二人の行方と現れたもの
今年最後の投稿です!
新年の投稿は4日からとなります!
「──ぇ、あれ……? ここ、どこ……」
ウルたち一行が望子たち二人の行方不明に気がついた頃、望子は目をぱちくりとさせて辺りを見回す。
……そこは、山の中と言うにはあまりに暗く、殺風景なゴツゴツとした岩肌に淡い光を放つ苔が所々に生えた……そんな光景が特徴的な広めの洞穴だった。
(さっきまで、『しおちゃん』にのってて……きゅうにめのまえがきいろくなっ、て……?)
一方、『エスプロシオ』は覚えきれないと自覚していた望子が、直感で鷲獅子につけた愛称を脳内で呟きながら先程までの状況を振り返っていた時。
「ぇ、ろーちゃん……? ろーちゃん! おきて!」
「……」
ふと、少しだけ動かした手に何かが当たり、不思議に思ってそちらを見遣ると……そこには望子と一緒に何かに連れて来られたのだろうローアが仰向けに倒れており、望子が声をかけても残念ながら返事をしたり起き上がろうとはしてくれない。
(けが、してるのかな……っ、そうだ! あれを──)
望子は一瞬、自分たちが置かれた訳の分からない状況に涙目になりかけたが、首を横に振って何とか気を取り直し、背負っていた鞄──無限収納を下ろして、フィンに持たされていた残り僅かな回復薬、もとい蜂蜜水玉を取り出そうとした。
……その時。
『──おやおや、漸くお目覚めかな?』
「えっ……?」
突然、背後からかけられたその声に驚いた望子が振り返ると、そこには……全身がボロボロの黄色のローブに包まれた、ウルたちよりほんの少し背が低い程度の女性が望子たちを見下ろしていた。
上背の高さの割には随分と童顔なその女性は、望子が自分を見つめたまま呆然としている事を不思議に感じたのか、『ん?』 と首をかしげてしまっていたが。
『……あぁ、そっちの白衣の娘が心配? 大丈夫だよ、その娘は眠っているだけ。 いずれ目を覚ますから』
「ぇ、あ、そ、そう……ですか」
さも得心がいったという様にニコッと笑みを──時折ローアが見せるものよりも更に昏い──浮かべつつフードになっている部分を外す。
……その女性は控えめに言っても美麗であり、その端正な顔を飾りつける様な長髪──金色というよりは黄色という表現が合っている──が彼女の美しさを映えさせる一方で、それだけに所々に穴の空いたローブがあまりにもアンバランスさを感じさせた。
しかし、望子の純粋な瞳には目の前で自分を見下ろす女性がどうしようもなく恐ろしく見えてしまい、ついつい敬語で返事をする事を選択する。
『いやぁそれにしても……君は素晴らしいね! 圧倒的なまでの魔力量も勿論だけど、何より魔力の質が素晴らしい! まるで……そう、この世界に存在する全てを包み込むかの様だよ! あの時の──』
翻ってローブ姿の女性は漸く自分に返事をしてくれた望子を見て、心を開いてくれたのだとでも思ったのか、望子の魔力を見通しながら捲し立てる様に語ってみせたのだが、何故かそこで一拍置いたかと思うと。
『──召喚勇者みたいに』
「しょ、ぇ……!?」
彼女が最後の最後に、召喚勇者である望子にとっては聞き逃せない……いや、聞き逃す訳にはいかない発言をした事に、望子は思わず声を漏らしてしまう。
『……うん? どうしたのかな。 何か気になる事が?』
すると、女性は矢継ぎ早の様に動かしていた口を止め、再び首をかしげて望子の言葉を待つ。
「ぁ、えっと……」
話を振られた望子はといえば、一体どう誤魔化したものか……そもそもどうして勇者の事を、とそんな事を考えつつあたふたしてしまっていたのだが。
『んん……? あぁ! そういえば自己紹介がまだだったね! これはうっかりしてたよ!』
次の瞬間、女性の黄色い瞳が突然ハッと見開かれたかと思うと、これまた新たに盛大な勘違いをしたらしく、絹糸の様な髪を無造作にガシガシと掻きつつ、全く悪びれていなさそうな謝罪を見せた後、まるで貴族の如く優雅な一礼を見せてから──。
