第53話:事件のその後
砦に潜入してから1週間が経つ。
オレたち一家は何事もなかったかのように、今日も平和に暮らしていた。
今日は安息日。皆でゆったりと朝食を食べる。
今朝も元気なマリアたちのお蔭で、朝食の卓が笑顔であふれていた。
そんな朝食後。オレは家の庭で、右手のギブスを外す作業に入ることにした。
「よし、治っているな」
ギブスを外して右手の感覚を確かめる。
指を動かしてみたり、木の棒で軽く素振りしてみる。
よし、悪くはないな。少し違和感があるが、問題はない。その内に完璧に回復するであろう。
「ん⁉ もう、治ったのか、オードル⁉」
朝食を終えたエリザベスが、ぶらりやってきて、目を見開きて驚いている。
「ああ、そうだ、エリザベス。日常生活には問題ない」
「たったの一週間で、あの骨折が完治するとは……さすはオードル、規格外ね……」
砦から帰宅した翌朝は驚いていたエリザベスは、今は逆に呆れている。
「そうか? 傭兵時代は怪我が付き物だったから、たいしたことはない」
闘気術で自己回復力を高めることが可能だ。
それに今回はキレイに骨が折れたお蔭で、完治も早かった。繋がった右腕の骨は、以前よりも頑丈になるであろう。
さすがは剣聖ガラハッドの必殺の一撃は正確無比。そのお蔭でキレイに完治したのだ。
いつか奴に再会した時に、お礼を言っておかないとな。
「剣聖ガラハッド卿とは……それにしてもオードルが近衛騎士団の砦に乗り込んだ話は、未だに信じられないな……」
「そうか? まあ、流石のオレも無傷では済まなったがな」
1週間前の出来ごとは、エリザベスだけに話している。 本当は右手の骨折は、道で転んだことにしたかった。
だが『あの戦鬼オードルが転倒して骨折する訳ない⁉ いったいどうしたの⁉』と、エリザベスだけは騙すことが出来なかった。そこで仕方がなく、正直に教えていたのだ。
「無傷というか……の剣聖相手に武器も持たずに挑んで、生きて帰ってこられただけも奇跡だぞ、オードル!」
「素手ではない。ちゃんと兵士の剣は使ったぞ。それにガラハッドの奴も本気では無かったからな」
奴との剣での戦いは、お互いに全力を尽くした。だがガラハッドは謎の力を使わずに、正々堂々と勝負を挑んできた。奴なりの騎士道なのかもしれない。
あの不思議な移動した力を、最後に使われていたら、勝負の行方はどうなっていたか分からない。
まあ……力を使われた場合でも、オレも対応策は残していたから問題はない。
いつか再会した時は、互いにハンディキャップのなく、戦ってみたい相手である。性格に難があったある騎士だが、戦士としてはガラハッドのことは嫌いではない。
「なるほど、そうだったとは……とにかく近衛騎士団と国王が、いきなり王都に帰還した話にもビックリしたけど、まさかオードルが原因だったとは……大丈夫なのか?」
一週間前の国王のルーダ訪問の中止は、街中で話題となっていた。表向きは国王の急用のため、ということにされている。
だが全ての事情を知るエリザベスは心配していた。オレが砦に単身で潜入して、追い払ったことに。
「オレが砦に潜入した証拠は、ひとつも残していない。だから、今後も問題はない」
国王を“説得”した時も、いつもの仮面で顔を隠していた。
説得をした後は、少し強めに闘気を流しておいたので、国王の記憶も消えていたはず。正体はバレてはいないであろう。
まあ……国王の奴はしばらくは仮面の大男の悪夢を見るかもしれない。ご愁傷さまだな。
また他の見張りの兵士や近衛騎士にも、オレは姿を見られていない。屋上で気絶させた見張りの三人の兵士も、気配すら感じさずに昏倒させていた。
(正体に気がつかれたのはガラハッドだけだが。あいつは問題ないだろう……)
ガラハッドはオレのことを、国王には報告しないであろう。
何故ならあの騎士は強者との戦いを、生きがいとしていた。報告しても奴にメリットは一つもない。
しばらくは近衛騎士として国王の側にいるはず……オレとの再戦を待ち望みながら。
