第73話:エリザベスの帰宅
オレはエリザベスと王都の上級街にやってきた。
辿り着いたのは、区画の中でもひと際大きな屋敷。
レイモンド公爵家の王都邸宅の正門前だ。
「着いたわ、オードル。ここよ」
「ここか。かなり大きいな」
屋敷の周囲は高い塀で囲まれていた。その距離で大よその敷地面積が計算できる。
庭を含めて中は、かなりの広さがあるのであろう。
さすがは国王の血筋である公爵家の屋敷だ。
「ねえ、オードル。やっぱり正門から入るの?」
自分の家に戻るというのに、エリザベスはかなり緊張している。
なにしろ1年以上前、彼女は手紙ひとつだけ家出してきた。
更にオレのいた村にたどり着く道中で、レイモンド家の追っ手隊を返り討ちにしている。
追っ手を殺してはいないが負い目から、家に帰るのが気まずいのであろう。
「もちろんだ。さあ、いくぞ」
「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
だがここでウロウロしていても、ラチが明かない。
オレは先に進んでいく。
「何者だ⁉ 止まれ!」
正門前、四人の守衛に行く手を立ちふさがる。オレを相手にかなり警戒していた。
なにしろ今のオレはエリザベスの警護役として、武装している。
明らかに怪しい人物を止めるのは、守衛として正解だ。
「ここはレイモンド公爵様の屋敷だぞ!」
「怪しい者は問答無用で斬り捨てるぞ!」
守衛隊は抜剣して警告してくる。
屋敷内は公爵家の治外法権。怪しい者を切っても、王都の法には触れないのだ。
「オレは怪しい者ではない。ここの屋敷の一員を連れてきた」
ここでもめても意味がない。
オレは腰の剣を地面に置いて、敵意がないことをアピールする。
まあ、なにかあっても、素手でもこの程度の守衛を蹴散らすことは簡単だが。
「なんだと⁉ 公爵家の方をだと⁉」
「そんな話は聞いていないぞ⁉」
「帝国の間者か、お前⁉」
敵意がないことをアピールしても、守衛隊は殺気だっている。
剣を抜いて殺気を向けてくる。
なにしろ今のオレは顔を、兜で顔を隠している。
全身も傭兵風の黒づくめの革鎧。
どう見ても怪しい来訪者に見えるのであろう。
「おい……エリザベス……様。何とか言ってくれ」
オレの後ろに隠れているエリザベスに話をふる。公爵令嬢の本人なら、守衛も納得してくれるであろう。
それにしてもエリザベスに『様』を付けるのは、慣れないから難しい。
「エリザベス……様だと? そんな訳ないだろう!」
「そうだ! エリザベス様は1年前から、本家の保養所でお休みになっているんだぞ!」
守衛たちはオレの言葉を否定してきた。
エリザベスの家出のことは、公には秘匿とさている。
レイモンド家の私兵でも、彼ら一般兵は本当のことは知らされていないのであろう。
やれやれ面倒だな。
というか、エリザベス。早く出てきて、説明をしてくれ。
このままだとオレは強行突破で中に入っていくぞ。
「ちょ、ちょっと、それは困るわ!」
オレが暴れたら、尋常ではない被害が出てしまう。
エリザベスは慌ててオレの背中から出てきた。
「エ、エリザベス様⁉」
「まさか⁉」
「いや……この声とお顔は本物だ!」
いきなり登場したエリザベスの姿を見て、守衛隊は混乱に陥る。
ここ一年は公の場には姿を出していない。
噂では不治の病にかかったとも、一般兵士は聞かされていたのだ。
「し、失礼いたしました! エリザベス姫殿下!」
「どうぞ、お通りくださいませ!」
レイモンド家の兵として、エリザベスの顔を見間違える訳にいかない。
守衛隊は急いで剣を収める。
毅然と整列して、オレたちに道をあける。
やれやれ、これでようやく中に入れるな。
エリザベスは動かなかったお蔭で随分と時間がかかったものだ。
「混乱をさせて悪かったわね。皆の者、元気にしていた?」
エリザベスは覚悟を決めたのであろう。令嬢として一兵卒に声をかける。
彼女は公爵令嬢だが、剣をもつ騎士。一般の兵士にも訳隔たり無く接しているのだ。
「はい、エリザベス様! 我々、レイモンド家のために日々精進しておりました!」
「エリザベス様、今から本館に向かう馬車を用意しいたします。しばし、詰所でお待ちくださいませ!」
そんなエリザベスは兵士の中での人気が高い。
守衛隊は一気に騒がしくなる。
本館へ馬を駆けて伝達に向かう者。
広い中庭を移動するための専用の馬車を、用意しはじめる。
「馬車はいらないわ。いつも通り自分の足で歩いていく」
