君が楽しそうにしてくれるだけで……
電車に揺られて三十分。
無事に目的地へと辿り着き、施設のエントランスを目にした瞬間、りこは喜びの声を上げた。
「『ふれあい牧場』! 楽しそう! まさかこんなところに連れてきてくれるなんてびっくりだよぉ……! 湊人くん、本当にありがとう……!」
「う、うん。サプライズ成功……?」
「大成功です! 本当にびっくりしちゃったもん!」
ドキドキしながらりこの反応を伺っていた俺は、明るく輝いたりこの瞳を見て、ホッと息を吐いた。
よかった……。
目的地の選択は正しかったみたいだ……。
ちなみにここは、神奈川県の外れにあるふれあい牧場だ。
ここはもともと全然重要視していなくて、補欠ぐらいの感覚で候補に入れていたのだけれど、俺がデートの目的地リストを見せたところ、麻倉は「圧倒的にふれあい牧場!!」と言ったのだった。
『ふれあい牧場って本気で……? ディズニーとか映画とか八景島とかのほうがいいんじゃないの?』
『ディズニーなんて初デートには最悪だよ。長い待ち時間の間、りこを退屈させずにいられる?』
『うっ……そ、それは……』
『そもそも入場料金だって高いしさ』
『それはバイト代から出せるから!』
『違う違う、そうじゃない。たとえ出してもらうとしても、まともな神経してたら高いってことに遠慮するでしょ。とくにりこは気遣い屋さんだから、絶対、自分で出すって言うよ』
『たしかに……。でも、映画は? デートの目的地としては、すごくオーソドックスだから外さないと思ったんだけど』
『そうそれ! ありがちだから新鮮さがないんだよねー。しかも、映画を見てる間は全然コミュニケーション取れないし。せっかく二人で時間を共有してるのに、二時間近く無駄にするようなもんじゃない。慣れてきた恋人同士なら別にいいと思うけど、初デートでそれはちょっとねえ』
『な、なるほど……。そのふたつがだめなのはわかった。でも、もっと他にもいろいろあるから――』
『他のどこより、断然ふれあい牧場がいいよ。まさかっていう斬新さがあるし、牧場にいる動物なんて普段見る機会ないじゃん? だから、りこにとっては見ることなすこと全部新鮮な驚きがあると思うわけ。新山くんが努力しなくても、りこが驚いたり喜んだりしてくれるんだよ。もっと言うなら、新山くんとりこのほのぼのカップルのイメージにぴったりだよ、ふれあい牧場って』
『ほのぼのカップル……』
『ちょ、何真っ赤になってるのよ! 私まで恥ずかしくなってきたじゃん!』
『ご、ごめん……』
『もおおおさらに赤くなるし! 純情少年すぎー!!』
――そんなやりとりを経て、目的地はふれあい牧場に決定したのだった。
良心的な値段のチケットを購入し、園内へ入る。
麻倉の予想どおり、りこはチケット代を受け取ってはくれなかったし、なんなら俺の分まで払おうとするので止めるのに必死だった。
ディズニーを選ばなくて本当によかった。麻倉、ありがとう……。
木々の間を縫うように歩いて、バードウオッチングのできる遊歩道を抜けると、柵がめぐらされた牧草地に出た。
左側のかなり広々としたエリアでは、客を乗せた馬がのんびり歩き回っている。
右手にはあずまや風のベンチがいくつか並んでいて、その先にはポニーのいる柵があるはずだ。
インターネットに掲載されている地図を見て、園内の施設はすべて把握しているし、それをもとにしっかり計画も立てておいた。
まずは左側のエリアで乗馬体験をさせてもらい、それが終わったらポニーの餌やりをする。
時間にしておそらく二時間近くはここで遊べるだろう。
広大な園内には馬車が走っていて、二時間ごとに施設を巡回している。
ちょうど俺たちが遊び終わる頃、馬車が通りかかるはずだから、次のエリアにはそれに乗って移動しようと思う。
りこは蹄の音を立ててカポカポと歩き回る馬を見た瞬間、手を合わせて喜びの声を上げた。
「すごい……! こんなふうに馬を見たの、私初めて……!」
「うん、俺も。思ってたより大きいな」
「本当に! 迫力あるね」
りこは感動のため息を吐きながら、軽快に闊歩する馬に見惚れている。
とりあえず掴みはよさそうだ。
りこが馬を気に入ってくれたのなら、このあとの乗馬体験もきっといい思い出になるだろう。
「りこ、ここって乗馬体験もできるんだって。よかったら乗ってみない?」
「あっ……、えと、乗ってみたかったんだけど、私今日スカートで……」
「あ……! そっか、そうだね……!」
スカートで乗馬をするなんて無理に決まっている。
そんなことにも気づかないなんて、本当に俺ってだめなやつだ。
「せっかくの機会なのにごめんね……! 何も考えずにスカートなんて履いてきちゃったから、もう私の馬鹿……! ちゃんと動ける格好でくればよかった」
「いや、りこは全然悪くないから! それにそのワンピースめちゃくちゃ可愛かったし!!」
「あ、ありがと……」
「うん……」
りこが照れて、それが俺にも伝染し、二人でもじもじする。
沈黙を先に破ってくれたのはりこだ。
「……えっと、もしよかったら湊人くんだけ乗馬してきて。私、ここで見てるから!」
「いや、俺も大丈夫」
「見てるだけでも楽しいから遠慮しないで」
そんな健気なことを言われて、正直感動してしまった。
とにかくなんとか立て直さないと。
そうだ、ポニー!
