「私の全てを知って欲しいの」
七月六日の夜。
近況報告も兼ねてりこの両親とビデオチャットをしていると、話の流れから幼少期のりこのことが話題にのぼった。
『りこは五歳までアメリカに住んでいた帰国子女だったんだ。そのせいか、なかなか日本の幼稚園に馴染めなくてね。なぁ、母さん』
『そうそう。毎日、幼稚園の連絡帳に「今日もまた一人で遊んでいました」って書かれちゃって。一時は私たちもすごく心配したのよ。お友達ができたって言われた時にはどれだけホッとしたか』
現在のりこは学校で常に同級生に取り囲まれているのに、まさかそんなぼっち時代があったとは。
「りこは覚えてるの?」
尋ねながら隣に視線を向ける。
リビングのソファーに並んで座っているりこは、眉を少しだけ下げ、微かに下唇を噛みしめていた。
大きな瞳はわずかに揺れていて、不安と期待の狭間を彷徨よっているかのように見える。
……え?
これってどういう反応なんだ……?
こんなりこ、今まで一度も見たことがない。
「りこ?」
一瞬遅れて俺の眼差しに気づいたりこが、ハッと息を呑む。
「あっ。ええっと! うん、その頃のこと、ちゃんと覚えてるよ。――でも、お父さんとお母さんったら、いきなり子供の頃の思い出話を始めたりして。恥ずかしいから、このお話は終わりだよお」
りこはよっぽど照れくさかったのか、お茶のおかわりを入れてくると言って、逃げ出すようにキッチンに向かってしまった。
ローテーブルの上に置いたiPadの中では、りこの両親がにこにこしながら顔を見合わせている。
ふたりとも娘のりこのことがかわいくて仕方ないのだろう。
その気持ちはすごくよくわかる。
なにせ、俺の心を四六時中占めている想いも「りこがかわいい」というものだから。
『そうだ、湊人くん。幼稚園に通っていた頃のりこの写真を今度送ってあげよう』
「えっ!本当ですか!?」
お義父さんにそう提案された俺は、思わず勢いよく食いついてしまった。
だって子供の頃のりこの写真だぞ!?
そんなの見たいに決まっている。
◇◇◇
りこの両親とのビデオチャットが終ったあとも、俺の頭の中は子供の頃のりこのことでいっぱいだった。
りこの両親が与えてくれた情報だけじゃ物足りなくて、もっとりこのことを知りたいと思ってしまう。
誰かに対してここまで関心を持ったのなんて初めてだ。
好きな人のことって、こんなふうに何もかも知りたくなるものなのか。
ああ、でも、さっき思い出話は終わりだって言われちゃったしな……。
肩を落としたその時、りこがかわいらしい声でクスクス笑った。
「湊人くん、何か聞きたいことあるんだよね?」
「えっ。どうしてわかったの?」
「ふふっ。湊人くんは思ってることが顔に出やすいから」
「……! そうだったのか。自分では全然気づいてなかったよ。てか、それってかなり恥ずかしいな……」
「私は湊人くんのそういうところ好きだよ?」
「……っ」
またこの子はそんな簡単に好きとか言って……!!
「それで、聞きたいことってなあに?」
「あ、いやー、でもりこはもう昔の話をしたくなさそうだから」
りこは大きくてかわいらしいウサギのような目をパチパチと動かし、二度ほど瞬きした。
「湊人くん、子供の頃の私のこと、知りたいって思ってくれたの?」
「う、うん」
「うれしいな。あのね? 私、湊人くんが望んでくれるなら、私のこと全て知ってほしいって思ってるよ?」
熱っぽい瞳で見つめながら言われて、ドクンと鼓動が跳ね上がる。
変な意味で言っているわけじゃないとわかっているのに、『私のこと全て知ってほしい』なんて言われると、妙な気持ちになってしまう。
俺は慌てて頭を振り、必死に邪念を追い払おうとした。
まあ、簡単にはいかないけど……。
「えっと、じゃあ聞いてもいいかな。質問っていうより、子供の頃のりこのことを、りこの口から色々教えてほしいなって思ってるんだけど」
りこはにこっと笑ってから、俺のほうに体を向けて座り直した。
俺もりこにつられて、座り方を変える。
ただ並んで座っていた時よりぐっと距離が近づき、膝と膝なんて今にも触れ合いそうだ。
それなのに、りこは身を引くどころか、少し前のめりな姿勢で話しはじめた。
私のことを知ってほしいという気持ちを態度で証明されているみたいな気がして、内心かなりうれしかった。
「私はニューヨーク生まれで、五歳まで向こうに住んでいたの。家では日本語を使っていたけれど、やっぱりイントネーションや発音に外国語訛りみたいなのが出ちゃうみたい。日本に戻ってきて、幼稚園に転入した当日、『りこちゃんのしゃべりかた変!』ってからかわれちゃって……。もともと気が小さかったせいもあって、話すのが怖くなっちゃったんだ」
小さな子供同士のやりとりとはいえ、確かにそれは心に傷を負うような出来事だ。
「それからは家族以外の前では一言もしゃべれなくなっちゃって……。そんなだから当然友達も一人もできなかったんだ」
「そっか……」
「あ、でもね! ……そのことがあったから、私は運命の人と出会えたんだよ」
「運命?」
「うん……。一人ぼっちでいたから、特別な男の子に巡り会えたの……。彼はとてもやさしい言葉で私を救ってくれたんだ……。あのね、その子が私の初恋なんだ」
りこの初恋。
幼稚園の時の話だってわかっているのに、ちくりと胸が痛む。
でも、なんとか取り繕って言葉を返さないと不審に思われる。
「は、初恋が幼稚園の時って早いのかな!」
必死に当たり障りのないコメントをすると、なぜだかりこは俺のことをじっと見つめてきた。
な、なに……!?
りこからこんなふうに無言で見つめられると、どうしたらいいのかわからなくなる。
半ばパニック状態で、俺は視線を忙しなく左右に動かした。
そのせいで、りこががっかりしたように目を伏せたのに気づかなかった。
「……やっぱり覚えてないよね……」
「……? 覚えてないって……?」
――と、その時。
俺の傍らに置いてあったスマホから、唐突にメッセージの受信音が鳴り響いた。
ピコン、ピコンという間の抜けた音は休む間もなく続く。
なんだ?
これでは会話もままならないので、りこに「ごめん」と断ってメッセージアプリを開く。そこには義父から何枚もの写真が送られてきていた。
あ、そうか。
さっき言っていた子供の頃のりこの写真!
あれを送ってくれたんだ。
「りこ、実はさっき、りこが席を外してるときに――」
そこまで言いかけたところで、最新で届いた一枚の写真が視界に飛び込んできた。
……え?
信じられない光景を前に、目を見開く。
だって、そんな……どうして……。
写真の中では、幼稚園の制服を着た女の子と男の子が夢中で遊んでいる。
砂場に座り込んでいる二人はとても楽しそうで、カメラを向けられていることにも気づいていない。
女の子のほうは面影からりこだと予想がついた。
今より長い髪をツインテールにしているし、もちろんすごく幼いけれど、当時からすでに信じられないくらいかわいらしい美少女だった。
でも、今はりこの姿をじっくり眺めるほどの余裕がない。
問題はりこと一緒に遊んでいる少年のほうにある。
一目見ただけで、男の子が誰なのかわかった。
いくら年月が経っているとはいえ、見間違うはずはない。
なぜなら、その写真に写っている男の子は、この俺だったのだから――。
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