第68話:騒がしい来客
ニースから母親の話を聞いて、数日が経つ。
新しい家族のニースは、家事を手伝うようになっていた。
「マリアおねえちゃん、これは?」
「そこにしまうんだよ、ニース!」
今はマリアと二人で、朝食の片づけをしている。
使い終わった食器を、洗って片付けているのだ。
「あと、ニース。ここは、もう少し掃除だよ!」
「うん、わかった」
歳上のマリアは、ニースに色々と教えてあげていた。テキパキとした様子だ。
少し前まではあんなに小さかったマリア。今では誰かに教えるほどに立派になっている。
これが子の育つ瞬間なのだろうか。オレも思わず嬉しくなる。
「あっ、もう、こんな時間だ! 急がないと!」
朝の準備を終えたマリアは、学校に向かう時間が迫っていた。
急いで学園指定の制服に着替えて、玄関で靴をはく。
「じゃあ、いってきます!」
オレと二人で、家の近くの通学馬車乗り場まで向かう。
ここに上位学園行きの馬車が来るのだ。
「パパ、今日も大丈夫かな?」
搭乗前、マリアは身だしなみの最終確認をしてくる。
スカートひらひらさせながら、くるりと回る。
制服や髪の毛の身だしなみチェック。
いつの間にか女性として身だしなみにも気を遣う、お姉さんになっていたのだ。
「ここの襟がめくれているぞ、マリア」
勉強が優秀で、少しお姉さんになったマリア。だが、こういった慌てん坊なところは、昔と変わらない。
まあ、元気で一直線で可愛いところなのだが。
「あっ、本当だね! ありがとう、パパ! じゃあ、行ってくるね、パパ!」
「ああ、気をつけていくんだぞ」
身だしなみを直したところで、ちょうど馬車が来た。生徒専用の上位学園行きの乗り合い馬車だ。
マリアは元気よく乗り込んでいく。クラスメイトの隣の席に座り、嬉しそうに挨拶をしていた。
「じゃあね、パパ」
発車した馬車の小窓から、マリアは最後まで手を振ってきた。
オレも別れを惜しみながら、見送る。
《……フェン、今日も頼んだぞ》
馬車が大通りに曲がって見えなくなったところで、フェンに念話を送る。
この後のマリアの見守りを、フェンに委託するのだ。
《わかったワン! いってくるワン!》
フェンから返事ある。
馬車の後を追うように、小さな白犬が駆けていく。
見た目は小さな犬に見えるが、フェンは上位魔獣の白魔狼族。
見つかっても無害な子犬に見えるので、マリアの護衛にもピッタリなのだ。
「マリアは今日も無事に行ったか。さて、オレも仕事に向かう準備をするか」
我が家の中で一番出発が早いのが、学園の生徒のマリア。
次は近所のパン屋で働くリリィ。
ダジル商店で働くエリザベスとオレは、最後となる。
「さて。王都の生活も順調になってきたな」
家に戻りながら、ふと感慨にふける。
上位学園に通うマリアは、最初から順調に勉学をスタートしていた。
クラスメイトとも仲良くして、勉強の進み具合も好調だという。
またパン屋で働き始めたリリィも、修行を頑張っていた。
ルーダの街の店とは違うし店主から、幅広いパンの技術を学んでいる。リリィは毎日楽しそうに充実した笑顔で仕事をしていたのだ。
「おっ、オードル。帰ってきたか? 先に仕事に行っているわ!」
家に戻ったところで、エリザベスとすれ違いになる。
まだ出勤時間には早いが、彼女は職場に向かうという。無職だったルーダの時は違い、生き生きとした毎朝の笑顔だ。
「オードル、いってくる」
そんなエリザベスに付き添い、ニースも一緒に出掛ける。
ダジル商店の事務室で、エリザベスの仕事の手伝いをするのだ。
仕事を言ってもニースはまだ幼い。
掃除や書類の整理。簡単な雑務だけ手伝うのだ。
「ああ、気をつけていくんだぞ。オレも後から顔を出す」
「うん、いってきます」
それでもニースは嬉しそうに仕事に向かう。
いや、無表情なので顔は変わらない。だが、足取りや口調で楽しそうと、分かるのだ。
「みんな、いったか」
戻ってきた家の中には、オレ一人しかいない。
どこか寂しい気もするが、家族が元気に出かけた後の空気はいいものだ。
「さて、オレも準備をして行くとするか」
ダジルから頼まれていたい仕事が、今朝も何件かあったはず。
「今日も忙しい一日になりそうだな」
我が家の平和な一日は、こうして今日もスタートするのであった。
◇
その日の仕事を、オレは順調にこなしていく。
人探しや荷物運びなど、雑務が何件かあった。
それらを午前中のうちに全て終わらせておく。
闘気術を使えるオレにとっては、簡単すぎる仕事ばかりなのだ。
「ダジル、終わったぞ。あと仕事はないか?」
仕事が終わったので、店主であるダジルに報告にいく。
このまま午後の時間を持て余してしまう。
何か、もう少し手応えがある依頼はないか?
