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戦鬼と呼ばれた男、王家に暗殺されたら娘を拾い、一緒にスローライフをはじめる(書籍化&コミカライズ作)  作者: ハーーナ殿下
【最終章】

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第100話:騎士としてのガルの想い

「ところでルーオド、お前は“戦鬼オードル”という傭兵を知っているか?」


 皇帝の口から、まさかの名が出てきた。

 正体を見破られてしまったのか。


「“戦鬼オードル”……だと? 場末の酒場での噂程度ならな。そいつは傭兵だろう?」


 皇帝の表情から、おそらく正体はまだバレていないのであろう。

 名前を訪ねられたが、オレは素知らぬふりで答える。

 だが油断はできない。


「そうだ、オードルは傭兵……それも大陸で最強のな。あの男は本当に強かった……余がまだ一介の帝国騎士だった時から、あの傭兵とは何度も剣を交えた……」


 皇帝は静かに語り出す。

 それはオレと皇帝のとの因縁。


 オレは王国に仕える前は、各地の国を転々として雇われていた。

 その時も俺は帝国軍と戦場で戦った。

 戦場でこの皇帝、いや……皇帝に即位する前の、ガルという一人の騎士と、オレは直接剣を交えていたのだ。


「当時の余は大陸最強を自負していた。だが戦場であの傭兵と剣を初めて剣を交えた瞬間、余は知った……この大陸は広く、余なんかでは足元にも及ばない男がいたとな……だが余若くて、無謀だった。その後の戦場でも何度も、戦鬼オードルに挑んでいったのだ……」


 自分では謙遜しているが、騎士ガルは本当に強かった。

 何しろ現役時代のオレと互角に戦えた数少ない男なのだ。


 過去のオレの戦歴を思い出してみる。

 このガル以上の戦士は、この大陸に歴代でも数人しかいない。


 オレにとっても、それほどの好敵手だったのだ。


「戦鬼オードルとの戦場は、激戦でありながら、本当に充実して楽しかった……だが、幸せとは長くは続かないもの。その国との戦が終わると、あの傭兵はまた違う国へ去っていく。一方ではワシは功績によって、指揮官へと階級が上がっていき、前線から遠ざかっていった。しまいには皇帝なんて地位に就いて、戦場すらからも遠ざかってしまったのだがな……」


 一介の傭兵団長止まりのオレとは違い、騎士ガルには大いなる才能があった。

 実力主義の帝国の中で、破竹の勢いで昇格していったのだ。


 だがその分だけオレと剣を交える機会は、激減していった。


「余は満たされぬ皇帝の椅子に座っていた。だが、ある年であった、隣国の王国との小競り合いで、余はある吉報を耳にした。なんと、あの戦鬼オードル率いる傭兵団が王国側に付いたと。そこから数年間はまた甘美な日々であった……何しろ戦鬼オードルは昔よりも更に力を増し、部下の傭兵たちは一騎当千の猛者ぞろい。圧倒的な軍事力を我が帝国軍を、オードル一団は互角以上に押しのけてきたのだ。戦鬼オードル本当にたいした男であった……」


 皇帝が嬉しそうに語るのは今から数年前の話。

 オレが傭兵団長として王国に雇われていた時だ。


 たしかにガル皇帝が率いる帝国軍との戦いは、オレも楽しかった。

 互いに持てる戦力をぶつけ合い、戦術と知略で戦場を駆け巡る。


 まさに傭兵団長として、充実したオレの数年間であった。


「結局、王国との戦は休戦協定という形で、一時的な休みとなった。だがこの大陸において休戦の平和など、戦と戦の間のかりそめの時間。帝国も次なる王国との……いや戦鬼オードルとの戦いに向けて、力を蓄えていた。だが事件は、あの日に起きた。『戦鬼オードルが王都の自分の屋敷にて焼死』したというのだ⁉」


 ここで皇帝は初めて声を高める。

 当時、よほど驚いたことが読み取れる。


「余はすぐさま、王都の諜報員に真実を確認させた。何しろ、あの戦鬼は火事ごときでは死ぬはずはない! 必ず生き延びていると! だが戦鬼オードルは本当に焼死していたという。何しろあの男の直属の部下であるオードル傭兵団が、我が帝国に亡命してきたからのう……帝国にきたオードル傭兵団の者どもに話を聞いてみても、事実は変わらなかった。あやつらは誰も嘘などついて亡命はしていなかった。それは月日が経っても変わらない。そこでワシは本当に観念した……『戦鬼オードルが死んだ』という事実を認めたのだ」


