嫁と二人きりの部屋でお勉強
――片思いをしていた女の子と奇跡的に付き合えたのだから、四六時中浮かれてしまっても仕方ない。
なんて考えていたせいで、罰が当たった。
「それじゃあ小テストを返すぞ。今回テストに出たところも期末の範囲だから、間違えたところはしっかり復習しておけよ」
教師の言葉に青ざめた俺は、たった今配られた採点済みの小テストを見下ろしながら、はあっと重い溜息を吐いた。
追試一歩手前の絶望的な点数。
今まで平均点ちょっと上くらいを維持してきた俺にとっては、初めて見るひどい点だった。
当然と言えば、当然の結果かもしれない。
小テストの前日、机に向かった俺の頭を占拠していたのは りこのこと。
というか、その日だけじゃない。
りこと付き合えるようになってから、毎晩、部屋で一人になるとりこのことばかり考えてしまって、学校の宿題もテストの勉強もまったく手につかなかった。
もうすぐ期末テストが控えているというのに、これはまずい。
……とにかく、今日から気合を入れて勉強しないと……。
◇◇◇
その日、小テストの結果を引きずりつつ家に帰ると、一瞬で落ち込んでいることをりこに見破られてしまった。
頭の中がりこでいっぱいだったため、テスト勉強が手につかなかったなんて言ったら、間違いなくりこは自分のせいだと自らを責める。
もちろんりこのせいなんかじゃないし、そんなふうにりこに思わせたくもないから、俺はテスト勉強に身が入らなかったとだけ伝えた。
「――そんなわけで、今日からは気持ちをちゃんと入れ替えて、テスト期間終了までの間、頑張って勉強するよ。小テストは内申書にそこまで響かないはずだけど、この時期の期末テストでひどい点を取るのはさすがにまずいから」
「そっか……。何か私が力になれることがあるといいな……。テスト勉強に身が入らなかった理由ってなんだったのかな?」
「あっ、えっとそれはその……机に座るとぼーっとしちゃって、気づくと時間が経っていたというか……。一人になると集中できなかったというか……」
「あ! じゃあ、もし湊人くんがよかったら、私と一緒に勉強しませんか?」
「えっ!? りこと一緒に勉強!?」
並んで机に向かうことを想像しただけで心拍数が速くなる。
苦痛の多い勉強時間も、りこが横にいてくれれば、それだけで天国にいるのと変わらなくなるだろう。
ただし、りこを想うあまり勉強に集中できなかったことを考えると、この話に飛びついていいのか迷うところだ。
でも、りこが目の前にいる場合、上の空になることは今まで一度だってなかったし……。
ということは、一人で勉強するより却って集中できるかもしれないな。
何よりも、俺はりこと一緒に勉強をするという時間を、どうしても体験してみたかった。
「えっと、あのっ、りこと一緒に勉強できるなんてうれしいよ」
「私も! さっそく今晩から二人でがんばろ!」
胸の前でガッツポーズを作ってみせるりこがかわいすぎる。
俺は自分がデレデレしていないか不安になりながらも頷き返した。
◇◇◇
その晩。
夕食を終えた俺たちは、リビングのローテーブルに並んで座り、化学の教科書とノート、学校推薦の問題集を広げた。
二人同時に問題集の同じページに取り掛かり、どちらか一方にわからないところがあった場合、遠慮せずに尋ねるという方法を取ることにした。
というわけで、時計を前に、まずは一時間問題集を解くことにしたのだけれど――。
「あっ、ごめん」
開始早々、りこと肘が軽く触れてしまった。
近くに座りすぎだったかな……。
慌てて俺が座り直そうとすると、りこが悲しげな声を上げた。
「え……離れちゃうの……? 寂しい……」
「……っ」
なんでそんなかわいいこと言うかな……!?
