嫁と彼女?
このままではりこがみんなの好奇心の餌食になってしまう。
俺がりこを守らなければ。
そう思った時には、すでに体が先に動いていた。
「りこ、こっち!」
りこの手をとって走り出した瞬間、興奮するクラスメイト達の歓声がわっと巻き起こった。
そのまま俺はりこを連れて廊下を走り抜け、階段を駆け上り、屋上へと向かった。
「湊人くん……っ」
肩で息をしながらりこが俺の名前を呼ぶ。
「あ! ごめん!」
慌てて握り締めていたりこの手を離す。
「りこ、黒板に書いてあったことだけど……」
俺は自分が理解できている範囲でりこに状況を説明した。
話を聞いているうち、りこの顔色はどんどん青ざめていった。
「どうしよう。ごめんね、ごめんね……! 私が一緒に商店街に行きたいなんて言ったから……」
「りこのせいじゃないよ。さすがに写真を撮られてたのはびっくりしたけど」
「……実はね、こういうこと初めてじゃないの」
言われてみれば校内新聞に、りこのことが書かれているのを俺も何度か見たことがある。
考えてみればこれらの記事はりこのプライバシーを侵害したものだったのだ。
人気のある生徒の記事を載せると、反響が大きいのもわかる。
でもやっぱりそういうのは本人の許可を取って掲載するべきだろう。
校内新聞は週刊誌なわけじゃないのだから。
「私がもっとちゃんと止めて欲しいってお願いしとけばよかった。巻き込んじゃって本当にごめんね。こういうことはもうやめてって話しておくね……。でも、今騒ぎになっちゃってることはどうしよう……」
りこが思い詰めた顔で俯く。
りこにこんな顔をさせておくわけにはいかない。
俺がなんとかしなくちゃ。
でもどうするのが一番いいんだ?
とにかくなんとしても避けなければいけないのは、俺たちが一緒に住んで、入籍している事実を知られることだ。
万が一、そんな事故が起きれば、今まで以上に注目を浴びてしまうのはわかりきっていた。
好奇心の目は、俺ではなくほとんどりこに向かうに決まっている。
だからこそ、絶対に知られるわけにはいかない。
俺は澤の手から奪ってきた記事を改めて読み直した。
暴かれているのは、俺たちが商店街で買い物をしたことと、二人で俺の家に帰ったこと。
記事の中で、俺たちは付き合っている可能性大だと書かれていた。
「……いっそ付き合ってることにしちゃったほうがいいんじゃないかな」
「えっ」
「状況的に何もない関係だって誤魔化すのは難しそうだから、けっ、結婚のことがバレるよりはいいかなって考えたんだけど」
目を丸くして驚いているりこを見たら、自分がとんでもないことを提案してしまったと思えてきた。
「ご、ごめん、やっぱりなんでもなーー」
「いいと思う!!」
「……ほんとに?」
「うん! 湊人くんさえよければ、私は大賛成!これなら、今後二人でお買い物に行ったり、一緒に帰ったりしても変に思われないし! 他にも色んなことやりたかったこと全部できるようになるし!」
「りこ、何か一緒にしたいことあったの?」
「……! い、今のは勢いで言っちゃっただけだから、とりあえず忘れてください……っ」
「うん?」
どういう意味かわからないが、忘れてくれというので一応頷き返す。
「あーでも、俺がりこの彼氏なんて言っても誰も信じないかな」
「なんで?」
「だって全然釣り合い取れてないじゃん」
「……うっ。ごめんなさい。私もっと素敵な女の子になるよう努力します……!」
「え!? そっち!? りこじゃなくて俺がりこの彼氏には力不足だって話だよ!?」
ってこんなふうに言ったら、りこは否定するしかない。
案の定「そんなことないよ!」と必死で否定してくれたので、穴があったら入りたいような気持ちになった。
「とりあえず教室に戻ろうか。始業の時間も近づいてるし」
「うん。でも、付き合ってるって宣言するなんて、緊張しちゃうね……」
「りこ、もう一度確認するけど本当にいいの?いくら嘘とはいえ、りこの付き合ってる相手は俺だってみんなに思われちゃうんだよ?」
俺なんかが相手で恥ずかしくないのか。
地味メンなんて書かれるやつだぞ。
そう思って確認したら、りこは頰をピンク色に染めて、こくこくと頷いた。
「……私にとっては夢みたいだもん」
「え?」
「ううん! なんでもない! ……ね、教室、手繋いで戻る?」
「なっ、ごほっごぼっ、なんで……?」
思わず噎せながら尋ねる。
「だってほら、教室を出てくるときは手を繋いでたから」
「た、たしかに」
「そのまま戻る方が付き合ってるっぽいかなって」
上目遣いに俺を見上げてきたりこが、「どうかな?」と首をかしげる。
か、可愛すぎるだろ……。
俺が二つ返事で承諾したことは言うまでもない。
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