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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第四章

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消えた勇者と魔族

「は……? お、おい、ミコ? ……ミコ!!」

「っ! まさか、ローアが……!? やっぱり魔族なんて信用すべきじゃなかったのよ……!」


 つい先程まで鷲獅子グリフォンの背に乗っていた筈の望子たちの姿がない事に焦燥感を覚えたウルが叫ぶ一方、彼女とは対照的にハピは自分の手の爪をガリっと噛みながら、苦々しい表情で呪詛にも似た呟きを口にする。


 ……幸運と呼べるかどうかは怪しいが、ハピの呟きはルドにもエスプロシオにも届いてはおらず。


「エスプロシオ! ミコは!? ローアは!? 二人は何処へ行ったんだ!? お前は一体……何をしていた!」

『グル……? ──グルルァ!?』


 彼が切羽詰まった様子で幼い頃からともに過ごしてきた鷲獅子グリフォンを問い詰めると、エスプロシオは首をかしげた後、何を言っているのかと自分の背を見るため顔を後ろに向けた途端、焦った様に一鳴きした。


 ……鷲獅子グリフォンという種は極めて知能が高く、狩りをする時などは効率良く獲物を捕らえる為に、あえて弱っているかの様な『騙す』演技をする事もある。


 だが、たった今エスプロシオが見せた焦燥が演技などではない事は、誰の目から見ても明らかであり。


「……お、お前まさか、気づかなかったのか……?」

『グ、グルルゥ……』


 それを見たルドが信じられないといった表情とともに震える声で問いかけると、エスプロシオは俯きながらもゆっくりと首を縦に振り、いかにもしゅんとした様子で小さく鳴く事しか出来ないでいたのだが──。


「……っ、ふざけんな! てめぇの背中に乗ってたんだぞ!? んな馬鹿な事があってたまるかぁ!!」

『グル、ルァァ……』


 瞬間、ウルがバッとエスプロシオを睨みつけつつ力強い足取りで近づいたかと思うと、胸倉を掴むかの如く鋭い嘴の下辺りの羽毛を掴んで無理矢理顔を上げさせ、その爆発するかの様な怒りの感情の矛先をエスプロシオへと向けて怒鳴り散らしてしまう。


「う……ウル! 待ってくれ、少し落ち着いて──」

「落ち着ける訳ねぇだろうが! 今すぐミコを──」


 そんな彼女の叫びを聞いて逆に少しだけ冷静さを取り戻したルドは、ウルの肩に手を置き激昂する彼女を制止しようとしたのだが、その手はあっさりと払いのけられてしまい、次はてめぇかとばかりにウルは彼にも食ってかかりつつ、本来の目的など後回しにして望子を探す為、今にも駆け出そうとしたその時。



「──黙ってて」



「「「!!」」」



 それまで不気味な程に静かだったフィンがそう呟くと同時に、いつの間にか専用の触媒である音響部隊ユニットを展開していた彼女から、途方もない魔力を感じた事に驚いた三人が一斉にそちらに顔を向ける。


「ふぃ、フィン? 何を……」


 まだ出会って数日ではあるものの、明らかに尋常ではない彼女の様子にルドはおそるおそる声をかけた。


「……気づかなかったのはボクたちも同じ、その子だけが悪い訳じゃないよ。 だから……すーっ……」


 するとフィンはさもエスプロシオを庇う様な発言をしつつ、両手を広げて思い切り息を吸い……そんな彼女に共鳴する様に音響部隊ユニットが本格的に起動する。


「ッ! おいルド! 耳塞げ!」

「はっ!? 何をいきなり──」


 それを見たウルは嫌な予感がしたのか耳をペタンとさせたうえで手でも覆いながらルドへと叫ぶ一方、全く要領を得ないルドは聞き返そうとしたのだが。


「エスプロシオ! 貴方もよ! 早く!」

「──くっ、エスプロシオ! 言われた通りに!」

『グ、グルルォ!』


 ウルだけでなくハピまでもが同じ様に耳を塞ぎ叫び放ったのを見た彼は、訳も分からぬまま耳を塞いで指示を出し、それを受けたエスプロシオも耳に当たる部位を押さえつつその場にバッと伏せる。


 キイィィィーーー……ンという、耳鳴りにも近い音が彼女の後ろに浮かぶ触媒から聞こえてくる中。


(一体、何が……それに、あれは何の──)


 あれは何の為の魔道具アーティファクトなのか……それ以前に、そもそも彼女は何をしようとしているのか。


 何一つ理解出来ない状態で、耳を塞いだルドがフィンを見遣って脳内で呟いた──その瞬間だった。




『みこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!』




 ……それは、数日前に死奴隷鳥スレイバルチャーを退ける為にウルが放った大咆哮……王吠おうぼえを遥かに凌駕する爆音波。


「──ぐ!? おああああっ!?」

『グリャアアアアッ!?』

「くっ、うぅ……!」

「う、るせぇ……なぁもう!!」


 ともすれば鼓膜を突き破り脳を破壊しかねない程の轟音でありながら、三人と一頭が苦痛に喘ぐだけで済んだのは、リエナをして兵器と言わしめた触媒それを彼女が完全に使いこなしていたからに他ならない。