 ガル皇帝ほどの男が、戦鬼死亡の事実を見抜けなかったのも仕方がない。

 何しろ傭兵団の連中は全員、オレが死んだと思っていたのだ。


 もしもガルが自ら、王都に来て調査していたなら、もしかしたらオレが生き延びていた痕跡を発見したかもしれない。

 だが皇帝の地位にある者は、そんな愚行が出来るはずはない。

 結果として皇帝は、戦鬼の死亡を信じてしまったのだ。


「ああ……それからの二年間は満たされぬ日々であった。隣国に戦を仕掛けて、領土を広げていってもワシの心は満たされることなかった。何しろ好敵手が大陸から消えてしまったのだ。念のために試しに、王国に小さな戦をしかけても、もちろんオードルは姿を見せることはない。やはり戦鬼は死んでしまったのだ。本当につまらない二年間だった……」


 話を聞いていて分かった。

 ガルという男は“昔のオレ”に似ている。

 戦場を駆けて好敵手と戦うことでしか、自分の奥底の欲望を満たすことができない人種なのだ。


 一方で“今のオレ”は変わった。

 マリアという家族に出会い、新しい人生を見つけることができた。


 だが皇帝という孤独な地位にいたガルは、孤独な日々を送っていたのであろう。


「だが、つい何ヶ月か前のことだ。ワシは再び吉報を耳にした……」


 そこで皇帝の表情が変わる。


「それは信じられない情報だった……あの『戦鬼オードルは大陸のどこかで生き延びている』と『“真実の遺跡”の力を解放して、大陸の覇道を進めば、必ず王の前に立ちはだかる』と……それで今日に至るという訳だ」


 そこで皇帝の話は終わる。

 話を終えて、この覇王たる男には珍しく複雑な表情をしていた。


(もしかしたら、皇帝にその情報を流してそそのかしたのは……)


 それは聞き覚えのある内容だった。

 ロキから聞いた話と酷似している。


 つまり皇帝をそそのかしのは……


「まさかガル……キミは“あの女”……“魔女”にそそのかさているのかい⁉」


 話を聞き終えて、リッチモンドが声を上げる。

 この賢人も、オレと同じ答えに至っていたのだ。


 それにしてもリッチモンドは、魔女のことを知っているのか?

 もしかしたら古代文明の研究者として、魔女という存在に認識していたのかもしれない。


「たしかに情報をもたらしてきたのは、怪しげな女だった。あの者は魔女という異名なのか、リッチモンド?」


「えーと、魔女というのはボクの勝手につけた呼び名なんだけど……とにかく、“あの女”魔女は危険なんだ! ボクが調べてきた範囲でも、王国のルイ国王をそそのかしてきたり、あと剣聖ガラハッドさえもそそのかして、何かを企んでいるんだ!」


 リッチモンドが言っているのはルーダ砦の事件のことだ。

 ガラハッドの情報によると、あの事件の裏にも魔女という存在がいた。


 それ以外でもオレが知る範囲では、部下のロキが被害に合っている。

 やはりリッチモンドは魔女の起こした事件に関して、何か調べていたのであろう。


(ということは……やはりこの皇帝も、ロキと同じように瘴気に?)


 それなら今回の帝国軍の大侵攻の魔女の仕業。

 何しろ瘴気に呑まれてしまった者は、何者かの支配下に置かれてしまうのだ。


「ほほう? あの名高き剣聖ガラハッドが魔女の被害に? たしかにあの女は怪しげな雰囲気であったな。だがワシもまだ武人として現役。なんだったら調べてみるか?」


 そう言いながら皇帝は、チラリとこちらを一瞥いちべつしてくる。

 もしかしたらオレの正体に気が付いているのか?


