としての本気の表情を浮べていた。
「我が愛しのエリザベスよ。今までどこへ行っていたのか? ゆっくり話し聞かせてくれ。だが、その前に……その後ろの御仁は、どなたかな? 扉の前の会話では、命の恩人と聞こえたが?」
娘を抱きしめた後、レイモンド卿の表情が引き締まる。
一緒に入出してきた仮面のオレに対して、厳しい視線を向けてくる。
「お父様、こちらの方は“ルーオド様”といいます。えーと、王都の帰路で助けていただきました」
「ほう、お前の命の恩人だと? それは礼をしないといけないな。ルーオド殿とやら、兜を脱いで顔を見せてくれないな?」
今のオレは顔をすっぽり隠す兜を被っている。
父親として顔を合わせて、直に礼を伝えたいのであろう。
控えていた執事に謝礼金を用意させる指示を出す。
「レイモンド卿、礼や謝礼金は不要だ。彼女を助けたのは偶然だ。だから気にしないでくれ。あと兜は理由があって脱げない」
レイモンド公爵の申し出を、オレは丁寧に断る。
何しろ顔を見せたら、正体がばれる可能性があるから。
「なんだと、貴様⁉ 兜も取らず、公爵様に無礼だぞ!」
「いくらエリザベス様の恩人とはいえ、無礼にもほどがあるぞ!」
オレの態度に、警護の騎士が声を荒げてきた。
主人であるレイモンド公爵を無下にされたと思ったのであろう。
まあ、普通は貴族の前は顔を見せないといけない。
この騎士の反応も無理はない。
「お前たち待て。人にはそれぞれ事情があるものだ。ルーオド殿の兜もそうなのであろう。部下の非礼を詫びる」
ほほう。
レイモンド公爵はかなり懐が深い人物なのであろう。
興奮した部下をなだめて、オレに非礼を詫びてきた。
初めて会う貴族だが、なかなかの大物だ。
「いや、こちらこそ失礼だったな。レイモンド卿」
感心したオレは、膝をついて非礼を詫びる。
それにレイモンド公爵はかなりの懐の深い人物。
一介の剣士を名乗るオレに対して、ここまで寛大な態度をとれる貴族はいない。
オレを妬んで暗殺しようとした、心の小さな兄の国王とは月とスッポン。
オレの目からか見たら、こちらのレイモンド卿の方が国王に相応しいような気がする。
まあ、その辺の王位継承は、普通は年功序列なので仕方がない。
「さて、エリザベス、話を戻そう。この一年間はどこを旅していたのだ? 積もる話もあるので、今宵は夕食の宴で話を聞こう。もちろん命の恩人であるルーオド殿の食事も用意しよう」
愛娘が1年以上の家出から帰宅したのだ。
父親であるレイモンド公爵も話を聞きたいのであろう。
控えていた執事に指示する。
「ありがとうございます、父上。あと一つ聞いておきたいことがあります。チャールズのことなのですが……」
話が進んでいくまえに、エリザベスは本題を切り出す。
自分の弟チャールズの身について。
剣聖ガラハッドの話ではあまり良くない風だったが。
「チャールズか……お前の弟は元気にしているぞ」
「本当ですか⁉ それならこれから会いに行ってきます!」
どうやらガラハッドの話はデマだったのだろうか。
チャールズもこの屋敷のどこかにいるはず。エリザベスは明るい顔を取り戻す。
「だがチャールズはこの屋敷にはいない」
「では、どこに?」
「王城だ……兄上陛下の元に今はいる」
「えっ……」
「チャールズは養子に出すことになった。陛下からの要望によってな……」
「えっ⁉ チャールズが⁉ どうして⁉」
突然のことにエリザベスは言葉を失う。
公爵家は王族並みの権力をもつ。
長男のチャールズは、公爵家の大事な跡取り。それを養子に出すとは王国の歴史は事例はないのだ。
「人質だな、エリザベス」
混乱しているエリザベスに、オレはそっと耳打ちする。
チャールズは人質として養子に取られたのだと。
「えっ……人質⁉ でも、でも、どうして、チャールズが⁉」
混乱していたエリザベスは思わず声を上げる。
父親に聞こえるのも構わず、顔を真っ青にして叫ぶ。
「そうだな、エリザベス。ルーオド殿の言うとおりだ。チャールズは兄陛下への人質だ。だから私ですら、今は簡単には会うことは出来ない。無力な父を許してくれ」
レイモンド卿は全てを察していた。
オレの言葉を補足しながら、エリザベスを優しく抱きしめる。
公爵のその顔に、父親としての苦悶の感情を押し殺していた。
「そんな……でも、でも、お父様……それではチャールズが……」
「とにかく、その話は後でゆっくりしよう。旅の積もる話もあるであろう。では下がれエリザベス」
レイモンド家には無事に帰還することが出来た。
父親ともエリザベスは無事に和解できた。
(国王か……)
だがエリザベスの可愛い弟は、国王に人質として取られてしまったのであった。
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【戦鬼と呼ばれた男、王家に暗殺されたら娘を拾い、一緒にスローライフをはじめる 1巻】
発刊日2019年4月15日
筆者:ハーーナ殿下
イラスト:DeeCHA
レーベル:アース・スターノベル
予定税込価格:1,296円
(Amazonでも予約受付中!)
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いきなりですが表紙が公式に公開と共に、なんと発売日が明日となりました!
表紙のマリアちゃんが可愛いです!
強面だった主人公のオードルさんは、マリアちゃんに影響されて、表紙では柔らかい顔つきになっている⁉
表紙以外にもカラーイラストや素敵な挿絵が沢山あります。
あと書き下ろしで
・エリザベスがオードルを探して追っていくエピソード
・フェンが故郷を追われた後に、オードに出会うまでのエピソード
・オードルが子どものころのエピソード
の三点があります。
こちらもお楽しみに。
是非買って下さい!




