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戦鬼と呼ばれた男、王家に暗殺されたら娘を拾い、一緒にスローライフをはじめる(書籍化&コミカライズ作)  作者: ハーーナ殿下
【第2章】学園都市編

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第55話:旅立ち

 ルーダの街を出発する日がやってきた。

 引っ越しの準備を前日までに終えて、今朝は家を出るだけだ。


「さて、忘れ物はないか? もう一度確認しておけ」


 玄関前に集まった皆に、最終確認をしていく。

 この家に戻ることは、しばらくの間は無い。忘れ物がないようにしないと。


「私は大丈夫だぞ、オードル」


 愛馬に積んだ荷物を確認しながら、エリザベスは答えてきた。

 騎士として旅慣れた彼女は、コンパクトに荷物をまとめている。

 だが昨日の段階より、荷物が少しだけ増えていた。


「何か買い物したのか、エリザベス?」

「服や装飾品を少々な。村では手に入らからな」


 エリザベスの増えていた荷物は、女性物の装いであった。

 何しろこれから戻る村は、何もない辺境。

 年頃の少女として、エリザベスも買いだめをしておいたのであろう。


わたくしも大丈夫です、オードル様」


 続いて答えてきたのはリリィ。

 自分の背負い袋の中身を、丁寧に確認していた。


「リリィ、重い物があったらオレか、エリザベスの馬に預けていいからな」


 リリィの荷物の中には、パンを作るための道具もあった。

 パン生地をこねて伸ばす木の棒や、生地をカットする金属板など、結構の重量だ。

 力のないリリィが長時間背負うには、かなり苦労するであろう。


「はい、ありがとうございます。でも、できる限り自分の荷物は、自分で持ちます!」


 だがリリィは笑顔で答えてきた。

 一人前にパン職人になるために、大事な道具は自ら運ぼうとしていたのだ。


「そうか。いい心がけだ。村に戻ったら、またパン焼きのかまを作る。楽しみにしておけ」

「ありがとうございます! オードル様の故郷の村を、この目で見るのが今から楽しみです」


 リリィは今回、村へ初めて行くことになる。

 何も無い辺境の村。だが元聖女だった彼女にとっては、全てが新鮮に思えるのであろう。


 リリィの性格なら村でも、すぐに馴染むであろう。村人にはエリザベスの従姉妹いとこ、とでも説明しておこう。


「パパ、マリアも大丈夫だよ!」


 最後にマリアが答えてきた。

 小さな背負い袋の中身を、自分でちゃんと確認していた。


「そういえばマリア。本当に自分の足で歩いていくのか?」


 一年前、村から街までは、オレが抱っこしてきた。

 だが今回はマリアから言ってきた。『出来る限り自分の足で歩く』と。

 数日間の長旅を、自分の力で成し遂げようとしているのだ。


「うん、マリア、頑張る!」


 マリアは自信に満ちた顔で答えてきた。

 村までの道中は長くて険しい。平坦な街道もあれば、険しい獣道も途中にある。

 だが、その全てをマリアは自分の足で歩こうとしていたのだ。


「そうか、分かった。それならオレは手助けを控える。だが、疲れた時は、自分から申告するのも大事だぞ」

「うん、わかった! ダメそうになったら、パパに言うね!」


 マリアはこの一年間で立派に成長していた。身長はスクスクと伸びており、体力もついている。


 そして何より成長したのは内面的な強さであった。

 学園の卒業生として、色々と自分で判断できるようになっていたのだ。


 まだ口調は幼い部分もあるが、我が子ながら素晴らしい成長ぶりである。


「さて、これで全員の準備が終わった?」

『ワン!』


 足元でフェンがひと鳴きする。

 おっと、すまない。お前のことを忘れえいたな。


 相変わらずフェンは手ぶら。

 早く出発しよう、と言わんばかりの元気っぷりである。


 ああ、そうだな。

 早く出発するとするか。


「じゃあ、鍵を閉めるぞ」


 玄関の鍵を閉めて、戸締りする。

 合鍵はリッチモンドにも渡しているので、問題はない。屋敷の定期清掃などは、リッチモンドのメイドが行ってくれる。


「パパ……楽しかったね、このお家で……」


 鍵を閉めた時に、マリアは少しだけ寂しそうにしていた。

 この一年間のことを思い出して、感慨にふけているのであろう。


「ああ、そうだな。たまにルーダの街にも遊びにくるか」

「うん! そうだね!」


 年に何回かは家族旅行と称して、この街に滞在するのもいいだろう。買い物をしたり懐かしの場所に顔を出したり。

 とにかくマリアの笑顔が戻ってよかった。


「それでは行くぞ」


 こうしてオレたち一家は家を後にして、ルーダの街の正門へと向かうのであった。


 ◇


 家から正門までは、ゆっくりと移動していく。

 誰もが街の風景を眺めながら、心に刻んで進んでいる。街との別れの余韻の時間だ。


 ルーダの街の正門に到着する。


「よし、手続きも終わったぞ。城門を通るぞ」


 街の周囲は高い城壁で囲まれている。

 通過するための通行許可証に判を押して、オレたち一行は正門をくぐっていく。


 さて、これで本当にルーダの街ともお別れだな。


「マリアさん!」


 その時である。正門を外に出たところで、少女の声が響く。


「クラウディアちゃん⁉ それに皆も? いったい、どうしたの?」


 声をかけてきたのは伯爵令嬢のクラウディアだった。

 その周りには仲の良かったクラスメイトたちもいる。