「──ぅ……終わった、のか? フィン、今のは」


 ……少しずつ、本当に少しずつ辺りが妙な静けさに包まれ始めた頃、何とか意識を保てていたルドが辺りを見回し、元凶であるフィンを見て尋ねようとした。


「……! 見つけた! あっち!」


 しかし当の彼女は両手を頭の横に遣り、おそらく耳をすませていたのだろう、突然バッとある方角へ目を向けたかと思うと、そちらへ泳いでいこうとする。


「おいフィン! 今のは何だ!? 何で分かる!?」


 そんな彼女に待ったをかけたウルが二つの疑問を同時に投げかけると、フィンは空中でピタッと止まり。


「〜っ! あぁもう! 今のは『究鳴きゅうめい』! ボクの魔術! それ以上説明してる暇なんて無い! 先に行くから!」

「あ、おい! 待てよあたしも──」


 一瞬だけ振り返って、これでいいでしょとばかりに答えた彼女は再び望子たちがいるのだろう方角へ向き直り、今度こそ泳いでいったフィンにウルが手を伸ばして追いかけようと駆け出す姿勢をとった時。


「──ま、待ってくれ! 勿論ミコたちも心配だが、そちらは任せてもいいか!?」

「は!?」


 未だ先程の余韻が耳に残っているのか若干ふらふらとしながらルドが彼女に声をかけると、ウルは『何を言ってんだこいつは』と言わんばかりに思わず声を荒げ、ザザッと足を止めて振り返る。


「さっきの合図だが……最初に一回、間を置いて三回の合図は想定外の事態を意味する! つまり……!」

「……貴方たちの言う、黄色の風以外の何かが襲って来てるかも、って? それなら何とかなるんじゃないの? ……それとも、信用してないのかしら」


 そんな彼女に自分たちだけが分かる先程耳に届いた破裂音の回数の意味を語り、俺が向かわなければと訴える彼に対して、ハピとしても速やかにフィンを追いかけ、望子を探さなければならない為、話を早く終わらせるべく結論を急がんとしたのだが──。


「ち、違うが……だと、しても……! 頭領として、部下を……仲間たちを放ってはおけないんだ!」


 その一方、彼は言葉に詰まりながらもハピの言葉を否定し、鋭い爪を携えた拳をグッと握って叫ぶ。


 ……そう、彼は頭領。


 祖母や母親のあまりに大きな影響で持ち上げられたといっても、翼人ウイングマンたちのおさには違いないのだから。


「……ッ! あぁもう! 分かった、分かったよ! 好きにしやがれ! 元々てめぇなんか当てにしてねぇんだからな!! さっさと行けこの馬鹿!!」


 ルドの必死の懇願を受けたウルとしても、仲間を想うその気持ち自体は分からないでもなく……一瞬の葛藤の後、彼を指差して語気を強めに言い放った。


「……っ、すまない! エスプロシオ、お前も──」

『グ、グルルゥ!』


 彼女の罵倒にも似た許しを受けたルドは、共に行こうと既に立ち上がっていた鷲獅子グリフォンに声をかけるも、いつもは割と従順な筈のエスプロシオは、彼の言葉に反対する様に首を横にぶんぶんと振る。


「……残る、というのか? まさか、責任を……分かった、お前は彼女たちの力になるんだ。 ウル、ハピ! こいつを頼む! 足手まといかもしれないが……!」

「……分かったわ。 ちゃんと面倒は見るから」


 言葉は分からずとも心でエスプロシオの想いを感じとったルドが二人に頭を下げると、同じ様にエスプロシオも小さく唸りながらその首をもたげ、彼らの嘆願を聞いたハピは溜息をつきながらも、確かな決意を瞳に秘めた鷲獅子グリフォンの強い意思を受け入れた。


「あ、あぁ! ありがとう……ハピ、これが終わったら改めて、俺は貴女に求婚プロポーズを──」

「いいから早く行きなさいなっ!!」

「す、すまない! ではっ!」


 ルドは安堵した様に表情を明るくさせながら、彼女の眼をしっかりと見て懲りずに婚約を申し込まんとしてきたが、そんな彼の空気を読まない発言にカチンときたハピが心底苛立ってそう怒鳴りつけると、ルドは慌てた様子で翼を大きく広げ、今なお未知の脅威と戦っているのだろう仲間たちの元へ飛び立っていく。


「──ったく……おい、あたしらもフィンを追うぞ! エスプロシオ、ついてこれるんだろうな!?」

『グルルァアア!!』

「っし、行くぞ!!」


 飛び去っていく彼の姿を呆れた表情で見ながらも振り返って発破をかけると、エスプロシオがその雄大なる翼を広げ……これまでで一番大きく、そして勇ましい嘶きを上げた事で、それを聞いたウルは改めて気合を入れ直し、エスプロシオとともにフィンを追う。


「望子、無事でいてね……!」


 そして、ハピもその後を追いながら……望子の姿を脳裏に鮮明に浮かべて心から無事を祈っていた。


 彼女たちは結局、揃いも揃って魔族ローアの心配などしなかったが、それをここにいない彼女が知る由もない。

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