満員電車が二人の距離を近づける
りこが作ってくれたおかずやおにぎりは、おしゃれなランチボックスに詰められ、今は俺がリュックに入れて慎重に運んでいる。
俺たちは予定どおりバスで学校を出発し、横浜駅のロータリー前で降ろされた後、班行動を開始したところだ。
「よーし! 出発! ――で、何線だっけ?」
威勢よく歩き出したわりに、行き先を全然わかっていないらしい麻倉がこちらを振り返る。
澤は遠足のしおりなんて当然手にしていないし、会計係のりこは今、四人分の切符を買いに行ってくれている。
俺が答える感じか……。
「まずはみなとみらい線に乗って、日本大通り駅まで移動……」
「へー! 何駅あるの?」
「横浜の次、みなとみらい、馬車道、で……日本大通り駅」
聞かれたことをロボットのように単語で答えることしかできない。
「おお、なるほどー。てか、幼馴染君、どゆこと、めっちゃ詳しくない!?」
「いや、普通だと思う……」
しおり見ればすぐ確認できるし、それ以前に目的地ぐらいは把握しておくものじゃないのか。
という返事は、頭の中でだけで留めておいた。
「えー普通じゃないっしょ。私とか超適当だから、そういうのすごいって思うもん。頼りになるんだね、幼馴染君。そういうのって、女子的に結構きゅんときちゃうんだよね」
「たっ、ただいま……!」
耳に馴染んだ声を聞いて振り返ると、切符を手にしたりこがいた。
なぜか肩で息をしている。
走って戻ってきたのか?
時間に余裕はあるはずなのにと不思議に思った。
待ってる俺たちに気を使ったのかもしれない。
りこはそういう子だ。
「はい、切符」
「ん、ありがと」
お礼を言って、りこの配ってくれた切符を受け取る。
一瞬、りこにじっと見つめられたような気がしたけれど、多分気のせいだろう。
そのあと乗り込んだみなとみらい線は結構混んでいた。
人の流れと混雑のどさくさに紛れて、車両の奥のほうまで押し込まれていく。
俺とりこは向かい合わせの体勢で、澤と麻倉は別方向へと流されてしまったらしく姿が見えない。
さっき降りる駅のことは伝えてあるから、まあ、なんとかなるだろう。
「……すごい混んでるね……。びっくりしちゃった……」
同じ車両内にもうちの高校の制服を着た生徒の姿がちらほら見える。
でも幸い会話が聞こえてしまうほどの距離ではない。
だから安心したのか、りこが潜めた声で話しかけてきた。
……って、今日は会話ぐらいしても大丈夫なのか。
同じ班で行動をしているんだ。
普段の俺たちは、わざと家を出る時間をずらし、別々に登校している。
でも今日だけは、りことしゃべっても大丈夫なのだ。
それがうれしくて、俺も潜めた声で返事をした。
「だな。江ノ電はここまでじゃないもんな」
「……ね、湊人くんと初めて一緒に電車乗るね」
まさか、りこも同じことを思ってくれていたなんて。
驚いている俺の前で、りこが恥ずかしそうに瞳を細める。
「なんか新鮮だね」
「うん……」
「今日はいつもと違って、湊人くんを知らないふりしなくていいし……。それがうれしいんだ、えへへ」
俺も、なんて言ったら気持ち悪いかもしれないから、そういう気持ちを込めて、黙って頷き返した。
そのとき――。
「わっ……」
電車がカーブに入ったせいで、ぐらっと揺れ、りこがバランスを崩してしまった。
受け止めようとした俺の胸の中に、りこがポスッと倒れこんでくる。
抱き留める形になってしまい、俺たちは二人で同時に息を呑んだ。
「ご、ごめんね……っ」
「い、いや……」
「あ、どうしよ……下がれない……」
もともと窮屈だった電車の中、りこがいたスペースはあっという間に埋まってしまった。
「……ここにいていい?」
「え! りこさえ良ければそれは、うん……」
「じゃあもう少しだけ、お邪魔します……」
りこは恥ずかしそうにそう言うと俯いてしまった。
その拍子にサラサラと流れた長い髪の隙間から、白いうなじが見えて、ドキッとなる。
俺は、りこを押しつぶさないように庇いながら、どんどん上がっていく心拍数よ、りこに気づかれてしまう前に静まれと必死で祈った。
でも、もし、りこと同じ班になれていたなかったら、別の誰かが俺の代わりにここにいたのだろうか。
……神様、本気でありがとう。
今、初めて、りこから人畜無害だと思われるほど地味な自分のキャラクターも、悪くはないと思えた。
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