第45話:競技大会の会場へ
学園の競技大会の当日となる。
朝から快晴で絶好の運動日和だ。
「そろそろ出発の時間だぞ? お前たち、準備は終わったか?」
家の玄関でみんなに、集合の声をかける。
今日の競技大会は、家族の参加競技もある。オードル一家で総出の外出だ。
「待たせたな、オードル!」
「お待たせいたしました、オードル様」
準備を終えたエリザベスとリリィがやってきた。
いつもより動きやすい格好を、二人ともチョイスしている。特にエリザベスの方は、素早さに特化した格好だ。
「随分と張り切っているな、エリザベス?」
「家族参加の競技もあるのだろう、オードル? マリアの姉である私も、頑張らないとな!」
なるほど、そういうことか。得意分野の運動で、好成績を狙っているのであろう。
それにしても張り切りすぎではないか、エリザベス。王国屈指の騎士のお前が、本気を出したら事件が起きそうだぞ。
まあ……お祭り気分なので、そっとしておこう。
「オードル様。お昼のお弁当は、こちらに用意しておきました」
「そうか。朝早くからご苦労だったな、リリィ」
今日の競技大会は午前中から午後まで。結構な長時間のスケジュール。
だから昼の弁当を、リリィは早起きして作ってくれたのだ。
二段重ねの弁当が、大きな布に包まれている。
こうしたリリィの心遣いは、今日も感謝だ。
『ワンワン!』
続いてフェンが終えてやってきた。
といっても白魔狼のフェンは、いつも通りの格好。服もなく荷物もない。
おや? だが今日はいつもと違う感じだな。
可愛い紅白の布を、首に巻いている。競技会用のオシャレなのであろう。よく似あっている。
それにしても布は誰が巻いたのだ?
「そちらは私がお付けしました」
なるほど。リリィがコーディネートしてくれたのか。
女の子らしい気のきかただ。
「そうか、似合っているぞ、フェン」
『ワン!』
いつもと違うオシャレを褒められて、フェンは嬉しそうにしていた。
いつも忘れてしまうが、こいつはメス……女の子のである。
白魔狼族でもオシャレするのは嬉しいのであろう。
ふさふさの尻尾を振って、喜んでいた。
『ワンワン!』
なんだと。違うだと?
早くリリィの作ったお弁当を食べたいだと?
まったくお前というヤツ。オシャレっ気よりも、食い気が飛び越えているんだな。
感心したオレがバカだったよ。
さて。残るは一人。今日の主役である。
「パパ、おまたせ!」
そんな時。
玄関にひときわ明るい声が響き渡る。
「マリア、準備は万端か?」
やってきたのは今日の主役のマリア。
いつもの制服とは違い、動きやすい運動着に着替えている。
白を基調とした半袖短パンだ。
「うん、パパ。このとおりだよ! 似合っているかな?」
マリアはくるりと回って、運動会の衣装を見せてくる。
短めの短パンと半袖から伸びた、真っ白で小さな手足が輝いていた。
まるで神話に出てくる妖精神のような、神々しい姿である。
「ああ、似あっているぞ、マリア。だが半袖半ズボンだと、危なすぎないか? 転んだら大変だぞ」
マリアの運動着姿は似合っている。
だが無防備に出ている素肌に、急に不安になってきた。
何しろ幼い子どもは、筋肉の発達が完全ではない。大人とは違い、頭部と手足のバランスも悪い。
走ったりして、転んでしまうこともあるのだ。
怪我をしやすい膝と肘に、防具でもつけた方がいいのではないか?
そうだ!
鉄大蛇の素材で、余ったのがある。あれで防具を作ったら、転んでも怪我はしないであろう。
オレだったら、あっとう間に裁縫で作れるぞ?
