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戦鬼と呼ばれた男、王家に暗殺されたら娘を拾い、一緒にスローライフをはじめる(書籍化&コミカライズ作)  作者: ハーーナ殿下
【第1章】

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第26話:旅立ち

 引っ越しを決意した日から、2日が経つ。

 引き継ぎ作業などの準備は、順調に進んでいた。


 そして、旅立ちの朝がやってくる。


「さて、荷造りか……よし、こんなところでいいか?」


 家の中で、オレは最後の荷造りを完成させる。

 自分の私物はそれほど多くはない。

 大きめのリュックサックひとつで済んだ。

 傭兵時代で旅慣れていたオレは、あっとう間に終わらせてしまった。


「マリアの分はこれと……これでいいだろう」


 5歳のマリアには、まだ旅の準備は難しい。

 だからオレが手早くやっておく。


 自分のリュックサックの中に、マリアの分の衣類を詰め込んでおく。

 先日キャラバンで買い物した洋服、あとスカート類も入れてある。


「リュックサックの中は、まだ余裕があるな」


 このリュックサックは鉄大蛇てつだいじゃの皮から作った自家製。

 防水性で伸縮性にも優れている代物である。


「あとは……これと、これも、一応は持っていくか……」


 マリアのお気に入りの人形とオモチャも、すき間に詰め込んでおく。

 何しろマリアはまだ5歳の幼女。

 慣れない街での暮らしに、慣れたオモチャは必要であろう。

 ついでフェンのお気に入りの骨オモチャも入れておく。


「よし、感じだな、後は食料を詰め込んで、完成だな」


 目的の街までは、急ぎ足でも数日かかる。

 その間の保存食も、詰め込んでおく。


 保存食はあくまでも最低限の量。

 足りなくなったら、街道沿いの獣を狩れば何とかなる。


 今回の旅はオレにとって、散歩のような近距離。

 最小限の荷物で済ませておく。


「これで完成だな。マリア、着替えは済んだか?」


 同じ部屋で準備していたマリアに、声をかける。


「うん、パパ!」


 マリアも旅の準備を終えていた。

 旅の準備といっても、動きやすい格好に着替えただけ。

 いつもの薄着の服よりも、少しだけ旅人っぽい服を選んでいた。


「なかなか似合うな、マリア?」

「えへへ……ありがとう、パパ!」


 服のチョイスを褒められて、マリアは照れくさそうに喜んでいた。

 旅用のスカートをヒラヒラさせて、舞い上がっている。


 さて、残りの二人。

 エリザベスとフェンも準備は終わったかな?