「はっ! 了解しました!」
「では、我々が本館まで先導いたします!」
2人の守衛が先導の任につく。
これで本館に到着しても、面倒なことは起きない。
先ほどのように一からエリザベスに説明させる手間が省けたのだ。
オレたちは正門から、広い中庭の中を石畳の上を進んでいく。
「エリザベス様……ちなみに、こちらの黒衣の剣士の方は?」
案内の近衛兵が尋ねてきた。
どう見ても怪しい大柄な剣士……オレのことを確認してきたのだ。
「この者は私が雇った剣士よ。名前は……えーと……」
「ルードォ」
「そう、ルードォよ! 凄く強い剣士よ!」
言葉に詰まっていたエリザベスに、小声で教える。流石にオードルの本名だとバレてしまう。
先日のライブスに引き続き、王都での偽名に活躍してもらう。
「ルードォ様……先ほどは、まことに失礼いたしました!」
「気にするな。むしろ怪しい者を通さぬ見事な仕事っぷりだ」
謝ってきた守衛に答える。
仕事を全うするのは兵士としての役目。公爵家ともなれば常に害意を持つ者がいる。
先ほどのように強硬な態度で、立ち塞がることも大切なのだ。
「見えてきたわ、オー……ルードォ。あれがレイモン家の本館よ」
まだ呼び慣れていないのであろう。
エリザベスは小声で訂正しならが、オレの偽名を呼んできた。
「あれか」
「まずは本館にいくわ。弟の件は、その後ね」
今回ここに戻ってきたのは、弟チャールズの身を案じて。
その前に家出からの帰宅の処理をする必要があるのだ。
(レイモンド公爵家か……何事もなければいいが)
オレたち二人はエリザベスの父親に面会に向かうのであった。
◇
本館に到着してからはスムーズに進むことができた。
守衛の先兵は伝達役として、本館の執事に伝えていたのだ。
「エリザベス様、お帰りなさいませ!」
本館の玄関ホールには大勢の執事とメイドが、整列して出迎える。
かなりの大規模だ。
こうして見るとエリザベスは本当にお嬢様なのであろう。
新ためて実感する。
「エリザベス様。御屋形様がお待ちです! さあ、こちらへ」
執事長がオレたちを先導していく。
他にも本館用の兵士も護衛として付き添う。
かなり厳重な警備だ。
長い通路を進み、分厚い扉の前にたどり着く。
この先の部屋にエリザベスの父親……レイモンド公爵が待っているのであろう。
扉の前には屈強な騎士が警護していた。
「エリザベス様。失礼ですが全ての武器は、ここで預からせていただきます」
部屋の前でオレたちは剣を預ける。
たとえ娘でも面会の時は、非武装になる必要があるのだ。
「お付きの方は、ここで待機を」
「待ちなさい、この剣士……ルードォも中に入るわ」
「ですがエリザベス様……」
「この方は……そう! 私の命の恩人なの。だから父上に報告する必要があるの!」
「エリザベス様の命の恩人⁉ はっ、失礼いたしました!」
エリザベスにしては上手い嘘。
お蔭でオレも一緒に中に入れる。
もちろん剣は全て預けていく。
どうせ見栄え用に用意した安物の剣。今回の件が終わったら処分する品だ。
さて、入る準備が終わった。
いよいよ面会の時だ。
「お父様、入ります」
「うむ、入れ」
執務室の中から、太い声が返ってくる。
オレたち二人は部屋の奥へと進んでいく。
(さて……エリザベスの父親か……)
因縁ある現国王。
その実の弟であるレイモンド公爵と面会するのであった。
◇
【書籍化のお知らせ】
『戦鬼と呼ばれた男、王家に暗殺されたら娘を拾い、一緒にスローライフをはじめる』
https://book1.adouzi.eu.org/n7259ey/
著:ハーーナ殿下
イラスト:DeeCHA様
アース・スターノベル
https://www.es-novel.jp/schedule/
今春に発売予定
◇
皆様の応援のお陰で書籍化ができました!本当にありがとうございました!
WEB版に加えて、書籍版では巻末に3本の追加ストーリーを書き下ろしました。
①消えたオードルを追いかけていく、エリザベスのストーカー的な物語
②フェンの里が滅ばされて、孤独なフェンがオードルと出会うまでの物語
③幼少期オードルの村での物語
です!
また、店舗特典SSなどの告知は発売日が近くなってなら報告します。
◇
あと2月がWEBの更新が止まっていたのは、書籍化作業を水面下でしていました。(申し訳ありません)
WEB版もぼちぼち連載を再開していきます!
どうぞよろしくお願いいたします!