「心配しすぎだよ、パパ!」
「そうか。オレの杞憂だったな」
どうやら心配しすぎだったらしい。
笑顔のマリアに、逆に諭されてしまった。
これで全員が集合して、準備も万端。
「よし、それなら競技大会へいくぞ」
こうして我が家は、マリアの競技大会へ向かうのであった。
◇
ルーダの街の中心部へと向かう。
街の中でもひと際、巨大な円形状の場所に到着する。
「ここが会場か、オードル?」
「そうだ、エリザベス。間違いない。今日の競技大会は、闘技場の中で行う」
到着したのはルーダの闘技場である。
闘技場の中央部は広い天然の芝で、運動にも適している。今日は学園に貸し切りで、競技大会が行わるのだ。
「こっちが入り口だ」
闘技場の正門から、正面入り口へ案内していく。
周りには他の学生や保護者の姿も見える。
「オードル様は前にも、ここに来たことがあるのですか?」
「そうだ、リリィ。若い頃に何度かな」
オレは若い時に、この街に滞在していた。
傭兵の一人として、街のある貴族に雇われていたのだ。
だから闘技場の道順は知っている。
正面入り口から建物の内部に入る。ロビーを進んでいく。
「あっ、パパ、見て! すごい石の人がいるよ!」
ロビーでマリアが大きな声を上げる。
中央にあった石像を見つけて、喜んでいるのだ。
「剣とオノをもって、この人、強そうだね、パパ!」
「ああ、そうだな、マリア。かなり手強そうな戦士だな」
石像は戦士の像だった。
“ルーダの獅子王”と書かれている。
獅子のように髪の毛を立てて、たくましいヒゲの強面の戦士。上半身が裸で筋肉隆々の大男である。
獣の獅子の仮面をつけているので、顔までは分からない。
石像の石板の説明があった。この闘技場の伝説的な剣闘士を形どっているらしい。
「おい、オードル……」
そんな時。後ろからエリザベスが小声で話しかけてきた。
「この石像はもしかして……」
「ああ、オレみたいだな」
そう……石像はオレのものだった。
街に滞在していた時に、建造の話だけは聞いていた。
完成はこんな感じになっていたのか。
今と髭と髪の毛が違いので、まるで別人ように見える。それに獅子の仮面は今見ると、少し恥ずかしいな。
「なんだと⁉ 剣闘士もしていたのか、オードルは?」
「そうだ。頼まれたから、仕方がなくだ。少しだけの期間だ」
この街に住んでいた時。
雇い主の貴族が闘技場の賭けで、大きな借金を負ってしまった。
そのままでいけば雇われていたオレは解雇。給料をもらうことができない。
だから剣闘士として、数ヶ月間だけ戦っていたのだ。
「仕方がなくとは……しかも名誉のチャンピョンだと?」
「まあ、そうらしいな。一度も負けなかったからな」
オレは剣闘士時代、全戦全勝であった。
相手が人であろうが、大人数であろうが全て勝った。
時には獣や魔獣と、素手で戦わされた時もあった。
もちろん全てに勝ち進み、こうして生き残っている。
そして気がつくとルーダの街の名誉チャンピョンとなっていたのだ。
「剣闘士時代か……懐かしいな」
当時を思い出し、感慨にふける。
剣闘士仲間は、今はどうしているのだろうか? また機会があれば、剣を交えたい連中ばかりだ。オレは戦うこと自体は嫌いではないのだ。
「まったく大した男だな。まさか闘技場の名誉チャンピョンまで、なっていたとはな」
エリザベスが苦笑いしているが、大陸では剣闘士は人気のある職である。
大きな都市での闘技場では、数万人が熱狂する人気職。
数年間生き残ってチャンピョンになった剣闘士は、貴族として召し抱えられることもあるのだ。
「まあ、昔の話だ。さあ、いくぞ」
“ルーダの獅子王”の正体がオレであることを、知るものは数少ない。
だから今はそっとしておく昔話。
それよりも今はマリアの競技大会の方が、何倍も大事。
気持ちを入れ替えて、気合を入れていくぞ。
「さあ、ここが闘技場の中央部。今日の会場だ」
オレたちは闘技場の中央へと進んでいく。
正面ロビーから進んでいくと、一気に視界が開ける。
闘技場の中心部。今日の競技大会の開催場所である。
「うわー、人がいっぱいいるね、パパ!」
会場にはすでに多くの人がいた。学園の生徒と保護者たち。どの家族も気合が入っている。
また観客席には一般市民の姿も多い。学園の競技大会は、市民にとっても楽しみな行事なのであろう。
「マリア、がんばるね!」
「ああ、楽しみにしているぞ」
こうして晴天の空の元、マリアの競技大会がスタートするのであった。




