第8章ー2
「それで、吉田茂外相の見通しとしては、どうなのだ。今回の首脳会談、ここにまで、各国首脳が足を運ぶ必要があったのかね」
「正直に言って、ありませんね」
米内首相の問いかけに、吉田外相は、少し冷たい口調で答えた。
「独のチェコスロバキアに対するズデーデン割譲要求を、英仏両国政府が拒むには、自国世論の支持が必要不可欠ですが、英仏両国内の世論は、ズデーデンの為に、自国民の血を流したくない、独の要求を丸呑みしろ、という意見が圧倒的多数です。このような状況下では、英仏両国政府の首脳は、独の要求を丸呑みするしかない」
吉田外相は、米内首相に言葉をつないだ。
米内首相も、その言葉に肯かざるを得なかった。
「首脳会談というのは、それぞれの首脳が話し合い、それによって、結論が左右される場合に行えばいい。今回のように、予め結論が分かっている場合に、首脳会談をする必要はありませんな」
吉田外相は、傲岸不遜な態度を示しながら、言葉をつないだ。
「もっとも、英仏両国政府には、別の目的があるようですが」
「それは何かね」
米内首相は、吉田外相に問いかけた。
「これ以上の独、及びソ連の要求を止めることです」
「つまり、我が国の考えとは、その線で一致しているわけか」
「その通りですな。更に米国政府との考えとも一致しています」
米内首相と吉田外相は、そう会話した。
実は、米内首相をはじめとする日本政府上層部の意見としては、最早、独ソの動きを見過ごせない、という意見が完全に主流となっていた。
中国内戦問題もあるし、更に黒竜江省油田の問題もある。
この際、ソ連、及びその友好国である独を完全に叩くしかない、という意見が噴出するのも当然だった。
だが、日本単独の軍事力から言うと、無理もいいところだった。
独が中立を保ち、ソ連単独との全面戦争になった場合でも、日満韓の三国の国力では、イルクーツクまでの進撃でさえ、難しいと言えた。
どうしても、米国の参戦(それも本格的な)が、必要不可欠だった。
しかし、米国世論も、対独、対ソ戦争には消極的な姿勢を示している。
そして、日本の現在の世論も。
「せめて、日本の世論が、積極的な対ソ戦争を、後押ししてくれればいいのだが、日本の世論も、内向きになってしまっているからな」
「仕方ありません。(第一次)世界大戦で、日本は、多大な犠牲を払いました。日本の国民の多くが、対外戦争は避けるべき、と考えるのはやむを得ません」
米内首相は半ば嘆くように言い、吉田外相もそれに同意した。
(第一次)世界大戦で、日露戦争に匹敵、いや、それを上回るという死傷者を出してしまった日本人の多くが、対外戦争反対の平和論者になっていた。
(何しろ、日英同盟の信義等を理由に、日本は参戦したものの、すぐにそう損害を出さずに終わる筈の戦争が、4年も掛かる世界大戦となってしまい、余りの戦死傷者の多さから、海軍本体から陸軍(の士官、下士官)までも、欧州に派遣する羽目になってしまった。
もう、欧州から撤兵すべし、という意見まで、大戦中の国民の間では噴出する有様で(皮肉なことに、余りにも損害を出してしまったことから、今、欧州から撤兵しては、賠償金等が一切得られず、多くの英霊が無駄死にになる、という感情論から、日本は、結果的に撤兵を行わずに戦い抜くことができた。)、その精神的衝撃から、日本国内に平和主義が広まることになった。)
「ともかく、日本の世論を考える限り、こちらから戦争への第一弾を撃つ訳にはいかん。独ソの余りの要求から、やむを得ず、日本は戦争に踏み切ったというように、国内外の世論から見られる必要がある」
「同感ですな」
米内首相と吉田外相は会話した。
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