 集合場所の玄関へ向かうことにする。


「待たせたな、オードル!」


 噂をすると、エリザベスがやってきた。

 すでに愛馬に荷物を積んで、用意は万端である。

 彼女も遠征が多い騎士なので、この辺の旅の準備も手慣れていた。


「それにしても武装が多いな、エリザベス?」


 エリザベスは荷物の他に、武具も用意していた。

 騎士の短槍と剣。

 あと弓矢と大型の盾も、馬に乗せている。


 騎士の鎧は動きやすい簡易型。

 それでも結構な重装備である。


「このご時世、街道沿いには、賊や獣が出るかもしれないからな、オードル」


 なるほど、そういうことか。

 たしかにエリザベスの言葉も一理ある。


 いくら街道の旅とはいえ、油断は大敵。

 用意しておくに越したことはないのだ。


「ところでオードル……お前は、武器は持っていかないのか?」

「ああ、そうだ。今のオレは武器を持っていないからな」


 自分専用の愛剣は、王都の鍛冶屋に置いてきた。

 だから今回持っていくのも、小さな果物ナイフが一本だけ。

 道中で上手そうな果実を見つけたら、マリアにむいてあげよう。


 あと鎧だけは一応着ていくことにした。

 鉄大蛇てつだいじゃの鱗と革を繋ぎ合わせた、鱗鎧スケール・メイル

 胸などの要所だけ守る簡易鎧だが、防御力はかなり高く隠密性に優れている。


「このご時世に、そんな小さなナイフ一本だけとは……まあ、オードルなら心配はいらないと思うがな」


 エリザベスは苦笑いしていた。

 たしかにこんな貧弱な武器で旅する者は、他にはいないだろう。


 だが今のオレは普通の村人。

 このくらいが怪しまれずに、ちょうどいいであろう。

 鎧も黒い外套がいとうで隠しているので、パッと見は分からない。


「さて、あとの一人……1匹は、どこにいたかな?」

『ワン!』


 フェンが足元で鳴く。

 最初から準備を終えて、ここで待機していたようだ。


 何しろ獣であるフェンは、着替えや荷物などは不要。

 全て自前で済ませてすまうのだ。


「さて、そろそろ出発するか」


 全員の準備が終えたところで、家から出発することにした。

 向かうは村の正門である。


 ◇


 家から村の正門まで4人で向かう。


「オードルさん、お気をつけて!」

「マリアちゃん、また、遊ぼうね!」

「エリザベス先生も、また戻ってきてね!」


 正門で村人が待ちかまえていた。

 誰もが暖かい声をかけくる。

 しばらく村を留守にするオレたちを、見送りに来てくれたのだ。


「ああ、早めに帰ってくる。その間、村のことは頼んだぞ、みんな」


 今回の引っ越しは、1年間だけの予定である。

 だから永遠の別れではない。


 マリアの初等教育が終わったら、村に戻ってくるのだ。


「オードルさん、これお弁当です。みんなで食べてください!」

「マリアちゃんには、これを。村の伝統的な洋服だよ」

「エリザベスさんとフェンには、このお守りを!」


 村人たちから沢山の餞別せんべつを貰った。

 かなりの量がある。


 この村は決して豊かではない。

 だが誰もが心を込めた贈り物をくれた。


 故郷……そんな想いがこもった見送りだった。


「よし、いくぞ」


 村の皆の想いは最高である。

 だがいつまで感傷に浸っていたら、出発できない。

 オレは心を鬼にして、他の3人に号令をかける。


「ところで、オードル。マリアはどうやって移動するつもりだ?」

「なんだと、エリザベス? もちろん、マリアが自分の足で歩いて……あっ、そうか」


 本当の出発直前。

 エリザベスに指摘されて、肝心な問題に気が付く。


 問題とは、マリアの移動手段である。


(エリザベスの馬に乗せてもらうか? いや……山道で落ちたら危険だ……)


 今回と通るのは、街までの最短ルート。

 少し険しい山の街道である。


 訓練された軍馬とはいえ、馬の上はかなり揺れてしまう。

 5歳の幼女のマリアには危険すぎる。


(では村の荷馬車を借りて、乗せていくか? いや、あの狭い山道を、荷馬車は危険過ぎる……)


 先日の山賊から接取した、荷馬車と馬が村にはあった。

 だが軍馬と同じような理由で、この案も却下である。


(最後の手段は、マリアの足で……いや、ダメだ)


 マリアは健康な体。

 だが初めの旅で、長時間の移動は難しい。

 幼い娘に、そんな無理はさせられない。


 くっ……しまった。

 ここに来て、大きな問題が発生してしまったのだ。


「それなら“抱っこ”していけばいいだろう?」

「抱っこだと、エリザベス? 誰が誰を、抱っこするのだ?」


 当たり前のような顔で、エリザベスは提案してきた。

 だが、その意味が分からなかった。


「もちろん、オードルがマリアを抱っこしてだ。お前の力なら、問題ないであろう?」

「オレが、マリアを? なるほど、そういうことか!」


 ようやく意味が理解できた。

 同時にエリザベスの提案に、目から鱗が落ちる。


 何しろオレの身体能力は高い。

 マリアぐらいの体重なら、左腕だけで抱きかかえる。

 さらに体重移動に少し気をつけたら、マリアを無振動で運ぶことも可能。


 これなら幼いマリアに負担をかけることなく、遠くの街まで移動できるのだ。


「エリザベス。素晴らしいアイデアだな」

「そうか? 普通の父親なら、そうするぞ」


 なるほど。

 普通の父親とは、娘を抱っこしながら移動するのか。

 今まではしたことが無かったから、気がつかなかった。


 よし。

 とにかくエリザベスの案を実行しよう。


「という訳だ、マリア」


 オレはマリアの目の前の前まで進む。


「パパ、だっこ!」


 マリアは両手を広げる。

 その姿はあまりの可愛らしさに、神話に出てくる聖母神のように、見えてしまった。


 くっ……眩しすぎる。


 オレは思わず後ずさりしてしまう。

 何万の敵兵を前にしても、一度も後に退いたことがなかった戦鬼オードル。

 そんなオレが初めて後ろに退いてしまったのだ。


 何という破壊力のあるマリアのポーズ。

 だが、ここで逃げる訳にいかない。

 父親として頑張らないと。


「よし……いくぞ、マリア」

「うん、パパ、だっこ!」


 マリアをそっと抱きかかえる。

 今までで一度の抱っこしたことない娘を、初めて自分の手で抱きかかえる。

 マリアを潰さないように、胸の高さにまで上げていく。


「すごい、パパ! たかい、たかい!」


 抱っこされて、マリアは嬉しそうだった。

 満面の笑みで喜んでいる。


(これが“抱っこ”……マリアの……娘の温かさか……)


 一方でオレも感動に浸っていた。

 初めて感じた家族の温かさに、なんともいえない感情が込み上げてきた。


(マリアを……オレの娘の人生を、大事に守っていかないとな……)


 心の奥から込み上げてきたモノ。

 それは父性と呼ばれる感情。


 孤児であるオレが初めて感じた、家族への想いであった。


 こんな暖かいものが、この世の中にあったとは、今まで想像もしていなかった。


「さあ、オードルいくぞ。って……お前、泣いているのか?」


 エリザベスに指摘されて気が付く。

 オレの目から、涙がこぼれて落ちていたことに。

 まさに“戦鬼の目にも涙”だった。


「ああ……目にゴミが入っただけだ。さあ、行くぞ!」


 こうして暖かい温もりを感じながら、オレたちは故郷の村を旅立つのであった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 数万の軍勢よりも破壊力のあるマリアちゃんの笑顔! いい表現だ。 [気になる点] 一緒に生活してかなり経つし、そろそろエリザベスとも正式に結婚しても良いんじゃないかな…と思ってしまう。 マ…
[気になる点] 誤字脱字が多いので、あげる前に一度読み直しをおすすめします。
[良い点] とっても楽しい、マリアちゃんのかわいさとか
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