寝ぼけた嫁が潜り込んでくる(後編)
嫌な予感がして、ベッドから飛び出す。
鍵を外し、念のためゆっくり扉を内側に引くと――、思ったとおりだ。
扉に持たれるようにして眠ってしまっていたりこの体が、倒れこんでくる。
俺は慌ててしゃがみ込み、りこの背中を支えた。
この状況下でも、りこは目を覚まそうとしない。
「りこ? 起きて」
呼び掛けても、むにゃむにゃと口元を可愛く動かすだけだ。
「りこ、ここで寝てたら風邪引いちゃうから移動しよう?」
「ううん……湊人くんのお布団行く……」
こ、これは……。
この事態も二度目とはいえ、もろに動揺して唾を飲み込む。
でも、ここまでガッツリ寝ぼけられるのもすごいよな……。
なんでも完璧にこなしてしまう美少女に、まさかこんな弱点があったとは驚きだ。
とにかくここでりこを寝かせるわけにはいかない。
「りこ、俺が連れてくよ」
聞こえていないだろうけれど、一応そう声をかけて、触れるための勇気を出すために数回深呼吸をする。
よ、よし。
意を決してりこの腕に触れ、自分の肩に回してから、よいしょと抱え上げた。
たいして筋肉のない俺でも楽に運べるほど、りこの体は軽い。
それからりこを彼女の部屋のベッドに運んだ。
この部屋に夜入るのは初めてだ。
室内の様子にはできるだけ目をくれず、必死に心を無にして、変に意識しないよう努めた。
ベッドの上に体を横たえると、りこはすぐに寝返りを打って、俺のいるほうに顔を向けてきた。
俺は修行僧のような心で、りこの上に布団をかけてやった。
これで任務完了だ。
ふうっと重い息を吐き、部屋を出ていこうとした直後、くんっと袖を引かれてしまった。
「だめ……そばにいて……」
りこは心細そうな声でそう呟くと、俺の指先をきゅっと握ったまま、再び寝息を立てはじめた。
窓の外では相変わらず雷が鳴り響いている。
眠っているようでも、りこは熟睡できていないのだろう。
もしかしたら俺が出ていけばまた、ふらふらと歩きまわってしまうかもしれない。
ベッドの脇に座り込んだ俺は、顔がどんどん熱くなっていくのを感じながら自由なほうの手で乱暴に頭を掻いた。
りこから繋がれたこの手を解けるわけなんてない。
それに、意識がほとんどない状態でも、りこに頼られたのがうれしかった。
俺なんかでもそばにいるだけでりこが安心して眠れるのなら、一晩眠れないぐらいなんてことはない。
本気でそう思った――。
◇◇◇
そして翌朝。
今、目の前には前回の時以上に縮こまって頭を下げているりこの姿がある。
「もう私、最低……っ。ごめんなさい、ごめんなさい……っっ」
「りこ、本当にいいから……! ほら、顔上げて」
「今度、夜に雷が鳴ったら、寝る前に廊下にバリケードを作って、私から湊人くんを守るから……」
「ば、バリケード……?」
珍しくキッと眉を上げ、まったく冗談ではないという態度でりこが頷く。
ていうか、俺を守るって……。
俺のほうは、俺からりこを守るつもりで鍵をかけてたんだけどな……。
「ねえ、りこ。一個聞きたいことがあるんだけど」
「は、はい……っ」
「……雷苦手、っていうかすごい怖いの?」
「……っ」
りこはピクッと肩を揺らして、視線を泳がせた。
その態度が答えのようなものだ。
「もしかして隠したかった?」
「……ごめんなさい。……苦手なものは全部なくすつもりだったの。そういうのないほうが、湊人くんの役に立てると思って……」
こんなところでも、りこの尽くしたがり気質が発揮されるとは思ってもいなかった。
俺は呆気にとられた後、少し笑ってしまった。
「誰にだって苦手なものはあるんだし、そんなの気にすることないよ。でも、雷が苦手なことと、役に立つことってどう繋がるの?」
「もし湊人くんも雷が嫌いだったら、心細くて誰かを頼りたくなるでしょ……? そういうときに私も怖がってたら、頼ってもらえないから……」
発想が可愛すぎて参る。
ああ、困った。
分不相応だって十分わかってるはずなのに、この子のこと、どんどん好きになってしまう。
幸せなのに胸が苦しい。
こうやって人は恋に落ちていくのだろうか。
「りこ、俺は雷なんともないから、逆に頼ってもらって大丈夫だよ」
「……で、でも……私の頼るって……一緒に寝たいってことなんだよ……?」
「う、うん。それはまあ、そうなんだろうとはわかってて……。……あの、さ」
昨夜、りこの手を握り返しながら閃いたこと。
そんなことだめだろって慌てて揉み消した考えを、りこに提案してみたくなってしまった。
だってもしそれで、りこの不安を少しでも拭えるのなら……。
……そうだよ。
要するに俺が鋼の精神で、理性を保ち続ければいいだけの話だし……!
それもりこのためならできる気がする……!
「あのさ俺思ったんだけどもしよかったら雷が鳴ってる夜だけ同じ部屋で寝ない? あっ、でもあれ、同じベッドとかそういうこと言ってるんじゃなくて、布団を並べて敷いて寝ればいいんじゃないかなって。あああだけどりこが嫌だと思うなら、もう全然断ってくれていいから! ってやっぱそんなの無理だよね。ごめん、なしなし!」
というセリフを一息で捲し立てるように言った俺は、ぜえはあと肩で息をしながら、泣きたい気持ちになっていた。
今までの俺だったら絶対にこんなことを言い出したりはしなかったはずだけど、りこのために何かをしたいという気持ちが強すぎて、つい勢い余ってしまった。
俺……気持ち悪さを極めるつもりか……。
せめて、もっと落ち着いて伝えればよかった。
言い訳をかぶせまくってる自信のなさまで含めて、救いようがない。
ところが口をぽかんと開けて固まっていたりこが、数秒後、信じられない行動に出た。
「ま、待って! 本当にいいの!? ほんとのほんとに……っ? 湊人くん、なしって言ったけど、なしをなしにしてください……! 迷惑かけちゃうのは悪いことだけど、でも私、湊人くんと一緒に寝たいです……っ。あ、ああああの、お布団並べて寝たいって意味だよ……!?」
俺と同じように、息継ぎもなくそう言ってきたのだ。
りこの顔は真っ赤で、慌てながら髪を触るので、色々乱れている。
それがたまらなく可愛い。
そしてまた、自分の気持ち悪さに落ち込んでいた俺の心を掬い上げてくれた。
「なしをなしにしてくれる……?」
「……あ、う、うん。……りこがそうしたいなら、俺は問題ないです」
ぱあっと瞳を輝かせて、りこが幸せそうな笑顔を浮かべる。
こうして俺たちの間に、雷の夜のぎこちない約束が交わされたのだった――。
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