「マリアさんが今朝出発すると聞いて、皆で見送りにきたのですわ!」


 卒業生の中でマリアは最初に引っ越しする。それでマリアに内緒で、クラスメイトで見送り計画を立てていたのだ。


「マリアさん、これを……」


 クラウディアは持っていた可愛らしい袋を、マリアに手渡す。


「クラウディアちゃん、これは?」

「それはわたくしたちで書いた手紙ですわ。マリアさんへの……」


 袋の中には沢山の手紙が入っていた。

 マリアの出発に向けて、クラスメイト皆で書いた手紙だという。


「こんなに沢山の手紙を……ありがとう、クラウディアちゃん!」


 感極まってマリアは、クラウディアに抱きつく。

 本当に別れが惜しいのであろう。目には小さな涙を浮べていた。

 二人で別れの言葉を交わしていく。


「そういえばクラウディアちゃんは、この後はどうするの?」

「私は今週中に準備を終えて、実家のあるバーモンド伯爵領に戻りますわ」


 自領に戻ったクラウディアは、伯爵令嬢として更なる道が待っている。

 習い事や勉強など、貴族令嬢は身につけることが多いのだ。


「そっか……また、どこかで会おうね! それまで元気でね!」

「はい、マリアさんも!」


 身分の違う二人が、再会できる可能性は低い。

 だが、人の出会いの運命とは誰にも予測はできない。もしかしたら大陸のどこかで、バッタリと再会するかもしれないのだ。


 そんな二人の少女の友情を眺めながら、オレは感慨にふけるのであった。


「オードル⁉ 間に合ったか⁉」


 そんな時。街の中から、オレを追いかけてきた男がいた。


「リッチモンドか? どうした、そんなに急いで?」


 追いかけてきたのは旧友のリッチモンド。

 息を切らしているところを見ると、だいぶ急いできたのであろう。学者肌のこの男にしては珍しいことだ。


「この本を、キミに返すのを忘れていたんだ」

「なんだ、そんな物を。相変わらず律儀な奴だな」


 リッチモンドが持ってきたのは、数年前に貸した本であった。

 古代遺跡からオレが発見した物。解読するために、ずっとリッチモンドに貸していた。


 まあ、無学なオレには無用の物なので、この賢人に譲渡したつもりだったのだが。


「また、古代文明の書物を発見したら、真っ先にボクに読ませてくれよ、オードル!」


 この大陸の各地には、古代遺跡が点在していた。金品はほとんど無いが、たまに古代書物が残っていたりする。


 危険な魔獣の潜伏率も高いので、普通の傭兵は探索には入らない。だが学者の間では、古代書物は貴重品なのだ。


「遺跡に潜る仕事は、もうしないが……偶然に手に入ったら、持ってくる」


 運動不足にならないためにも、たまに遺跡に探索するものいいかもしれないな。鍛錬も兼ねてエリザベスやフェンを誘って。


 それに村からルーダの街までは、オレの全力の足なら遠くはない。

 発見した書物を渡す名目で、リッチモンドに顔を出すのもいいかもしれない。


「あと、これも渡しておく」

「ん? なんだ、これは?」


 最後にリッチモンドが渡してきたのは、封筒であった。

 リッチモンドの名前でサインが書かれていて、蜜蝋みつろうで厳重に封がされている。


「それはボクからの紹介状だ」

「紹介状だと?」

「ああ。マリアちゃんが上位学園に入学するための……」


 リッチモンドがわざわざ用意してくれたのは、マリアへの紹介状であった。

 12歳までの勉学を収めたマリアが、次のステップへ進むため用意してくれたのだ。


「そうか、ありがとう。だがリッチモンド、この王国内で上位学園があるのは……」

「ああ、王都にしかない。だから、使うことはないと思うけど、念の為だ」


 上位学園は大陸でも数か所しかない。この王国領内だと王都にしか存在しないのだ。


 だがオレは王都から脱出してきた身。

 遠く離れたルーダの街とは違い、王都には顔見知りの者も多いのだ。


「紹介状は一応、預かっておく。まあ、マリアの将来のためなら、王都滞在も大したことはないからな」


 王都はルーダの何倍も規模が大きい街。その気になったら身をひそめる区画もある。


 その辺のマリアの進学については、村に帰ってからゆっくり考えるとしょう。


「とにかく最後まで……色々とありがとう、我が友オードル」


 ルーダ学園のことを国王が諦めたことを、リッチモンドも知っていた。オレが暗躍していたことも、何となく気が付いている。

 デリケートな問題なので、言葉には出してはこない。

 だがリッチモンドは心をこめて、感謝の想いを述べてきた。


「こちらこそマリアが世話になった。我が友リッチモンド」


 この一年間の学生生活。そして今回の招待状まで用意してくれたリッチモンドに、オレも感謝の気持ちしかない。


 さて、友との別れは無事に済んだ。

 マリアたちの方も終わっただろうか?


「うん……パパ、いいよ!」


 クラスメイトとの別れの挨拶を終えて、マリアは笑みを浮べていた。再会を誓い合って、その真っ直ぐな瞳は未来を見つめている。


 これなら出発しても大丈夫そうだな。


「そうか。じゃあ、行くぞ、みんな」

「「「はい!」」」

『ワン!』


 オレの号令で、再び一行は動き出す。

 目指すは北に伸びた街道の先。さらに獣道を北に進んだ辺境の地。

 故郷の村だ。


(ルーダか……本当に色々とあったな……)


 こうしてオレたちはルーダの街に別れを告げて、故郷の村へ帰還するのであった。


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