幸せにするための貯金通帳
「一、十、百、千、万、十万、百万、いっせ……っっっ!?」
ゴシゴシと目を擦って数え直しても、結果は変わらない。
「高校を出て、大学を卒業するまでにはもっとたくさん貯まると思うの」
「貯まるって……これ、りこが貯めたお金なの!? 高校生のお小遣いって額じゃないよッ!?」
「うん、これは親に軍資金を借りて、株でそれを増やしたものなの」
「りこ、株にも詳しいの!?」
次々に驚くべき事実をりこが口にするせいで、頭がクラクラしてきた。
「私の年齢でそれなりの預金を増やすには、株が向いてるかなって。それで勉強したんだ」
「……!」
「幸せにするにはもっとたくさんの貯金があったほうがいいと思うから、私これからもがんばるね」
幸せにするには?
幸せになるにはの間違いじゃないのかな。
それにしてもこの貯金額……。
株について勉強したからって、誰でも貯められる額とは到底思えなかった。
まさかこんな才能まで持っていたなんて……。
りこは計り知れない。
「それにしてもほんとすごいな……」
このご時世、ちゃんと働いている大人だって、こんな額の預金なんてなかなか持っていないんじゃないだろうか。
俺も一応バイト代を細々と貯めてはいるけれど、桁が二つも違う。
俺が感心しきっていると、りこは控えめに微笑んだ。
「湊人くん、欲しいものがあったら遠慮なく言ってね? なんでもプレゼントするから!」
りこの言葉にぎょっとなる。
「たとえば車とか、別荘とか! 車は校則でまだ禁止されているけれど、所持してるだけなら問題ないよね!」
「別荘!? 車!?」
って、驚いてる場合じゃない……!!
「りこにそんなことさせられないよ!!」
俺が慌ててかぶりを振ると、りこはきょとんとした顔で小首を傾げた。
こんな時でも安定の可愛さだ……。
「そんなことって?」
「つ、つまり、そんな貢がせるようなこと……!」
「え? でも、そのための貯金だよ?」
そのためって……。
他人に貢ぐためにお金を貯めていたのか!?
俺は思わず頭を抱えたくなった。
りこが持つこの突き抜けた『尽くしたい願望』は本当に困ったものだ……。
「あっ、あと、一生遊んで暮らしたいっていうお願いも大歓迎です!」
りこおおおおおおおお……!!
「あのね、りこ……! りこのお金は、りこ自身のために使わなきゃだめだよ!? それに、誕生日でもないのに『欲しいものをなんでもプレゼントする』なんて言われて、自分の要望を平然と伝えるような奴は、絶対まともな人間じゃないって。そんな奴にりこが尽くそうとしたら、俺は全力で止めるから……!」
「……じゃあ湊人くんになら尽くしてもいいよね?」
「へ?」
「だってほら、さっき私が『なんでもプレゼントする』って言ったら、湊人くんは『そんなことさせられない』って。となると、断った湊人くんはまともな人だってことでしょう? だから、私が湊人くんに尽くすことを、湊人くんは反対しないよね!」
「え、えーと、そうだけどそうじゃなくて……」
なんだか禅問答みたいになってきた。
「と、とにかく! 俺はりこを財布やATM代わりにするなんて絶対したくないから、そういうことで!!」
好きな子をそんなふうに利用できるわけがない。
りこがどれだけお金を持っていようが関係なかった。
「そっか……」
りこは他人に尽くすチャンスを失ったからか露骨にがっかりして、しょんぼりと俯いてしまった。
「大事にするって難しいな……」
独り言のような声量でりこが呟く。
どういう意味だろう。
「りこ?」
「あっ、ごめんね! なんでもない……! えっと、サーキュレーターを私が買うのは許してくれる……?」
りこに甘えてしまっていいのか迷ったけれど、落ち込ませてしまったばかりだし、これ以上だめだとは言いづらい。
「……サーキュレーターだけお願いします」
散々悩んでからそう伝えると、りこの表情がぱあっと明るくなった。
「……よかった!」
りこの笑顔は大好きなのに、今は複雑な心境だ。
尽くせることをこんな手放しに喜んでしまうなんて。
この先りこがろくでなしに引っかかったらと思うと不安でしょうがない。
なんとしても目を光らせておかなければ……。
たとえ俺を好きになってくれることがなかったとしても、不幸な恋だけはして欲しくないから。
りこが許してくれる限り、りこの傍に居続けて、彼女を守っていきたい。
「それじゃあ今週末、さっそく電気屋さんに行ってくるね!」
「あ、今週の土曜日ならバイトが休みだから、俺もついていっていいかな?」
さすがに荷物持ちぐらいはさせてほしい。
そう思って尋ねると、りこは目を見開いたまま固まってしまった。
「えっ。……え!? いいの……!?」
何をそんなに驚いているんだ?
「……? りこさえよければ」
「うれしいっ……! じゃあ土曜日……! 約束ね!」
少しはしゃいだりこが小指を差し出してくる。
一拍遅れて、何をもとめられているのか気づいた。
指切りだ。
「あっ、ああ、えっと、は、はい!」
慌ててシャツの裾で手を拭ってから、おずおずと小指を差し出す。
そこにりこの細い指が絡んでくる。
「……っ」
触れているのは指先だけなのに、口から心臓が出そうなくらいドキドキした。
や、やばい。
これ以上触れ合っていたら、俺の挙動不審さにりこが気づいてしまうかもしれない……!
俺がぎこちなく指を解くと、りこはニコニコしたままスマホを取り出した。
ここ最近、毎日眺めていたカレンダーアプリを呼び出すのがちらっと見える。
これ以上覗いているのも悪いと思って、俺はそこで視線を逸らした。
だから、土曜日の予定のところに、りこがハートマークのスタンプを押したのには気づかなかった。
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