これは同じ戦いに生きてきた同士の、信頼感にも近い確信だ。
(まあ、襲撃の件がバレたとしても、何とかなるであろう)
この大陸には王国以外の国も多い。いざとなったら家族総出で、他国に引っ越しすることも可能だ。
もしも王国から追手が差し向けられた時は、オレが全力で家族を守る。
だからバレても特に問題はないのだ。
「あっ、パパ! ここにいたの?」
そんな時である。マリアも庭にやってきた。
エリザベスとの難しい話は、ここまでにしておこう。
「どうした、マリア? そんなに分厚い本をもって?」
庭にやってきたマリアは、手に何冊も持っていた。学園の図書館から借りてきた本であろう。
「来月に卒業の試験があるの、パパ。だから分からないところをエリザベスお姉ちゃんに、勉強教えてらもうの!」
「卒業試験だと? ああ、そうだったな」
ルーダ学園は1年単位で通うことができる。
勉強してペースは個人の才能に合わせていく自由なスタイル。その代わりに1年の最後に、検定のための試験があるのだ。
「卒業試験か……終わったら、いよいよ卒業の儀だな……」
マリアの頑張る姿を見ながら、オレは思わず感慨深くなる。
1年に渡るルーダの街での暮らし。最後の行事である卒業の儀が、あと1ヶ月ちょっと迫っていたのだ。
「マリア、頑張って合格するね、パパ!」
「ああ、そうだな。マリアなら大丈夫だな」
エリザベスとの勉強に向かう娘の頭を、やさしく撫でてやる。
マリアは誰よりも勉強に熱心だった。同時に楽しみながら勉学を励んでいる。
『楽しむ』ことは何事においても、最高の向上のエネルギーとなる。
だからマリアが無事に卒業試験を通過することを、オレは誰よりも信じているのであった。
「あら、マリア様。お勉強ですか?」
「そうだよ、リリィお姉ちゃん!」
庭にリリィもやってきた。
手にはパンを作る道具を持っている。これから家の窯でパンを焼くのであろう。
「それなら食後に、美味しいパンを用意しておきますわ」
「やったー! ありがとう、リリィお姉ちゃん!」
パン屋で見習い職人として働くリリィは、いつも家で試作品を作っている。
形や味は最初の頃に比べてかなり上手くなっていた。
元々の才能があり、リリィは何事に対しても努力家。そのためパン屋で師匠の教えを、ドンドン吸収しているのだ。
「オードル様にも、後ほど試食してもらってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ、リリィ。どうせだったら今日の昼はパンパーティにしよう」
「えっ……でも……」
提案されてリリィは恥ずかしがっていた。
試作品はたまに失敗することもある。プレッシャーに緊張しているのであろう。
「今日はパンパーティ⁉ やったー! マリア、楽しみにしてるね!」
「マリア様まで……分かりました。私も頑張って焼いてきますね」
マリアの満面の笑みの前に、リリィも素直に降参する。
よし、これで決まり。
今日は天気もいいでの、昼ご飯は庭でパンパーティにしよう。
「じゃあ、それまで勉強を頑張ってくるか、マリア」
「よろしくお願いします、エリザベス先生!」
『ワン!』
話を聞きつけて、いつの間にかフェンまでやってきた。こいつは本当に食いっ気だけには鼻が鋭いな。
「よし。この街で暮らすのもあと少しだ。最後まで気合を入れていくぞ」
「「「はい!」」」
『ワン!』
こうして我が家の安息日は、今日も賑やかに過ぎていくのであった。
◇
それからまた日が経つ。
ルーダ学園の卒業試験の当日なる。
「パパ、マリア合格したよ!」
マリアは無事に試験に合格した。
12歳までの教育課程の全てを、史上最年少で合格したのだ。
これはルーダ学園の歴史の中でも、異例の快挙。
リッチモンドをはじめとする教師陣も驚いていた。
本当に誇らしい我が娘だ。
「ああ、よく頑張ったな。あとは晴れて来週の卒業の儀だけだな」
「そうだね、パパ! あいさつ、マリア頑張るね!」
こうしてルーダ学園での最後の日。
マリアの卒業の儀の朝がやってくるのであった。




