恋人同士の朝は甘々
俺とりこが正式に付き合いはじめて数日。
りこは、最初の夜に宣言したとおり、毎日俺に触れてくるようになった。
それで本当にお互いの『心の準備レベル』が上がるかはわからないが、りこを好きな俺としては文句なんて何一つなかった。
その日々がどんなふうか説明すれば、男なら誰でも「それは幸せ過ぎる」と頷いてくれると思う。
たとえば、今日の朝を例に説明してみよう。
りこの作ってくれた朝ごはんを食べ終わり、俺が洗面所の前で歯を磨いていると、遅れてりこがやってきた。
付き合う前はお互いに遠慮して、相手が洗面所を使っているときには立ち入らなかったのだけれど、一緒に洗面所を使うことの甘酸っぱい楽しさをりこが教えてくれたのだ。
りこは鏡越しに目があった俺にニコッと微笑みかけると、「私も歯磨きしますー」と言いながら、じゃれるように抱きついてきた。
すでに歯を磨きはじめていた俺は、片手が塞がっているので抱きしめ返すことができない。
りこは棒立ちになっている俺にひととおりぎゅっとしがみついたあと、満足げに深く息を吐き、手を離した。
そのまま腕が時々触れる距離に立ったまま、隣で歯磨きをはじめる。
最初の数日はぶつかってしまうことを申し訳なく思い、腕や肩が触れるたび洗面所の奥へ詰めていったのだが、俺が進むほどりこはくっついてきた。
歯を磨き終わって会話ができるようになったところで、「離れちゃだめだよ。近くにいたいよお」と甘えるように言われて初めてりこの意図に気づいた。
恋人同士は触れ合わないように気をつけるものではなく、触れ合う距離感で過ごすものなのか。
そう思うとくすぐったいような、恥ずかしいような感情がこみ上げてきた。
しかも、さらにやばいことに、りこは歯磨きをしながらも、空いている左手で時々かわいいいたずらを仕掛けてくる。
俺の制服のシャツを引っ張ってみたり、腰のあたりを指先でツンツンついてきたり。
もともとりこはとてつもなくかわいかったけれど、付き合いだしてからのりこのかわいさは際限がない。
見た目ももちろんのこと、行動が愛らしすぎて、どうにかなってしまいそうだ……。
二人とも歯磨きを終えた後は、りこが俺の身だしなみをチェックしてくれる。
三年間も高校に通っていたくせに俺はネクタイの結び方が下手で、これまでもりこが整えていてくれていたのだけれど、付き合いだしてからは結ぶところからお任せしている。
「それじゃあ湊人くん、いつもみたいに屈んでください」
「よ、よろしくお願いします」
りこの手が届くように屈む。
ネクタイを手にしたりこが俺の首筋に手を伸ばしてくる瞬間は、何度経験してもやたらと緊張して、毎回思わず息を止めてしまう。
「うん、ばっちり! 次は髪の毛をやるね」
そう言って俺の猫っ毛を優しく撫でる。
「ふふっ。今日もかわいい寝癖がついてる」
「恥ずかしいな……。寝る時に気をつけてはいるんだけど、どうやって寝ても必ずついちゃうんだよね……。毎回手間をかけさせちゃってごめんね、りこ」
「えっ、どうして謝るの? 私は湊人くんの髪に触れられるこの時間がすごく好きなんだよお。それに湊人くんの寝癖も大好き。本当は直しちゃうのがもったいないぐらいだもん」
「そ、それはさすがに学校で恥ずかしいので……!」
「ふふっ、大丈夫、わかってるよお。それにかわいい湊人くんは私だけのものなので、学校のみんなには見せてあげないのです」
何そのかわいい独占欲……!?
他の生徒たちなんて間違いなく俺に興味なんて米粒ほどもないと思うけれど、そんなツッコミを入れている暇もないぐらい、りこへのときめきが止まらない。
それからりこは俺の髪を丁寧に梳かし、寝癖直しのミストをかけて、ドライヤーとアイロンできれいに整えてくれた。
ほんと、幸せ過ぎる……。
「りこ、毎日ありがとう」
「ううん。こちらこそありがとうなの。前よりもっと湊人くんに尽くさせてもらえるようになって、私とっても幸せ」
「俺はこんなに甘えちゃっていいのか心配になるよ……。いくら付き合って結婚してるとはいえ、遠慮するべきところもあるんじゃないかなって……」
「……そ、それはだめ……!」
「でも、俺この調子だと自分で何もできない奴になりそうだよ」
「……私がいないと何もできなくなっちゃう湊人くん……。なにそれキュンキュンするよお……」
「り、りこさん……!?」
相変わらずりこの尽くしたがりな部分が前面に押し出されたところで、朝のタイムリミットがきてしまった。
◇◇◇
身だしなみを整えてもらったあとは、鞄の中にりこの作ってくれたお弁当を詰めて、二人別々に家を出る。
付き合いだしたとはいえ、結婚していることも同棲していることも隠し続けなければいけないので、こればかりはどうしようもない。
「それじゃあ、りこ。いつもどおり大船駅で待ってるよ」
「うん。五分後に追いかけるね」
いつもと同じやりとりを玄関先で交わしたところで、二人の間に少しの沈黙が流れる。
「……今日もハグさせてもらっていいですか」
改めて確認されると恥ずかしくて仕方ない。
歯を磨いているときみたいに黙ってしてくれたほうが本当は気が楽なのだけれど、多分、りこは出かける間際のこれを儀式のように考えているのだろう。
それで、こうやって必ず確認してくるのだと思う。
尋ねるりこも耳まで赤くなっているので、俺が照れる様子を楽しんでいるわけでないことはわかった。
きっと、りこなりに心の距離を詰めようと頑張ってくれているのだろう。
だから俺も勇気を出して答えるようにしている。
「えっと、ど、どうぞ」
腕を広げて、りこを迎え入れる態勢をとる。
そうするとりこがすごくうれしそうに笑ってくれるので。
今日もりこは幸せで仕方がないというため息をついたあと、俺の腕の中に飛び込んできた。
それから、十秒間、お互いのことをぎゅっとしてハグを交わし合った。
りこの心臓の音がトクントクンと聞こえてくる。
きっと俺の心臓の音もりこに響いている。
ドキドキして、すごく恥ずかしくて、でも心地いい。
りこと触れ合うたび、そんな不思議な感覚に襲われるのだった。
「行ってらっしゃい、湊人くん」
「行ってきます、りこ」
これが毎朝の俺たちの過ごし方。
夜の日課では出迎えてくれたりこが、「お風呂、お食事、それとも私?」なる儀式を真っ赤な顔で恥じらいながら大真面目にやってくれるのだけれど、それはまた別の話だ。
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