勇者スイッチON
食事の速度に多少の差はあれど、おかわりの分まですっかり食べきった望子たち。
食器の片付けもレラと望子が終わらせ、彼女たちは大樹の葉を煎じた香り高いお茶を飲んで寛いでいた。
「──いやぁ、美味しかったよ。 君は料理上手なんだね、ミコ君。 それに火化なんて難しい魔術を手足の如く扱えるとは……人族も見かけによらないね」
「そ、そうかなぁ……ぇへへ」
そんな中、控えめに音を立ててお茶を飲むルイーロが望子に目を向け、料理だけでなく魔術の扱いも素晴らしいと心から称賛すると、望子は照れ臭そうにしながらも満更でもないといった風にはにかんでいる。
「ふふ、えぇ本当に……結局私が教える事なんて殆どなくてね? 寧ろ私が色々と教わっちゃったもの。 出来るなら養子にしたいくらいだわ」
「それは駄目だよ! みこはボクのだからね!」
「お前のじゃねぇだろ馬鹿」
レラも夫に同意する様に、望子の綺麗な黒髪に手を伸ばして優しく撫でながら微笑んでいたものの、それを真に受けたフィンが望子を抱きしめて権利を主張すると同時に、ウルからの厳しめのツッコミが入った。
「大丈夫よ。 取ったりしないから安心して、ね?」
そんな彼女たちのやりとりを見たレラはクスッと微笑みつつも、『喧嘩は駄目よ?』と優しく告げる。
「……君たち、今日は泊まっていくんだろう? 部屋は余っているから問題ないけれど、明日以降も滞在するなら他に空いている広い住居を提供するよ?」
「いや、あたしら明日にはここを発つ予定なんだ。 何つったか、あの……黄色い、風? それに襲われる前に山を下りた方が良いってスピナに言われてよ」
その後、わざとらしく咳払いしてから話題を変えたルイーロの言葉に、ぐでんと椅子に座り込んでいたウルが、『よっ』と声を上げてきちんと座り直したかと思えば、今度は足を組んで座りつつも今朝のスピナからの忠告をそのまま彼に話してみせた。
──瞬間。
「──あぁ、そうか。 そうだったね。 確かにそれなら長居はおすすめ出来ないか」
……両肘を机について、組んだ両手を口元へ持っていく彼の表情は極端なまでに曇ってしまっている。
「……ねぇ、一ついいかしら。 その……正体不明の風が貴方たちにとって脅威なら、別の山だの森だのに移住すればいいんじゃないの?」
そこへ割って入る様に危険を回避する旨の提案をしたハピに対し、ここまで沈黙を貫いていたいたスピナが机に置かれた緑色の小さなクッションの上で羽休めしつつ、首をふるふると横に振った。
『それがそうもいかなくてねぇ……あたしたちはこのリフィユ山から離れる訳にはいかないんだよ』
「ふむ、何か理由が?」
それを聞いて、いつも通り興味津々といった様子のローアが顎に手を当て問いかけると、ルイーロは軽く息をつき、真剣な表情を湛えて鋭い嘴を動かす。
「単純な話ではあるんだけど……僕たちはもう随分と長くここを住処としているんだ。 それこそ義母さんが産まれるよりも前からずっと。 僕たち翼人は他種族よりも一層先祖を重んじる傾向にあるからね。 脅威に晒されているからと彼らが遺したこの場所を捨てるなんて事は出来ないし、したくないんだ」
『たとえ命を捨てる事になっても』と付け加えて話し終える頃には、彼の表情は決意と遺憾が半々に入り混じった様なちぐはぐな笑みへと変化していた。
「そんな……しんじゃったらいやだよ」
どうやら望子は特に最後の一言に強く反応し、軽く身を乗り出しつつも俯いて小さく呟いていたが。
「……ふふ、心配してくれてありがとうね、ミコちゃん。 でもこれは私たちの総意であり……宿命なの。 相手が風なら尚更、ね?」
「あぁその通りだ。 当然、俺も退くつもりはない。 今は一方的にしてやられているが、いずれは……」
隣に座っていたレラが先程よりももっと優しい手つきで頭を撫でてくれた事で、余計に悲しくなってしまった望子がうるっと目に涙を溜める一方、現頭領のルドも、母親であり先代頭領でもあるレラに賛同する様に、鋭利な爪を備えた拳を胸の前に掲げ、ギチッと音が聞こえてくる程に強く握りしめている。
「──ねぇ、みんな」
そして、翼人たちの覚悟を目の当たりにした望子は、ごしごしと溜まった涙を拭い、その小さな口を開いてウルを始めとした仲間たちに声をかけたのだが。
「あー……ミコ、お前が何を言いたいのかってのは大体分かってる。 けどな、あたしたちには目的があるんだぞ、これとは別に……大きな大きな目的が」
「そ、れは……そう、だけど……でも……!」
……瞬間、ウルが腕を伸ばして望子を制し、その愛らしくも決意に満ちた表情をした勇者に粛々と言い聞かせる様に語り、普段なら絶対に望子には向けないだろう鋭い視線で睨みつける。
そんな彼女の気迫に押されつつも、望子が言葉に詰まりながら反論しようとした時、この空気の中でも呑気にお茶を味わっていたフィンが、『あのさ』と口を挟んだ事で望子とウルは同時にそちらを向いた。