「なに、もう済ませてきたのか⁉ 早すぎるぞ! 今日はもうないぞ」
仕事の依頼はなかった。
何しろダジル商店は知る人ぞ知る店。それほど大量には仕事の依頼はこないのだ。
「まったく、オードルのお蔭で前の三倍は依頼が終わるぞ」
「そうかなのか? オレは普通にこなしているはずだが。もう少しペースを落とすか?」
貧乏性なオレは、どうしても仕事を早く終わらせてしまうクセがある。
もう少しゆっくり仕事をしてもいいかもしれない。
「ふん。大丈夫じゃぞ。最近はお前さんの働きのお蔭で、依頼も増えてきた」
「なるほど。そう言われてみれば、そうだな」
ダジル商店は王都で知る人ぞ知る、隠れた名店だった。
だが最近は悩みごとの依頼をもってくる市民が多いのだ。
「これもお前さんの働きのお蔭じゃ」
「オレのだと?」
「ああ。早くて正確な仕事が、話題になっているらしい。まったく、忙しくて孫に会いにいく時間が前と変わらんぞ、これじゃ」
どうやらオレが仕事を頑張りすぎた影響だったらしい。
王都くらいの大都市になると、悩みごとを抱えている数は多い。
ダジル商店の最近の仕事っぷりが、市民の間に口コミで広がっていたのであろう。
「そうか。それなら、頑張らないとな」
仕事があることはいいことだ。
とくにダジル商店は少ない利益で、困っている人を助ける経営方針。
そういう意味ではダジルはボランティア活動に近い。
だからこそダジルを信頼して仲介を受ける職人も多い。
まさに王都の人の架け橋をしているのだ。
「じゃあ、ワシは厠に行ってくる」
「ああ、オレが番をしておこう」
ダジルが裏に用を足しにいく。
エリザベスとニースも出かけていない。仕方がないので、オレが店番を預かることにした。
まあ、店番といっても、来店客の悩みの話を聞いて、メモしていく仕事。
後は戻ってきたダジルに仕事を引き継げばいいのだ。
(……ん?)
カウンターに立っていた直後である。
オレは店の近くに気配を感じる。
(この気配は……)
感じたのは覚えがある気配であった。
一年前に感じた気配だが、特徴があるので覚えている。
(ん? こっちに来るのか?)
気配の主は、ダジル商店に真っ直ぐ向かってくる。
玄関の前で一度立ち止まる。
「ここか⁉ ダジル商店という店は⁉」
直後、乱暴に玄関を開けられる。
雷のような大声が、店内に響き渡る。
「ふむ。ずいぶんとシミッタレタ店であるな⁉」
来店者は大柄な男であった。かなりの粗暴な感じがする。
(こいつは、たしか……赤牛騎士団の……)
やって来たのは王国の騎士。
傭兵時代に何度か見たことがある。
「オレ様は栄光ある王国の騎士団長であるぞ!」
こうして顔見知り騎士団長を、オレは接客しなければいけなくなったのだ。




