転章ー2
「そういえば、仲人はどうするのだ。いないでは済まない気がするが」
林忠崇侯爵は、土方勇志伯爵に、さりげなく聞いた。
華族の結婚の場合、仲人がいるのが当然である。
だが、純粋な恋愛結婚である土方勇と篠田千恵子の結婚に、仲人がいる筈もない。
「それで困っています。誰か、適当な人はいませんか」
土方伯爵は、敢えて反問した。
この人のことだ、口に出すという事は、腹案がある筈。
「そうか。名目上だが、岸総司と村山幸恵でどうかな」
林侯爵も、半ば惚けて答えた。
「えっ」
土方伯爵は、呆然とした。
土方伯爵としては、誰か適当な華族の夫婦を、林侯爵は挙げると考えていた。
林侯爵は、土方伯爵の想いに全く気付かないかのように話し出した。
「お前の孫、勇と篠田千恵子の結婚に、最大の尽力をしたのは、岸総司と村山幸恵と聞いておる。その二人が仲人を務めるのが妥当と考えるのだが。何か、いかんのか」
「いえ、仲人は、永く結婚生活を送った夫婦が務めるのが、通例ではないでしょうか」
土方伯爵は、反問した。
「確かにそうだが、わしは、岸総司に、お前の孫、勇と篠田千恵子の結婚式に参列させたいのだ。今の状況では、岸総司は、勇と篠田千恵子の結婚式に参列できまい」
「確かに」
林侯爵と、土方伯爵はやり取りをした。
岸総司は、異母姉、篠田千恵子の結婚を祝福しているが、岸総司の母、忠子や、養父にして祖父、三郎提督は、祝福していない。
こんな状況では、岸総司が、異母姉、篠田千恵子の結婚式に参列するのは難しかった。
だが、林侯爵が、仲人として結婚式に出席しろ、と言っている、というのなら、岸三郎提督や忠子も、結婚式への参列に反対を貫けまい。
しかし、その一方で、土方伯爵の癇に障るものがあった。
「何故に、そこに村山幸恵が出てくるのです」
「うん。岸総司と村山幸恵が、勇と篠田千恵子の結婚に尽力した以上、当然だろう」
土方伯爵の問いに、林侯爵は、惚けて答えた。
林侯爵の本音は、別にあった。
篠田千恵子の最も濃い父方の親族、異母姉弟の岸総司と村山幸恵を、陰ながらでも結婚式に参列させてやりたい、と思ったのだ。
岸総司はともかく、村山幸恵は知らない関係だが。
土方伯爵は、想った。
岸忠子の勘は正しい、ということか。
林侯爵が、どのような経緯で知ったかは知る由もないが、村山幸恵は、岸総司や篠田千恵子の異母姉なのだろう。
そうでなかったら、林侯爵は、そんなことは言わない筈。
ま、いいでしょう。
岸総司が、大手を振って、結婚式に参列できますから。
「それにしても、8月という暑い時期に、結婚式を行うとは。やはり、お前も、近々大規模な戦争が起こると考えておるのか」
林侯爵は、内心をそれ以上は探られないように、話を切り替えた。
「ええ。私としては、1940年の東京オリンピックの開催は無い、と推量しています。それまでに、日本は大戦に突入するでしょうから」
土方伯爵は答えた。
「お前にも、そう見えているか」
「見たくはないですがね。だから、結婚式を急がないと」
林侯爵と、土方伯爵は、更に会話を重ねた。
林侯爵は、内心でため息を吐いた。
本当に、平和を保ちたいものだが、最早、世界各国は戦争への道をひた走っている、といっても間違いではない。
独は、ハンガリー等と共闘して、チェコスロバキアを解体してしまった。
ソ連も、虎視眈々と周囲の土地を手に入れようとし、極東では、満州や朝鮮半島を狙っている。
日米英仏等は、それを見て、戦争の準備を整えている。
最早、第二次世界大戦は避けられまい。
「何とか、二人の結婚式までは、これ以上の戦争が、起こらないでほしいものだがな」
「私も、そう願っています」
林侯爵と土方伯爵は、そう会話した。
転章の終わりです。
次から最終章の第9章に入ります。
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