もう隠してはおけない
りこの様子がおかしいと気づいたのは、昼食の後、小動物とのふれあい広場に向かって移動している最中のことだ。
「――で、ふれあい広場の中には、うさぎとかモルモットが放し飼いにされていて、自由に触れるらしいんだ。あと写真撮影もOKって書いてあったよ」
「うれしい! 湊人くん、うさちゃん抱っこして一緒に写真撮ろうね!」
「うんうん。って、あれ? ……りこ、ちょっと待って」
「なあに?」
きょとんとした愛らしい顔でりこが歩みを止める。
パッと見ただけでは不自然なところはない。
だが、この数か月ずっと傍で眺めてきた好きな人のことだ。
気づかないわけがなかった。
「りこ、足痛いの?」
「え」
りこの優しい微笑みがわずかに強張る。
「あ、あの、私、全然大丈夫だから――」
「こっちに来て」
俺に心配させまいと無理をしているのはすぐにわかったから、今だけはりこの言葉を無視して近くのベンチに彼女を座らせる。
「足、見せてくれる?」
「……」
りこはすがるような目で俺を見つめてきた。
この状況で隠したがるってことは……。
嫌な予感を覚えて、俺はりこの足元に跪いた。
「りこ、ごめん」
一応断りを入れて、サンダルを履いたりこの足を手に取り、自分の膝の上に乗せる。
「きゃ!?」
りこは驚きの声を上げた直後、かあっと赤面した。
俺だってこんな緊急事態じゃなかったら、りこの足に触れるだけで真っ赤になっていただろう。
だけど今は、心が痛んでそれどころじゃなかった。
「湊人くん、だめだよ。お洋服が汚れちゃう……!」
「そんなの気にしないでいいから」
少し底の高い可愛らしいサンダル、全然汚れがついていないから恐らく今日初めて下ろしたのだろう。
そこに入れられたりこの足は、ところどころ赤くなっている。
それだけでも痛々しいというのに、小指と踵は豆が潰れて出血していた。
「……っ。すぐ手当てするから、このままサンダル脱がすね」
「あ、あの、自分でやります……!」
「いいから、りこは大人しくしてて」
「……! は、はい……」
気遣い屋なりこに遠慮させないため、俺らしくない口調できっぱり言うと、りこはなぜかますます赤くなってしまった。
理由はわからないけれど、それでも俺の膝から足を下ろそうとしなくなっただけよかった。
俺はまずりこの右足からサンダルを脱がせると、背負っていたリュックを漁って、中からバンドエイドと消毒薬、清潔なガーゼを取り出した。
俺の行動を眺めていたりこが目を丸くする。
「びっくりした……。湊人くん、それいつも持ち歩いてるの?」
「いや、何かあったときのためにって思って色々用意してきたんだ」
俺のリュックの中には、他にも懐中電灯や充電器、湿布や虫よけスプレー、アイマスクや折り畳み傘二人分などが入っている。
例の参考にした雑誌にはさすがにデートへ持っていくべきものリストなんて載っていなくて、どうしたらいいのか悩んだ結果、不測の事態に備えた思いつく限りのものを詰め込んでくるという手に出たのだった。
「ごめん、ちょっとしみるかも」
「大丈夫」
りこは痛みに備えるように、目をきゅっと閉じた。
痛い思いなんてさせたくなかったのに……。
やるせない気持ちを抱えながら、できるだけそっと消毒薬を吹きかける。
密閉されていた袋から取り出したガーゼで傷の周りを拭い、バンドエイドを貼ったら、次は左足の番だ。
「――よし、できた」
「ありがとう。立ってみるね」
「えっ。無理しないほうが――」
慌ててりこに手を差し出す。
りこは俺の腕を頼りながら、両足を地面についた。
「あ! すごい! 湊人くん、もう痛くないよ。バンドエイドのおかげで傷に直接サンダルが当たらなくなったのがいいみたい!」
今度は無理しているわけではなさそうで、心底ホッとする。
でも数秒も経たないうちに、こんな事態になってしまったことへの申し訳なさが押し寄せてきた。
「りこ、ごめんね。靴擦れのこと、もっと早く気づいてあげられればここまでひどくならなかったのに……。いや、それより新しいサンダルを履いてるんだから、長い距離歩くのがよくないってことに気づくべきだった」
「ま、待って! 悪いのは私だよ。靴擦れのこと隠していたせいで、湊人くんに余計心配かけちゃった……。それに、湊人くんとのデートだって浮かれて、おニューのサンダルを履いてきたのも馬鹿でした……ごめんない……」
「違う……。今日一日俺が失敗を繰り返してたのがいけないんだ……」
そもそもポニーのエリアから、湖までの道を歩かせなければ、きっとこんなことにはなっていなかったのだ。