餌やりならスカートでも問題ないはずだ。
「りこ、こっち。ポニーとふれあえるらしいから行ってみよう」
「ほんと!?」
「手渡しで食べさせることができるんだって」
「すごい! 私の手からちゃんと食べてくれるかな」
「りこは絶対大丈夫。俺が保証する!」
そんなやりとりで笑いながら、ポニーの餌を買い、柵の前まで向かった。
馬より一回り以上小さなポニーは、とにかく可愛らしい。
とくに穏やかで澄んだ目が印象的だ。
さっそく餌をあげようとして、カップに入っているニンジンスティックを摘まもうとしたとき――。
「あれ……。……ちょ、えっ!?」
なぜか柵の中にいるポニーたちが、わらわらと俺の前に集まってきた。
他の観光客もたくさんいるし、中には餌をもらっている最中だったポニーもいるのに、どのポニーも一目散にこちらへ向かってくるのだ。
「わあ! 湊人くん、みんな集合したよお!?」
驚きながらも、りこは楽しそうな顔をしている。
俺はわけがわからなくて困惑しっぱなしだ。
ていうか、なんで俺!?
「ち、違う違う……! 俺のほうには別に寄ってこなくていいんだって……!!」
むしろりこのもとへ集まってくれよ!
そしたらきっとりこが喜んでくれるから……!
手を振って追い払おうとしても、ポニーたちはまったく気にすることがなく、俺の顔を見上げている。
「……っ、どうなってるんだこれ……」
「湊人くん、すごい! まるでポニーたちのリーダーみたいだよぉ。私、感動しちゃった……!」
りこは手を叩いて笑顔を浮かべているし、周りの観光客からも感心したような声とともに拍手を浴びせられた。
「なんでこんなことに……」
「ふふっ。湊人くんは動物に好かれる人なんだねえ」
「ごめんね、りこ。餌やりの邪魔しちゃって」
「なんで謝るの? 私、動物に好かれる人って素敵だなって思うよ」
「……っ」
りこを楽しませてあげたいのに、全然思うように動けない俺のことをこんなふうにフォローしてくれるなんて……。
ほんと、どこまでいい子なんだろ……。
好きになってもらうためにがんばるはずだったのに、むしろ俺のほうがどんどんりこを好きになっていってる。
俺もりこのように魅力的で愛される人になれたらいいのに。
……そのためにも、ここまでのミスをなんとか挽回しなくては。
結局、そのあともポニーたちは俺の周りを一向に離れる気配がなかった。これでは他のお客さんにも迷惑がかかってしまうので、餌やりは断念し、そのエリアを離れるしかない。
りこは笑いながら「楽しかった」と言ってくれたけれど、俺は内心自分自身に対してがっかりしていた。
あれだけ計画を立ててきたのに、朝の電車も、乗馬も、ポニーへの餌やりすら上手くいかなくなるなんて……。
しかも、馬車がやってくるまでまだ一時間以上残っていた。
困ったな……。
ここで一時間ぼーっと待つなんて、りこが退屈に決まっている。
「次の目的地に決めている湖まで結構距離があるけれど、歩いて移動するでもいい?」
俺が尋ねると、りこは楽しそうな表情のまま頷いてくれた。
全然上手くいかないデートの中でも、りこが終始にこにこしてくれているのだけが俺の救いだ。
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