「別に良いんじゃない? ボクたちが協力すれば大抵何とかなるでしょ。 前もそうだったし……それにほら、今回はこの子もいるし、ねぇ?」
「……む? あ、あぁ。 そうであるな……」
彼女はさも何でもない事の様にそう言って、隣に座るローアの手入れが行き届いてなさそうな銀色の髪を雑な手つきで叩きながら望子を援護するも、ローアは何故か少しぎこちない返事をしつつ頷いている。
「お前なぁ……そんな簡単に──」
「協力? 待ってくれ、さっきから何の話だ」
『いかねぇんだよ』とウルは心底呆れ返った様に彼女に対してぼやこうとしたのだが、フィンの言葉に出て来た『協力』という単語に引っかかったルドが身を乗り出し、望子たちを見遣って尋ねてきた。
「えっ、と……その、きいろいかぜ? をなんとかするの、わたしたちもてつだっていいかなって」
「ちょ、ミコ……」
ウルの制止も虚しく望子は彼の問いに拙い口調で答え、本日二度目となる手伝いを申し出る。
……規模が、違いすぎてはいるが。
「……え、君たちが、かい? それは──」
「ミコちゃん、気持ちは嬉しいわ。 でもね、お料理の手伝いとは違うのよ? とっても危ないの。 分かる?」
その言葉に真っ先に反応したのはルドでもスピナでもなくルイーロであり、彼は特に望子とローアに不安げな目を向けながら呟いており、更にはレラも望子の肩に優しく手を置き、まるで自分の子に言い聞かせるかの様に少しだけ語気を強めて諭そうとした。
「わかってるよ……でも……わたし、ゆ──むぐっ」
「……ゆ?」
それでも望子は決して譲る事なく、肩に置かれた羽毛の生えたレラの手に自分の小さな手を添えたはいいものの、思わず自分の正体を口にしかけた事に気がついたフィンが望子の口を塞いだ事で何とか免れる。
望子が言い損ねた何かが気になったレラは聞き返そうとしたが、当のフィンはあたふたしつつも──。
「……ゆ、勇敢だからみこは! こう見えて! ね!」
「む、むぐ」
決死の誤魔化しを敢行した事で、以前も似た様なやりとりをした事を思い出した望子は、彼女への謝意も込みでフィンの言葉に首を縦に振ってみせた。
その時、クッションからパサっと飛び立ったスピナが未だ納得のいっていないレラの前に降り立つ。
『……良いんじゃないかね。 今は猫人の手も借りたいくらいなんだ。 それにこの子たちはあんたたちが考えてる何倍も有能だよ。 一人残らず、ね』
(猫の手も、ってやつかしら。 異世界にもあるのね)
渋面のレラとルイーロを諭す様に可愛らしくも真面目な声音で告げる一方、ハピは彼女の言葉で日本の諺を思い返し、そんな些末な事を考えていた。
「……そうだな。 俺も賛成だ。 少なくともハピは俺より強いんだ。 他の四人もきっと大きな戦力になる」
「……二人はこう言ってるけど、どーする?」
ルドが祖母に賛成する様に腕組みをして頷き、真剣な表情を自分の両親に向けると、それを聞いたフィンは首をかしげつつ援護するかの如き発言をする。
当の二人はしばらく俯いて思案した後、考えがまとまったのか同時に顔を見合わせて──。
「……分かったわ。 正直、私たちだけじゃあほぼ手詰まりだったのも事実だもの」
「そうだね……ミコ君、それに君たちも。 同胞たちをこれ以上失わない為に、力を貸してほしい」
諦めの感情も混ざっているのだろうその声で、望子たち五人の目をしっかりと見つつ、立ち上がったかと思うと深々と頭を下げて、それに続く様にルドとスピナもペコっと同じく頭を下げ願い乞う。
「おおかみさん……」
そんな翼人たちを見た望子が、唯一といってもいい明確な反対意見を持っていたウルをジーっと見つめ。
「……しゃーねぇな、やるか」
「! うん! ありがとう!」
彼女は深く深く溜息をつきながら椅子にもたれかかって……嫌々ではあるが賛同してみせた事で、望子はウルの言葉に嬉しそうに反応してから彼女に抱きつきつつ、『がんばろうね』と翼人たちに声をかけ、彼らも顔を上げて感謝の言葉を口々に述べた。
……その一方、彼女たちの輪に加わる事なく俯いて腕を組みながら何かを思案していたローアは。
(……何を置いても優先すべきはミコ嬢。 我輩の想定通りならば、最悪この集落も翼人も捨て置けば良いが……そうもいかぬのであろうな)
一見、非情ともとれるそんな考えをグルグルと思考の渦巻く脳内で繰り広げており……かつて、一人の女性の哀しい涙を止める為に、単身で数万を優に超える魔族の軍勢に挑んだ男の姿を思い出しながら──。
(全く……いつの世も勇者というのは、良心的で、道徳的で、そして──利己的である事よなぁ)
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