それが計画通りにいかなかったのは、サプライズを優先するあまり乗馬をしようと思っていると、事前にりこに伝えていなかったせいだし、今思えばそんな状況を招いている時点でサプライズも上手くいったとはいえない。
行きの電車での失敗や、ぐちゃぐちゃになっていたお弁当のことも思い出し、心底情けない気持ちになる。
挙句の果てにりこに怪我をさせるなんて……。
『なんども計画を確認したから明日のデートは完璧にこなせるはずだ』と思っていた昨夜の俺を殴ってやりたい。
せっかく初デートをやり直す機会をもらえたのに、また大失敗してしまうなんて。
りこに好きになってもらえるよう努力をして、いつか好きだと伝えたい。
そう思って頑張ったつもりだったけれど、空回りもいいところだ。
「何一つ計画通りにできなくてごめん……。りこをちゃんと喜ばせてあげたかったのに……」
「え? 計画って?」
しまった。
余計なことを口にした。
そう後悔しても、一度吐き出してしまった言葉は元には戻らない。
俺は情けなさを感じて顔を上げられなくなったまま、このデートに向けて自分がしてきたことを説明した。
本当は事前準備のことなんて告げず、格好をつけたかったのに。
結局、俺は等身大の俺の姿を正直に打ち明けることになってしまったのだった。
「……うそ。……そこまでしてくれていたなんて……。それに湊人くん、レイちゃんにも相談してくれたの?」
「麻倉はすごく親身になってくれたのに、結果が残せなくて悪いことをしたよ……」
「どうしてそんなふうに言うの? 私、今日、ずっとうれしい気持ちでいっぱいだったよ?」
「ありがとう。でも、無理しないで。失敗続きだったことは自分が一番わかってるんだ」
「そんなこと――」
りこが何かを言いかけた時、突然、俺たちの頭上で雷が鳴り響いた。
はっとして顔を上げると、西のほうから淀んだ雲がどんどん近づいてきている。
いよいよ天気にまで見放されたのか。
山の天気が変わりやすいとはいえ、もはや自分が悪運を引き寄せているとしか思えなくなってきた。
間髪入れず、大粒の雨が降ってきた。
周囲にいた人々が屋根のある建物を求めて、慌てて駆けていく。
「俺たちも移動しよう。りこさえ嫌じゃなかったら、俺がおぶるから」
背中を貸すために屈もうとしたら、なぜかりこがぽすっとぶつかってきた。
え……?
背中越しに腕を回され、ますます混乱する。
俺、抱きしめられてる……? な、なんで……!?
「あ、あの、りこさん……?」
同様のあまりさん付けで呼びかける。
「雨に濡れてもいいから、このまま私の話聞いてほしいの」
「あ、はい」
「私、電車に乗ってる間も湊人くんから離れたくなかったの。だから、傍にいさせてくれてうれしかった。サプライズでこの牧場に連れてきてくれたのは本当に驚いたし、特別なデートって感じがしてドキドキしたの。私がスカートできちゃったから乗馬はできなかったけど……、でも、湊人くんとのデートだから可愛い格好をしたかったんだもん……。サンダルもそう。上から下まで少しでも可愛くなって、それで湊人くんに一瞬でも可愛いって思われたかったの……」
「……っ」
「ポニーの時、私がどれだけきゅんってなったか湊人くんは知らないよね。あんなふうに動物に好かれるなんて、すごすぎだよ。湊人くん知ってる? 動物って優しい人がわかるんだって。ポニーたちは湊人くんの優しさを一目で見抜いたんだと思うの。私も湊人くんほど思いやり深い人知らないよ。私のために早起きしてお弁当を作ってくれたことも、消毒薬やバンドエイドを持ってきてくれていたことも、私を喜ばせようと一杯準備してくれていたことも、それがうまくいかなかったって落ち込んじゃうところも、みんな湊人くんの優しさで、私はあなたのその優しさを心から尊敬しています」
喜んで欲しい一心で頑張って、それがちっとも上手くいかなくて落ち込んで、なのにすべてまとめてりこが肯定してくれて――。
気持ちを伝えられるぐらい自分が努力できたなんて微塵も思っていない。
でも、あまりにもりこが尊くて、気づいたら気持ちが溢れていた。
「俺、りこが好きだ」
スクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆を、
『★★★★★』に変えて応援してくれるとうれしいです……!
感想欄は楽しい気持ちで利用してほしいので、
見る人や私が悲しくなるような書き込みはご遠慮ください( *´꒳`*)੭⁾⁾
書籍版のイラストを掲載しているので、是非下まで見てください~!↓




