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戦鬼と呼ばれた男、王家に暗殺されたら娘を拾い、一緒にスローライフをはじめる(書籍化&コミカライズ作)  作者: ハーーナ殿下
【第3章】王都編

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第70話:鍛冶工房

 王国騎士ライブスからの依頼を受けてから、一週間が経つ。

 オレは他の仕事もしながら、“北からの救世主”の情報を集めていた。


『北からの救世主、だと? そんな奴は見たことはないな』


 だがダジル商店のネットワークを使っても、情報は掴めない。

 オレも王都で調査をしていくが、なかなか尻尾を掴むことは出来なかったのだ。


 思っていた以上に、“北からの救世主”は証拠を消すのが上手いらしい。

 このオレにも尻尾を掴ませないとは大した奴だ。


 今回の調査は長期戦になりそうな予感がする。

 ライブスには定期的に報告をしつつ、気長に丁を勧めていくしかないな。


 待っていろ、北からの救世主。

 必ずオレが見つけ出してやる。


 ◇


 そんなある日。

 別件の用事があったオレは、王都の下級街にやってきた。

 下級街の中でも特に薄暗く、騒音が鳴り響く職人街である。


「ねえ、オードル。本当にこんな所に、目的の店があるの?」

「ああ、もうすぐ着くぞ、エリザベス」


 一緒にやって来たのは女騎士エリザベス。

 平日なので他の皆は、学園や職場にいっている。ニースはダジルと商店で留守番だ。


 オレたちは職人街の最深部にある、古びた工房にたどり着く。


「ここだ、エリザベス」

「ここなの? 随分と古びた外観ね?」


 エリザベスが驚くように、工房はかなり年季が入っている。

 人が住んでいるとは思えないくらいに、所々傾いている箇所もある。


「ここの主は自分の仕事以外は、まったく興味がない奴だからな。さあ、中にいくぞ」

「あっ、待って、オードル」


 勝手に工房の扉を開けて、オレたちは中に入っていく。

 玄関はかなり薄暗い。


「エリザベス、そこは、穴が空いているはずだ。気を付けろ」

「えっ……? 本当ね。中身までボロいとは……」


 外観はボロイが、中の玄関と通路はもっとボロい。

 オレたちは木造の床を踏み壊さないように、慎重に進んでいく。


「さて、この先が工房だ」


 通路の進んだ先に、分厚い扉があった。

 ボロい建物の中で、そこだけが異質に磨かれていた。


「入るぞ」


 オレはノックもせずに扉を開けて入っていく。

 どうせノックをしても、ここの主は返事をしてこない。勝手知ったる何とやらだ。


「えっ……? 凄いわね……」


 工房の中に入って、エリザベスは言葉を失っていた。

 彼女が驚くのも無理はない。何しろ工房内は、今までと別世界だったのだ。


「この中は……随分と整理整頓されているのね?」


 ここは鍛冶工房だ。

 鍛冶仕事に使う道具が、整理整頓さている。

 ゴミひとつ落ちてなく、壁も全てキレイに磨かれていた。


「ここだけが別空間みたいね?」

「そうだな。奴にとって聖域なんだろうな」


 外観や玄関部分は、廃屋のように汚れている。

 だが仕事場だけは神経質なほどに磨かれていた。

 10年位まえにオレが最初に来た時も、エリザベスと同じように驚いたものだ。


「さあ、こっちだ」


 あまり広くない工房の奥に進んでいく。

 ここの主……鍛冶師は奥の場所にいるはずだ。


「やっぱり、ここにいたか」

「……誰だ?」


 少し間をおいてから、奥から女の声がする。

 留守ではなく、ちゃんと仕事場の奥にちゃんといたのだ。


「ウチは一元いちげんの相手には、商売をしていない。帰りな」


 相手の顔すらも見ないで追い返す接客。

 女ながらに、ぶっきらぼうな職人肌だ。


「ヘパリス、相変わらず元気そうだな。そんな愛想だと、男に逃げられるぞ」

「余計なお世話よ! っ……男に逃げられたことを、何で知っているの⁉」


 この女鍛冶師ヘパリは、過去に何度も男に逃げられている。そのことは客の中でも限られた者しか知らない。


 驚いたヘパリスは奥から顔を出してくる。美しい顔立ちだが、すすだらけの筋肉質の女。

 こう見えて大陸でも有数の腕をもつ鍛冶師だ。


「ようやく顔を上げたか。ヘパリス、相変わらず元気そうだな」

「その声は……それに、その声は……まさかオードルなの⁉」


 オレの顔を凝視して、ヘパリスは目を見開いて驚いていた。

 まるで幽霊を見たかのような顔をしていた。


「もちろんオレはオードルだ。それ以外に誰がいるんだ?」

「いや、それはそうだが……でも、一年前のあの火事で、アンタは、死んだはずじゃ⁉ まあ、アンタのことは、死神にでも殺せないってことだね」


 ヘパリスは苦笑いしながら、表情を緩める。混乱していた記憶が、ようやくまとまったのであろう。


