エピローグー1
エピローグです。
土方勇と篠田千恵子の結婚式に関する話になります。
「高砂や~」
結婚を寿ぐ能の一節を、結婚式の参列者の一人が謡っていた。
それを聞きながら、村山幸恵は、改めて自らの奇妙な立場を考えるともなしに考えていた。
幸恵に、土方勇と篠田千恵子の結婚式に参列してもらえないか、と言ってきたのは、他でもない北白川宮成久王殿下だった。
幸恵が、驚きの余り、答えられずにいると、幸恵の母の「北白川」の大女将は、娘を参列させます、と即答していたのだった。
北白川宮殿下が去った後、我に返った幸恵が、母に、
「本当にいいの」
と半ば問いただすと、母は、
「宮様から参列するように言われたのに、お断りできるの」
と反問してきて、幸恵は、参列することを決意せざるを得なくなった。
そして、幸恵は、幼馴染で、千恵子の異母弟でもある岸総司と半ば寄り添って、結婚式に参列していた。
ちなみに、千恵子の実母、篠田りつは、幸恵が目に入った瞬間、顔を背ける有様だった。
更に言うなら、篠田家の親族、皆が、幸恵が参列していることに、何故、という表情を浮かべていた。
幸恵の本音を言えば、すぐにでもこの場を去りたい想いすらしていたが、林忠崇侯爵が、篠田千恵子の代父として参列しており、林侯爵から、
「わしのすぐ傍に、岸総司と共にいろ」
と言われては、幸恵としては、林侯爵の言葉に逆らう等、思いもよらぬことで、参列していた。
幸恵は、考えるともなしに考えていた。
何故、この場に自分が呼ばれたのか。
それは、千恵子の数少ない父方の親族、異母姉だからではないだろうか。
千恵子の父方の親族と言えるのは、異母弟の総司しか、表向きはこの場にはいない。
もっとも。
千恵子の実父は、先の世界大戦で戦死しているとはいえ、千恵子の父方の親族は、何人か存命している筈ではあった。
だが、諸般の事情で、総司以外は千恵子と絶縁状態にある、と幸恵の耳にさえ、入っている有様だった。
そうしたことから、総司が肩身の狭い想いをしないように、総司の幼馴染であり、勇と千恵子の結婚の道筋を付けた幸恵も参列することになった、というのが公式の説明だった。
だが、本当は違うのだろう。
林侯爵が、何故か、自分を、この結婚式に参列させよう、と画策していたらしい。
自分と、総司を、仲人代わりにしようという話も出ていたとか。
だが、北白川宮殿下が、仲人として名乗りを上げたことから、その話は消えてしまった。
明治天皇陛下の娘婿であり、皇族でもある北白川宮殿下ご夫妻が、結婚式の仲人を務められるとあっては、林侯爵殿下と言えど、横車は押し通せない。
それで、その話は消えてしまった。
だが、そこまでして、自分が、この結婚式に参列しないといけない事情となると、自分が千恵子の異母姉だから、という理由しか、自分には思い当たらない。
では、それが公言できるのか。
絶対無理、と幸恵は、即断していた。
岸総司の実母、忠子の嫉妬深さは、極めて有名だった。
篠田千恵子の実母、篠田りつにしても、その性格は、いい勝負だった。
幸恵の実母、「北白川」の大女将が、実は幸恵は総司や千恵子の異母姉で、と言った瞬間、忠子やりつは能う限りの攻撃を、自分や母に仕掛けてくる。
幸恵は、そう考えていた。
そして、それによってもたらされる事態を考えるならば。
自分は、陰に潜んだ姉に徹しよう。
総司や千恵子の幸せを陰ながら見守り、助けていこう。
それに、幸恵は、更に想いを巡らせた。
もうすぐ、日本は大戦争に巻き込まれるだろう。
私の父のように戦死する者が、多数、出ることになるだろう。
そして、総司や勇も、多分、戦場で。
もしもの時、私は、総司や勇の菩提を陰ながら弔いたい。
それができるように、林侯爵は私を呼んだのではないか。
幸恵は、そう考えた。
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