 皇帝に気がつかれないように調べていこう。

 気配を押し殺しながら、ロキのような瘴気がないか詮索。


 だが微塵にも瘴気の嫌な感じはしない。

 どうやら皇帝ガルは瘴気には飲まれていないようだ。


「いや、今のガルは昔と変わらない感じだから、大丈夫だと思うんけど。でも魔女は不思議な力で相手の心の隙間を読み取って、言葉巧みに操ることもするんだ」


 リッチモンドの言っているとおり。

 剣聖ガラハッドの場合はこのタイプであった。


 オレとの直接的な戦いを臨む、剣聖の欲望の心の隙をつかれてしまった。

 だからこそガラハッドはルーダ砦で待ち構えていた。


 まあ、あの男は操られていたことは特に気にしてはいなそうだが。


「なるほど、そういうことか。たしかに魔女の言葉は甘美であった。現にこうしてワシは大軍を動員してまで、ここに来たのだからな」


 皇帝も魔女の意図に気が付いていたのであろう。

 だが敢えて話に乗ることによって、今日に至っている。


 つまりそこまでして、この男は戦鬼オードル……オレとの再戦を渇望していたのであろう。


「そうか、それは良かったよ、ガル。でも、今回の帝国軍の動きに背後に、あの魔女があるとしたら……もしかしたら、この遺跡を起動させるのは危険かもしれない?」


 話をしながらリッチモンドは、何かに気が付く。

 おそらくオレと別れた後に、魔女と古代文明について、何か調べ上げていたのかもしれない。


「でも待って。魔女はこの古代遺跡を起動させるのが、目的だった? でも、それなら何でこんな遠回しなことをしているんだ? あれほど不思議な術を使えるのなら、自分でこの遺跡を起動した方が早いはずなのに? そうか……もしかしたら魔女自身では、この遺跡を起動できない理由があるのか? だからガルを使って……?」


 リッチモンドは次々と仮説を口に出していく。

 頭の中で膨大な知識を融合させて、今回の皇帝の話と繋げ、正解を導き出していこうとする。


「ほほう、ワシは……あの女にそこまで利用されていたということか。リッチモンド?」


「いや、これはボクの仮説なんで確証はないけど、でも今後の魔女の動きは読めるかもしれない。魔女の目論見のとおり遺跡はこうして現れて、あとは起動させるだけになった。つまり魔女がこれから何を引き起こすかといえば……」


 皇帝とリッチモンドは答えを模索する。

 今回の事件の黒幕である魔女は、何か危険な準備をしている。


 早く着き止めないと、取り返しのつかない大事件が起きてしまうのだ。


 そして二人の話を聞いていたオレは、あることに気がつく。

 魔女のこれからの狙いが。


「オレが魔女という存在なら、『邪魔な帝国軍はここで消す』ぞ」


 それが魔女の次の策であろう。


「なんだと、ルーオド?」


「ああ、ガル皇帝。冷静になって考えたら簡単なことだ。魔女はこの塔が欲しい。だから今や用済みになった帝国軍は邪魔なのさ」


 リッチモンドと皇帝は難しく考えすぎていた。

 オレが導き出した答えはシンプル。魔女の立場になって考えたら答えは簡単に出せたのだ。


「ふん。余もあの女に見くびられたものだな。ここに連れてきた帝国軍は精鋭部隊の一万。たとえ魔女が恐ろしい力を持っていたとして、万の軍には敵うまい?」


 皇帝は自信に満ちた態度であった。

 その自信は自惚れではない。

 一万の帝国軍がいたら、さすがの魔女も手出しはできない。


「だが魔女が直接乗り込んでくるとは限らないぞ、皇帝。例えば……」


「陛下、失礼します!」


 オレが進言をしようとした時であった。

 外で待機していた近衛騎士の一人が駆け込んできた。


「どうした。今は人払い中だと?」


「はっ、申し訳ございません! ですが火急の知らせにつき!」


 近衛騎士はかなり慌てていた。

 自分の首が飛ぶことさえも覚悟した、報告なのであろう。


「火急の知らせだと? どうした?」


「はっ! 敵軍……王国軍がすぐ目前まで迫っております! その数、およそ二万!」


「王国軍が二万だと⁉」


 まさかの報告に、皇帝は信じられない声を出す。

 何しろこの塔の周囲には、広範囲に渡って見張りの兵を置いている。


 それをくぐり抜けて、万を超える軍が急接近してくるなど、軍事的な常識から考えてあり得ないのだ。


「まさか……」


「ああ、十中八九、魔女の仕業だな、皇帝」


 言葉を失う皇帝に、オレは説明する。

 帝国軍がここまで進軍してきた術を同じで、今度は王国軍が侵攻してきたと。


「この盆地が戦場になるぞ、皇帝」


 王国軍はかなりの距離まで接近している。

 地形的にこの盆地で戦わないと、帝国軍は圧倒的に不利になる。


 オレは傭兵時代の経験で、今回の戦いが激戦になることを読む。


「この盆地に血の雨が降るな……そうか、先ほどの雨の象形文字……そういうことか……」


 オレはあること気がつく。

 天上の石板に目を向ける。

 そこに描かれていたのは塔の起動の仕方。


(魔女の狙いは、この塔の周囲を戦場にして、多くの血を流さること……そして、起動させるつもりか⁉)


 こうして魔女の思惑とおり、オレたちは戦に巻き込まれるのであった。


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