「でも、ぶつかるたび、りこの集中力を削いじゃうと思うから……」
りこのためを思ってそう返したら、しょんぼりしたまま「はい……」と頷いた。
だめだ……。
そんな顔されたら、今すべき正しい判断などどうでもよくなってしまう。
俺がもとの位置に座り直すと、途端にりこの顔に満面の笑みが広がった。
それからしばらくの間、俺たちは時折、体を触れ合わせてしまい、そのたびにお互い照れながら「ごめんね」「ううん、大丈夫」「えへへ」「あはは」というやりとりを何度も交わし合った。
そのたび二人とも勉強の手が止まってしまっていたが、離れて勉強するより幸福度は圧倒的に高いし、おかげで二時間ぶっ通しで勉強をしていても、まったく疲れることがなかった。
これなら問題なくりことの勉強を続けられるかも……。
そう思いながら隣のりこにちらりと視線を向ける。
りこはペンの動きを止めたまま、難しい顔をして問題集と睨めっこをしていた。
眉間に視線を寄せて険しい顔をしているりこはかなりレアだ。
ちなみにそんな表情も底なしにかわいいのは言うまでもない。
数秒間、レアなりこに見惚れてしまった後、そんなことをしている場合ではないと我に返った。
「りこ、わからないところがあるの?」
問題に躓いたら質問し合うことになってはいたが、りこの性格から遠慮してしまったのだろう。
俺のほうから問いかけると、りこは申し訳なさそうにこくりと首を振った。
りこは、容姿端麗なだけではなく文武両道のタイプで、学年テストでは毎回上位に名前が入っている。
ただ唯一苦手な科目が化学らしく、高得点を取るために、他の科目の三倍も勉強しなければならないのだとさっき言っていたのだ。
それならばと、俺は最初に取り掛かる科目を化学に指定したのだった。
「ここの問題の解き方が、途中からわからなくなっちゃって……」
「ちょっと見せて」
少し身を乗り出して、隣からりこの問題集を覗き込む。
ああ、なるほど。
「えっとね、これはcに関する二次方程式なんだけど、そこまではわかる?」
「うん」
「そしたら、まずこの数式を解いてcを求める。そうすると?」
「……[H⁺]が導ける……?」
「そう! あとはそこからpHを求めるだけだから」
「――できたー!」
りこが喜びの声を上げて、俺のほうを振り返る。
問題集を見るため身を乗り出していた俺が、りこの言葉に釣られて顔を上げた瞬間、りこの唇が一瞬、俺の頬に当たってしまった。
「……っ」
「あっ……」
間近で目が合ったまま、ふたりして息を呑む。
「あ、ああの、ごめんなさいっ……」
「いや、だ、大丈夫……」
「わざとじゃなくて……!」
「も、もちろんわかってるから……!」
「……でも、問題が解けたご褒美をもらえたみたいでうれしいな……」
「……っ!?」
俺の頬に事故でキスしてしまったことが、りこにとってご褒美になるなんて。
到底信じられなくて、俺は瞬きを何度も繰り返した。
「そうだ、私ったら、まだちゃんとお礼を伝えてなかったよね。今の問題、教えてくれてありがとう」
まだ照れながら、りこがにこっと微笑む。
「湊人くんの教え方すごくわかりやすくて感動しちゃった。学校の先生より上手だったよ」
「そんなまさか……」
「本当に! こんなふうに教え方が上手な人初めて!」
りこから褒められて悪い気などするわけがない。
俺は照れながら、後頭部を掻いた。
「それに、難しい問題を簡単に理解できちゃう湊人くん、かっこよすぎだよぉ……」
「うわ、あ、え?」
「ふふっ。照れてる湊人くんも大好き」
「……!!」
「……ね、湊人くん……。もし、このあとまたわからない問題があって、それが解けるようになったら、そのたびお祝いにちゅってさせてもらえないかな……なんて」
頬をピンク色に染めたりこが、恥ずかしそうに尋ねてくる。
このあともまた、りことキ、キスする可能性があるなんて……!?
そんな状況で勉強なんて手につくわけないよな……!
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