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第6章ー24

 岸総司少尉と、その異母姉、篠田千恵子や義兄(予定)の土方勇の会話場面になります。

 併せて、1938年8月時点での世界情勢説明も兼ねています。

「昨夜は、安眠できたの」

 篠田千恵子は、異母弟の岸総司に尋ねた。

「うん、本当に久しぶりにね。戦地だと安眠できないから」

 総司は答えた。

「それは良かった。海軍兵学校内でも、誰それが死んだ、という噂が飛び交う有様だったから」

「良かった。私の職場でも、忌引とは言わないまでも、お葬式に参列するので休む同僚が、それなりに出だしていて、心配していたの」

 土方勇は、2つ年上の義弟になる予定の総司の言葉を喜び、千恵子も微笑みながら言った。


 総司は思った。

 祖父の岸三郎や、母の岸忠子が、自分の帰還を喜ばなかったわけではない。

 だが、こういった手放しの喜びようではなかった。

 やはり、数々の死を知り出したことが、この2人の態度の背後にあるのだろう。

「出征している間に、何かなかった」

 総司は、逆に二人に尋ねた。

「どうしても、戦地にいると、そういうことが分からなくて」


「何から話せばいいかな。国内に関しては、一応、安定していると言っていいかな。ああ、勿論、中国内戦介入問題を除いてだよ。海兵隊出身としては、2人目の首相になる米内光政首相は、よく頑張っている。野党の立憲民政党とも連携しているしね。とはいえ、少数与党はつらい。中国内戦が、にらみ合いになったことを好機として、この秋位に総選挙に打って出るという観測が出ている」

「へえ」

 勇の話に、総司は驚いた。

 自分のいない間に、政局がそのように動いていたとは。


「総司が、中国に出征している間に、国家総動員法が可決成立したから、今後、民需品は、中々、手に入らなくなっていくでしょうね。ある程度は、一部の代議士から成る国家総動員審議会が止めてくれるとは思うけど。噂レベルだけど、民生品は基本的に新製品開発中止が決まったらしいわ。東京高等女子師範学校時代からの友人複数から、そう聞いたの」

 千恵子が、少し声を潜めて言った。

 千恵子の出身校は、色々な面で上流階級の子女が揃っている。

 その子女の間で、そういう噂が流れるという事は、その情報の確度はかなり高い。

 総司は、そう考えを巡らせた。


「そういえば、既に聞いたか。あのベルリンオリンピック等で、イージスの盾と謳われた秋月さんが戦死したというのは」

 勇が、少し声を潜めて言った。

「えっ」

 総司は、驚いた。


 言うまでもないことだが、第一次世界大戦等の経緯から、この当時のサッカーの日本代表は、監督や選手は、全員が海兵隊員で占められていた。

 ベルリンオリンピックで、サッカーの日本代表の正GKを務め、その後も日本代表の正GKをずっと務めていた秋月選手は、正規の海兵隊大尉であり、中国内戦に伴い、中国に出征していたのだ。


 秋月選手が、日本代表の正GKになって以来、日本代表チームは、失点0という記録を、ずっと続けており、各国代表のエースストライカーから、

「鉄壁」、「悪魔」、「イージス」等々の異名を奉られていたのである。

 1938年のワールドカップにおいて、秋月が護るゴールを破り、得点を最初に得られたら、当分、遊んで暮らせる額の懸賞金が、各国代表のエースストライカー同士の出資金によって賭けられるという噂が、世界のサッカーファンの間で流れる程の天才GKだった。


「秋月選手は、同じ第3海兵師団の同僚でしょう。総司は、知らなかったの」

 千恵子が、不思議そうに言った。

「そうは言っても、第3海兵師団の人員は、1万人以上だよ。せめて同じ大隊所属とかじゃないと分からないよ」

 勇が、すかさず義弟(予定)の総司に、助け舟を出した。

「そうだよ、姉さん。第3海兵師団全員の情報は、把握していないよ」

 総司は、勇の助け舟に飛び乗って、答えながら想った。


 まさか、秋月選手が戦死していたとは。 

 次話に続きます。

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