『僕はストラ。 風を司る、邪なる神の一柱だよ』
「かみ、さま──ぅわっ!?」
「やはり風の邪神であったか! ミコ嬢、後ろに!」
そんな突拍子も無い自己紹介を受けた望子が、何とか情報を整理しようと呟いた瞬間、先程まで倒れていた筈のローアが起き上がり望子を庇う様に躍り出た。
「ろ、ろーちゃん!? だいじょうぶなの!?」
「……」
それに驚いた望子が心からローアを心配して声をかけるも、邪神から眼を離す訳にもいかない彼女は振り返らぬまま無言を持って頷く事で答えてみせる。
『……ま、起きてたのは知ってたんだけどね。 どうして嘘寝なんてしてるのか分からなかったから放置してたんだよ。 君はその子の護衛か何かなのかな? 僕の事……知ってるみたいだけど』
その一方でストラと名乗った邪神は、どうやらローアが自分を警戒して寝たふりをしていた事を看破したうえで放っておいたらしく、望子とは違い飛び出して来たローアにも特に驚く事なく彼女に問いかけた。
「……貴様が我輩を知らぬのは道理であろうが、我輩は貴様の事を良く知っているぞ? 何せ我輩は貴様のお仲間二人との邂逅を果たしているのであるからな」
するとローアは彼女らしい余裕ぶった表情を浮かべるといった事もせず、かつて……当時の召喚勇者によって封印されるよりも前に遭遇した二柱の邪神の姿を脳裏に浮かべて、目の前の邪神に事実を突きつける。
『……何だって? まさか──』
そんなローアの物言いに違和感を覚えながらも、何やら心当たりがあったらしいストラが小さく呟き、形の良い唇に人差し指を当てて思案を始めた瞬間。
「ろ、ろーちゃん……!」
白衣を纏った少女の白い肌が少しずつ……本当に少しずつ褐色になっていき、銀色のボサボサの長髪を掻き分ける様に黒い二本の角が、髪とは対照的に小綺麗な白衣の下からは黒く細長く先の尖った尻尾が……そして背中から蝙蝠の様な黒く大きな羽が生えていく。
望子が小さく彼女の愛称を呟いた時には……彼女は完全に、魔族としての姿を取り戻していた。
そんなローアの変化の一部始終を垣間見ていたストラはといえば、『はぁ〜』と深い深い溜息をつき。
『……成る程ね。 ミコ、だっけ? その子には劣りこそすれ君も中々の魔力を有していたから、僕の目的の為にと拐ったんだけど──あぁ、面倒だなぁ』
そう言い終わる頃には先程までの笑みとは全く異なる、嫌悪感を欠片も隠さない表情になっていた。
(一柱でも魔族の軍勢と同等の力を持つ存在……口惜しいが我輩だけではどうにも……!)
一方、人化を解いた事で闇の魔術を扱える様になり、本来の力で戦える筈のローアだったが、それでも単独では邪神に敵わないだろうと踏んでおり、何とか後ろの勇者だけでもと考えを巡らせていた時。
『──でも、どうして魔族が人族の少女を守ろうとするのかな。 確かにその子の魔力は目を見張る物があるけれど、だからといって無駄に自尊心の高い君たちが命を賭してまでそんな事、を……?』
『何故この魔族は人族を守ろうとするのか』という疑問を持ってしまったストラが、望子とローアを交互に見遣っていたのだが……瞬間、彼女は何かに思い当たったらしく少しずつ声がフェードアウトしていく。
「な、なに……?」
『人族を守る魔族……? 可愛い女の子……確か、あの魔王の趣味は……そして、あの魔力、何より……あの黒い髪と、黒い、瞳──っ!!』
そんなストラの様子を不思議に感じた望子が困惑すると同時にストラはゆっくり俯いて、望子たちに聞こえるかどうかという小さな声で呟きながら何かを思案していたが……突然バッと顔を上げたかと思うと、いかにも邪神らしい邪悪な笑みを湛えて──。
『あぁ……! そうか、そうかそうかそうかぁ!! あはははははははははははははははははははは!!!』
「ひぅっ!?」
……突如、狂った様に大声で笑い始めた事に望子は心の底から恐怖し、その身を竦めてしまう。
(やはり、気づかれるか……!)
