りこの秘密
子グマの女の子は、初めて会ったときに俺が教えた広場にいて、明るく可愛らしい声を上げ、ちらしを配っていた。
「あのっ」
人の波が途絶えたタイミングを見計らい、彼女は驚いたように振り返った。
高宮の言葉とともに前回の別れ際の彼女の行動を思い出し、胃がきりっと痛む。
「……週末会えないからそれを伝えに来たんだ」
「え……。……ど、どうして――」
『相手の子の前でもそういう態度取ったんじゃないの? その子は単純に改めてお礼を言おうとしただけだと思うんだけど。なのになんか勘違いされてるって気づいて内心焦ったんじゃないかな。今頃、余計なこと言ったって後悔してるかもね』
子グマの女の子の言葉より、頭の中に焼き付いて離れない高宮の声のリフレインのほうが絶大なボリュームで鳴り響いている。
気持ち悪い勘違いをしてごめん。
さすがにそんな言葉を口にする勇気はなく、俺はぎりっと唇を噛みしめた。
「……ごめん。それだけだから……」
「あ、あのっ」
「……っ」
馬鹿な俺は彼女の次の言葉も待たずに、その場から逃げ出した。
◇◇◇
――そして現在。
あのときの一方的な行動を謝ろうとしたら、それより先にりこにぎゅっと抱きしめられた。
「ごめんね……。つらい記憶を話させたりして……。苦しかったよね……」
「……いや、今振り返ると俺のメンタルが弱すぎたのが問題だったんだと思う。人から言われた言葉を何年も引きずるなんて過剰に傷つきすぎだし、それで性格まで変わるなんて大げさだよ。ははは……」
「そんなことないよ。たった一人の言葉でそれまでの人生が救われることもあるし、その逆だってもちろん……。言葉って時々、心に一生消えない傷を残したりもするよ……」
「りこ……」
包み込むように抱きしめられ、優しい言葉をかけられ、心が震える。
それでもあのとき、俺がした行動に対する後悔の念は消えなかった。
その後、りこに起こった出来事を知っているからなおのこと……。
俺は少し体を引いて、りこの目を覗き込んだ。
「りこ、あのときは子グマの中にいるのがりこだって気づいていなかったけれど……本当にごめん……! りこを傷つけたり、泣かせるなんて想像もしてなくて……死ぬほど後悔してる……。ごめん……。俺が立ち去った後のこと、高宮に聞いて知ったんだ」
「あっ……。知ったって……わああああ……あのときのことを……? は、恥ずかしい……っ」
頬を両手で押さえたりこが真っ赤になる。
俺は、今日、高宮から聞いた話をそのままりこに伝えた。
高宮は、俺とりこが再会を約束した土曜日、いてもたってもいられず映画館に様子を見に行ったのだそうだ。
ところが映画館の前に俺の姿はない。
そのまま三十分待っていると、元気なくチラシを配っていた子グマが、バイト終わりで裏口へ戻っていくのが見えた。
『突然、こんなことを聞いてごめんね。あなた今日、湊人に告白するの?』
高宮本人も「あのときはどうかしていた」と言っていたが、そんな質問をいきなり初対面の子グマに投げかけたのだそうだ。
その途端、とんでもないことが起きた。
子グマは一瞬動きを止めた後、ひくっと息を吸った。
そして嗚咽をあけながら言ったのだ。
『わたしっ、わたしっ、ひくっ……会いたくないって……告白する前に振られちゃいました……うわーん……!!』
俺から話を聞いたりこは、相変わらず真っ赤な顔のまま固まっている。
「……高宮の言ってたことって本当……?」
恐る恐る尋ねると、りこは恥ずかしさのあまり眉を八の字に下げてから、こくりと頷いた。
まさか中学生の時点で、りこが俺に告白しようとしてくれていたなんて……。
夢みたいな出来事過ぎて、本人から肯定してもらってもまだ信じられない。
「……でも、どうして……。あっ……。俺が幼稚園の時に一緒に遊んだ相手だって、りこのほうは気づいていたから?」
「……!! 湊人くん、あの頃のことも思い出して……!? うそ!? いつからっ……!?」
「あ、ご、ごめん。実は……」
写真をきっかけに、りことの記憶を取り戻していたと説明する。
ただでさえワタワタしていたりこは、それによってほとんどパニック状態に陥ってしまった。
「わああん、もうっ、どうしよおおお……いきなりこんなっ……ううっ、頭が追いつかないよう」
慌てふためている姿も死ぬほどかわいい……。
「偶然再会したから、告白しようってなってくれたってことでいいの……?」
「……う」
「う?」
「……ごめんなさい……。私……これ言ったら湊人くんに絶対引かれちゃう……」
「え? りこに対して引くなんて絶対ないよ。何されても何言われてもかわいいって感情しかわかないから」
「はわわわわ……!!! み、み、湊人くんっ!?」
「はい……!?」
「私死んじゃうからっ、ドキドキさせすぎ禁止です……っ!」
「は、はい……?」
「……引かれちゃうのは怖いけど、そうだよね……夫婦の間で隠し事なんてよくないよね……。ずっと罪悪感があったの……。ごめんなさい、ちゃんと打ち明けるね……。……私、私……」
「うん」
「私……み、湊人くんの……ストーカーさんでした……っ」
「………………へ?」
次話でいよいよ完結です
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ヒロインは主人公を大好きな幼馴染です(*ˊᵕˋ*)੭
『理由あって【勇者パーティーの飼い犬】に甘んじていたけど、追放されたので真の実力を発揮させてもらう。~今さら戻って来いと言われても断る。汚い手を使って従わせようとしてるけど、遠慮なく徹底的にやり返すな?』
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