通じ合う想い
「ど、どどどうしよう……。りこ、ごめん、えっと、どうしたら泣き止んでくれる……!?」
りこの涙にオロオロしまくって、半歩踏み出す。
「ううっ、急に泣き出したりしてごめんなさい……。でも、うれしすぎて……。だって、え、夢じゃないよね……? 湊人くん、私のこと好き……?」
涙をたっぷり浮かべた瞳で不安げに尋ねられ、慌てて首を縦に振りまくる。
ところが、それを見たりこの目からますます涙が溢れ出す。
「うえーん、やっぱりだめーっ……。こんなの感動しちゃうよお……」
な、なんで……!?
俺はりこを泣き止ませたいのに、まさかの逆効果とか……!!
「あのね、私ね、ひっく……」
「うん」
「湊人くんのことほんとにほんとに大好きなの……ひっく……」
「……っ。で、でも……その……りこには他に好きな人がいるんじゃ……」
「え? 他って?」
うさぎのように真っ赤な目をしたりこが、心底不思議そうに首を傾げる。
「七夕の日に言ってたよね……。好きだった相手とは、中学時代に再会したって……。俺とりこは、その頃会ったことないよね……?」
「あっ」
突然、驚きの声を上げたりこが、信じられないくらい慌てふためきはじめた。
「そ、それはその……あの……っ」
その反応を見て、ひとつの推理が俺の脳裏に自然と浮かんできた。
りこの好きな人はごくごく最近まで、例のA男だった。
でも、どこかのタイミングで奇跡的に俺に気持ちを移してくれた。
七夕の時点でもまだA男を好きだったはずだから、昨日、今日俺に心変わりをしてくれたのか、もしくはA男に片思いをしながらも、俺に少しずつ気持ちを移してきてくれているところだったか。
でも、そんなのはどうだっていいんだ。
ほんのわずかでも俺をす、好きだと思ってくれているのなら……!!
そのこと自体が俺にとってはありえない奇跡なのだから。
「ごめん、言いづらいこと聞いて。最近、俺のこといいなって思ってくれるようになったってことだよね……?」
自分で口にすると現実味がなさすぎて不安になってくる。
だって、りこが俺を好きって……。
そんなこと……。
りこは申し訳なさそうに眉を下げて、小さな声で「そ、そういうことに……しておいてください……」と呟いた。
うん、全然いい。
りこが望むのなら、全然そういうことにしておく。
俺にとって大事なのはこれからなんだ。
……あれ、俺たち……両想いってことは……これは……つまり……?
「俺、りこと付き合えるの……?」
「私、湊人くんの彼女になれるの……?」
「……! なってくれますか……俺の彼女に……」
「は、はいっ! もちろんです……!!」
もうすでに結婚しているのに、これから恋人になるなんておかしな話だけれど。
そんな矛盾なんて気にならないぐらいの喜びで気絶しそうだ。
と、そのとき、突然、背後から拍手と歓声が聞こえてきた。
「え!?」
「わあ!?」
りことふたり、驚いて振り返ると、テラスの軒下で雨宿りする観光客の皆さんが、微笑みを浮かべて手を叩いている。
うわっ……。今のやりとり全部聞かれてたのか!?
自分たちのことで頭が一杯すぎてまったく気づかなかった。
「よっ、カップル誕生おめでとう!」
「若いっていいなあ!」
「彼氏くん、かわいい彼女をあんまり泣かせないようにな!」
そんな声を方々から掛けられた俺とりこは、真っ赤になってお互いの顔を見合わせた。
ただでさえ注目されていることになれていない俺は、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしかった。
それでも照れくささより心を満たす幸せが圧倒的なのは、隣で照れているりこがくすぐったそうに笑いかけてくれるから。
「りこ、今日から改めてよろしく」
「こちらこそ……! 不束者ですが末永くよろしくお願いします。――って、これを言うの二回目だね」
懐かしそうにりこが目を細めた時、気まぐれな夏の通り雨は、降りはじめた時と同じように唐突な終わりを迎えた。
「あ! 見て、湊人くん! 虹だよ!」
りこが指さすほうに視線を向けると、澄んだ空の彼方に虹がかかっている。
俺たちの言葉につられて、観光客に皆さんもそちらに視線を向け、大喜びで写真を撮りはじめた。
おかげで俺たちに注目する人はいなくなったので、密かに安心する。
「ふたりともすっかり濡れちゃったね。りこに風邪ひかせないか心配だ」
「ふふっ、ありがとう。でも、おそろいなのがうれしいな」
弾んだ声でそう言ったりこが、そっと俺の手を取る。
心が繋がり合ったからか、今まで以上にりこの体温を特別に感じた。
ずっとバクバク騒ぎ続けている心臓が、ますますうるさくなる。
それもすべて、りこへの気持ちの証だと思うと、嫌ではなかった。
「ねえ、湊人くん。この虹も、今日の奇跡も、私一生忘れないよ」
俺だって。
心に刻みつけて、一生の宝物にするよ。
言葉にはできない想いを込めて、りこの手を握り返すと、当たり前のように優しい温もりがきゅっと想いを返してくれた――。
これにて9章終了です。
ここまでスローペースで進んだり戻ったりしていた二人の両片思いに転機が……という章でした!
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新章開始まではまたちょっとお時間をいただければと思います。
それでは10章でまたお会いしましょう~!