その一方でローアは彼女の奇行の意味に気がついており、苦々しい表情を浮かべて歯噛みしていた。
……それも、当然といえば当然だろう。
目の前のローブ姿の女性は疑いようもなく風の邪神であり、幾度となく魔族と……何より、黒髪黒瞳の青年だった当時の召喚勇者とも死合っているのだから。
『はぁ〜あ……ねぇミコ、教えてよ。 君は──』
しばらくの間、壊れてしまったかの様に笑い続けていたストラが自分の推測を確信へと変える為、望子に問いかけようとした……その瞬間だった。
『――――――――――――――!!!』
……突然、洞穴の入口の方から甲高い音の波が押し寄せ、それは望子やローアだけでなくストラの身をも震わせながら、洞穴の更に奥へと響き渡っていく。
『──っ? 何、今の……』
世界有数の強者といっても過言ではない邪神という存在であるストラにとっても、自分の身を叩いた力持つ音の波を無視する事は出来ずに眉根を寄せていた。
(いるか、さん? わたしを、よんでる……?)
一方、望子は瞬時にそれがフィンの声だと直感で理解しており、脳内で呟きつつもパッと振り返る。
(今のはフィン嬢の……!『反響探査』と同じく跳ね返ってきた音を識別して探査する魔術の様なものと考えて良い筈……それならば……!)
そして、望子とほぼ同時にフィンの声だと見抜いたローアは、教示的の中級魔術を例に挙げ、もう間もなく増援が期待出来るのではと考えたうえで。
「──風の邪神ストラよ! 恐るべき魔王コアノル様に代わり、このローアが貴様を討滅するのである! 千年前、魔王様によって討たれた土の邪神と同じ様に!」
眼前に立つ邪神にビシッと指を差し、既にこの世界より消滅した彼女の同族の名を挙げて宣告した。
『願ってもない事だよ。 ナイラを消した魔王の配下を殺せるうえに、召喚勇者も手に入るんだからね』
すると彼女は気にかけていた音の事を頭から離す様に首をふるふると振ってから、表情に変化はなくとも同族の死を矢面に挙げられた事で、静かな……されど確かな怒りを声に込めて黄色の疾風を纏い始める。
「ろーちゃん、わたしも……!」
『いよいよか』とローアが臨戦態勢を整えようとしたその時、彼女の後ろから望子が自分も戦うと主張してきたが、当然ローアはそれを断るつもりでいた。
……しかし、仮に断ったとして戦いの最中に望子が狙われないとも限らないと考えれば、最初から参戦させた方が……そう考えたローアは溜息をついて。
「……こうなっては、致し方ないのであるな。 援護を頼んでも良いのであるか?」
「うんっ!」
諦めにも似た感情を乗せて告げると、望子は彼女なりの覚悟がこもった快活な声音で返事をした。
そんな二人のやりとりを見ていたストラは、おそらく風の力により一瞬で、望子たちを見下ろせる様な少しだけ高い場所に立ち、大きく息を吸ってから──。
『さぁ、そろそろ始めようか! 安心しなよミコ! 君は殺さない! そこの魔族は……駄目だけどねぇ!!』
狂気じみた笑みを湛えたストラの叫びを聞いて、かたやローアは懐に忍ばせた触媒……もとい薬品に手を伸ばし、かたや望子は首から下げた小さな立方体をぎゅっと握りしめ──今、戦いが幕を開ける。
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