嫁が罰ゲームと引き換えにしてでも手に入れたいもの(前編)
ある日の夕食後、りこがうれしそうにオセロの箱を取り出してきた。
「湊人くん、お願いがあるの」
「うん、いいよ」
「えっ。ま、まだ内容言ってないよ……?」
「……! そ、そうだね。間違えた」
「あはは、湊人くんってば面白い」
りこのお願いってだけで断る理由がなかったんだけど、さすがに先走り過ぎた。
「それでお願いって?」
「うん、もしよかったらなんだけど……罰ゲームを賭けて、私とオセロで勝負してくれませんか?」
「罰ゲーム?」
「もし私が勝ったら、そのぉ……湊人くんに五つの質問をする権利をください」
俺への質問……?
「オセロはいいけど、……でも、なんで俺のことなんて知りたいの?」
俺なんて面白みのない人間なのに。
単純に疑問で尋ねたら、急にりこがそわそわしはじめた。
「あっ、そ、それはえっと……そう! 湊人くんのこと知ってるほうが、普段の家事もやり易くって……」
「そういうものなの?」
「うん、そういうもの! 湊人くんの好物とか、湊人くんの好きな映画とか、湊人くんの好きな教科とか、湊人くんの好きなゲームとか、湊人くんの好きなアニメとか、湊人くんの好きなお店とか、湊人くんの好きな国とか、湊人くんの好きな俳優さんとかは知ってるけれど、それだけじゃ全然足りなくて……」
「え、りこ、そんなに俺について知ってるの……!?」
思わずそう聞き返すと、りこはどこか誇らしげに「えへへ」と笑った。
……家事をやり易くするために、そこまで俺について調べてくれたってことか?
いや、でもどうやって……。
日々の生活の中で、わかるものなのかな。
まあ、最近りことはちゃんと雑談もできるようになってきたし、何気ない会話の端々に俺の趣味趣向が滲んでいたのかもしれない。
「それだけわかってくれてるなら、もう出がらしみたいな情報しか出てこないと思うけど……」
俺が苦笑すると、りこの頬がほんの少し色づいた。
「湊人くんのそういう表情ほんとす……わぁ!? もう、私信じられない……。つい興奮して感情が溢れちゃった……。……さすがにこういう発言はだめだよね、うんうん」
「……?」
頬に両手を当てて、りこが一人で納得している。
よくわからないけれど、かわいいなあと思いながら見守っていると、彼女は咳払いをしてから、俺のほうに向き直った。
「そういうわけで、私と湊人くんの新情報を賭けたオセロをしてくれますか? 湊人くんが勝った時は、なんでも言うこと聞きます!」
「……っ」
何でも言うことを聞くって……!!
俺のクソどうでもいい情報と、りこがくれる報酬の価値がまったく見合ってないけれど、辞退するには惜しすぎる……。
りこをゲームで負かせるのは可哀そうだが、これは本気出して頑張るしかない……!
というわけでオセロをはじめる。
いつもどおりソファーに並んで座り、二人の間にオセロの盤を置く。
りこが白、俺が黒。
じゃんけんで勝ったりこが先攻だ。
「やった! それじゃあ、ま、ず、はっ……ここ!」
子供のようにはしゃいでいるりこが愛しすぎる。
「オセロなんて何年ぶりだろう……」
「俺もずっとやってなかったな。すごい懐かしいよ」
「ほんと? 買ってきてよかったなあ」
俺はうんうんと首を縦に振った。
……って、あれ?
りことの会話に気を取られてるうちに、盤上が白い石だらけになっている。
まさか、りこ、序盤に自分の石だらけにすると不利だってことを知らないのか……?
「りこ、あの……白い石だらけだけど……」
「うん、そうなの!」
うれしそうに全力で頷くりこはたまらなく可愛いけれど、これ絶対わかってないやつだ……!
って、ああっ。
そんな外側に攻めてくの!?
できるだけ内側に置いたほうがいいのに……。
「りこ、その場所は……」
「ふふ! ちょっと攻めてみました!」
ああっ、もうっ。
得意げなのがかわいいけれど、りこそれはポンコツな攻め方だ……っ。
そして決め手は――。
「よーし、次はここ……かな!」
「……!!!」
パチンと音を立てて、桜色した爪が角の隣に白い石を置いた。
たしかに俺は角を取られないよう動いていたけれど、その作戦にまんまとハマってしまうなんて……。
素直すぎるりこに頭がくらくらしてきた。
……ピュアな妖精を、醜い人間がだましてるようなシチュエーションじゃないかこれ。
「ごめん、りこ……」
「え? どうしたの、急に?」
とにかくこのままじゃりこがぼろ負けしてしまう。
もちろんりことの賭けには勝ちたいけれど、やっぱり俺にりこを負かすことなんてできない。
しかもりこは、自分のよわよわっぷりにまったく気づいていなさそうだし……。
……よし。
こうなったら、りこにバレないように手を抜いて、りこを勝たせるぞ。
インチキだってなんだった関係ない。
勝ったりこが喜んでる姿を想像したら、もうそれだけで俺は幸せだから。
当初の目的を振り捨てて、俺はそれから必死に負けようとした。
のだけれど――。
俺がどれだけ奮闘しても叶わないほど、りこはオセロが弱すぎた。
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