「ところで死にぞこないのオードルが、何の用?」

「預けていた剣の確認しにきた」


 オレは愛用していた剣があった。

 今から一年ちょっと前に、王都で屋敷を襲撃された時まで。

 あの直前に、このヘパリスの工房に調整に出したままだった。


 今のマリアたちとの平和な暮らしに、人を殺す愛剣は不必要。

 だが少しだけ気になったオレは、愛剣の所在の確認に来たのだ。


「オードル……“アレ”は、ここにはない」

「そうか。どこにある?」

「火事の後に、王国のなんとやら騎士団が詰めかけてきた……」


 ヘパリスは申し訳なさそうに説明していく。

 オレの愛剣は王国騎士団が徴収していったと。

 ヘパリスも抵抗したが、相手は王国騎士団。仕方がなく差し出したという。


「なるほど、そうか」


 王国騎士どこかで情報を調べて、この工房を見つけ出したのであろう。

 オレの痕跡を徹底的に消すために。執念深いあの国王なら有り得る話だ。


「代用として、この剣はどう? 私の自信作だ」


 武器を身につけていないオレを見て、ヘパリスは奥から剣を取り出してきた。

 オレにひょいと投げ渡してくる。


 ふむ。

 刀身に見事な刃紋が浮かんだ片手剣。見ただけで分かる名剣だ。


「これは凄いわね、オードル。公爵領のお抱えの鍛冶師でも、ここまで打てる者はいないわ……」


 ヘパリスの自信作に、エリザベスは感嘆の声をあげる。

 腕利きの騎士として彼女の腕を、ひと目で見抜いたのだ。


「こんな汚い外観だが、ヘパリスの腕は本物だ。もう少し商売っ気があれば、金持ちになれるんだがな」

「汚い外観とは失礼だわ! 私は気に入った奴にしか、武器は作らない主義なの!」


 ヘパリスは変わり者の上に、稀代の頑固者である。

 だが鍛冶師としての腕は、大陸でも数本に入る。まだ30歳にして鍛冶師として、天賦てんぶの才を極めようとしていた。


 だからこそオレも自分の愛剣の調整を、この匠に頼んでいたのだ。


「これ悪くはない剣だな。だが今のオレは傭兵を辞めている。必要はない」

「あの“戦鬼”が、戦いから身を引いている? 時代も変わったもんね」


 ヘパリスの好意を丁重に断っておく。

 どうせ今のオレは名剣を使う機会はない。せいぜい果物ナイフがあれば十分だ。


「そうだ、変わりにヘパリスに作って欲しい物がる。果物ナイフを一つ作ってくれ」


 せっかく顔を出したので、仕事を頼んでおく。

 ちょうど新しい果物ナイフが欲しいと思っていたところだった。マリアのために上質なナイフが欲しい。


 器用なヘパリスなら最高の果物ナイフを作ってくれよう。


「アンタに娘だって? まったく時代というヤツか……ああ、2週間後に来てちょうだい」


 呆れながらもヘパリスは仕事を引き受けてくれた。

 偏屈だが細かい事情を気にしないのが、この女の良いところと言えよう。


「そういえば、この剣はどうする?」

「そっちのお嬢ちゃんにくれてやろう。見たところ、かなりの才があるんだろう?」

「そうだな」


 ヘパリスの自信作はエリザベスが貰うことになった。彼女の今の剣も、だいぶ傷んできた。ちょうどいいタイミングだな。


「いいの、オードル? でも私は……」

「ヘパリスがお前のことを認めたということだ、貰っておけ、エリザベス」


 腕利きの職人であるヘパリスは、エリザベスの身のこなしから察していたのであろう。

 もしかしたらオレが受け取らないことを、最初から予測していたのかもしれない。

 相変わらず偏屈な女鍛冶師だ。


「じゃあな、ヘパリス。また遊びにくる」

「もう帰るの? 今度来るときは土産の酒でも持ってきてね」

「ああ、そうする」


 ヘパリスは女ながらも酒豪。

 再会の約束をして、別れの挨拶をする。


「さて、戻るとするか」

「そうね」


 エリザベスと工房を後にする。

 名剣を手に入れてエリザベスは、足取りが軽い。


 オレたちは工房から、職人街を歩いて抜けていく。


(ん?)


 しばらく進んだ時だった。


 オレは何かの気配を感じる。

 隣のエリザベスはまだ気が付いていない。

 つまりかなりの隠密の使い手だ。


(これは……)


 気配には覚えがあった。

 数ヶ月前に相対した相手だ。


「そんな薄暗い所に隠れていいないで、出てこい。風邪を引くぞ」


 誰もいない裏路地の向こうに、オレは声をかける。


「えっ⁉」


 まさかの事態にエリザベスは剣を抜く。

 気がつかない間合いに、相手に接近されたのだ。


「ふふふ……やはりバレてしまいました。さすがですね、オードルさん」


 誰もいなかったはずの裏路地から、一人の姿を現す。


「よく言う。わざとオレだけにバレるように、待っていたのだろう? ……ガラハッド」


 待ち伏せしていたのは一人の騎士。

 大陸でも屈指の腕をもつ剣聖ガラハッドであった。


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