翼人の集落
『──見えてきたよ。 あれがあたしたち翼人の暮らす集落……その名もフルーグさね』
ルドやスピナの語る翼人を襲う謎の風についての話が一段落ついた頃、望子の肩に乗るスピナが声を上げつつ指差す様に片翼を前に向けると、望子たちの視界に高い木製の柵に囲まれても尚その姿を確認出来る程の、青々とした葉をつけた大樹が映る。
「すごーい……いえがきのうえにたくさん……」
「樹上住居……いや、樹上集落といったところであろうか。 中々見事なものであるな」
望子が『ふわぁ』と感嘆の息を漏らし、大きな木の実が生っているかの様に樹上に組まれたいくつもの木製の家を見上げていると、ローアも望子と同じく感銘を受け、記憶にある似た様な造りの物と比べつつも、ふるふると首を横に振ってから言い直していた。
「ふふ、そうだろう? といってもこれは先人たちの知恵によるもので、俺たちはその恩恵に肖っているだけなんだが──っと、来たか」
「──頭領! スピナ様!」
「お帰りなさいませ! ご無事で何よりです!」
『へ〜』、『ほぅ』と感心している二人に対し、ルドがそんな風に誇らしげに語っていると、柵の近くに設置されていた櫓の様な場所から雄の翼人が二人飛び出し、ルドとスピナの前に片膝をつく。
「あぁ、ご苦労……俺たちが出ている間に何か変わった事はなかったか?」
「えぇ特には──それより頭領、その者たちは?」
彼らを見下ろしながらルドが労いの声をかけ、先程話した驚異の事もあってか念の為にも確認するも、彼らはスッと顔を上げて問題ないと返事をしつつ、見張りの一人が望子たちを見遣って何者かと尋ねてきた。
「……あぁ、まぁ……客人、だな」
「きゃ、客人ですか?」
「それはまた、何と言いますか……その……」
そんな部下の問いかけにルドは気まずそうにしながらも小さな声で彼らに答えたのだが、それを聞いた二人の翼人は一様にきょとんと顔を見合わせて、パチパチと瞬きしながらルド以上に気まずげに言いごもる。
『うふふ、言いたい事は分かるわ。 この子が頭領になってから、人族にせよ亜人族にせよ、他種族を招き入れる事なんてなかったものねぇ』
「……婆様、余計な事は言わなくていい」
それを見ていたスピナが口元に翼を当てて、軽く笑いながら揶揄う様に笑うと、ルドは若干だが拗ねた様子でそっぽを向いて、スピナをジロっと睨みつけた。
『はいはい。 まぁ、この子の言う通り彼女たちは大事なお客人よ。 丁重に扱ってちょうだいね』
「了解しました、スピナ様!」
「それでは皆様、どうぞお通り下さい!」
一方、スピナは不機嫌になったルドを宥めつつも見張りたちにそう伝え、先々代からの指示を受けた彼らはビシッと敬礼しつつも集落を囲む柵の中央に位置する扉を開き、望子たちを招き入れる。
「……ブライス、アレッタ、随伴ご苦労だったな。 今日はもう休んでくれていい」
「え──あっ、ありがとうございます頭領!」
「……また何かありましたら、いつでもお声掛けを」
その扉を越えて集落に足を踏み入れた途端、ルドが二人に暇を与えようと声をかけるも、いつもより明らかに優しくなっていた彼の様子に違和感を感じつつ、二人はルドとスピナ……そして、ついでの様に望子たちにも一礼し、翼を広げて住処へと戻っていった。
そして、望子たちが扉の向こうへ歩を進めると、彼女たちから見える範囲だけでも大小様々な翼人たちが生活しており、グルリと高めの柵で囲まれている事からも閉鎖的な共同社会ではあるのだろうが、それでも平穏に暮らしているというのは見てとれる。
「ほー、畑もあって池もあって……」
何気なくそう呟いたウルの視線の先には、豊富な種類の野菜が植えられたそこそこ広大な畑を耕していたり、付近の川から引いているのだろう澄んだ池で魚に餌をやっている翼人たちの姿があった。
「こういうのほほんとした場所で、眉間の皺を伸ばしながら余生を過ごすのも悪くなさそうであるなぁ」
「そうね──あら? 何か空から……」
一方、ローアの年齢相応の発言に、ハピが賛同しようと口を開いた時……彼女たちに複数の影が差し、そんなハピの言葉と同時にその影は大きくなって──。
『『──グルルゥ!』』
『『『クルルル! 』』』
「ぅわぁ! なになに!?」
彼女たちの元に……いや、正確にはルドとスピナの元に、快活な鳴き声と共に鷲の上半身と獅子の下半身を持つ五頭の不可思議な生物が降り立ち、望子は驚いて近くにいたハピの後ろに隠れてしまう。
「鷲獅子……? ……あぁそういえば、さっきの貴方の詠唱にも出てきてたわよね」
「あ、あぁ。 そうだったな、ははは……」
(うわぁ……)
ハピは望子をよしよしと撫でながらも、翠緑の瞳を妖しく輝かせて荘厳な出で立ちの生物を見通し、あの時スピナに遮られたルドの詠唱をふと思い出して彼の方を見る一方、彼の顔は羽毛に包まれているが、それでもハピに見つめられ、かつ話を振られた事で照れているのだろう事は他者に然程興味の無いフィンでも分かってしまい……呆れ返っていたのだった。
「……成る程、これが対策であるか? スピナ嬢」
『ふふ、そういう事だね』
そんな折、鷲獅子たちを興味深そうに見ていたローアは、登山途中でスピナが口にしていた死奴隷鳥への対抗策がこれであろうかと尋ねると、彼女は微笑みながらも小さな首を縦に振る。
……鷲獅子という種は生まれつき、この世界における風の女神……カルデアの手厚い加護を受けているらしく、彼らに楯突き女神の怒りを買おうという鳥獣はほぼ存在しないとの事であり、だからこそ自分たちは彼らに安定した棲家と食事を提供する事で、代わりにこの集落を守護してもらっていると語ってくれた。
その後、スピナがパッと小さな片翼を鷲獅子たちへ向けると、五頭は一斉にその場へ伏せる。
「へぇ、馴れてんな」
「ちなみに父親がエスプロシオ、母親がアウラ、そして端からニヒ、ガラ、セールだ」
そんな鷲獅子たちの様子に感心していたウルに、ルドは『そうだろう』と胸を張りつつ、一頭一頭を指差して名前を呼ぶ度に彼らは『グルル!』 『クルル!』 と元気よく返事をしてみせた。
「へー……ねぇおばあちゃん、さわってもいい?」
『うん? あぁ、構わないけれど……流石に初対面の者には警戒心を露わにする事が多いからね。 まずはあたしが言って聞かせて──』
それを聞いていた望子がうずうずしながら、右肩に乗るスピナに『だめかな?』と声をかけると、彼女は望子の肩から離れて鷲獅子たちに『この子たちに危険はない』という旨を伝えようとしたのだが。
『『『……クルル?』』』
『『グルルゥ』』
『『『クルルル!』』』
瞬間、三頭の子供たちが両親に向け何かを尋ねる様にそんな声を上げると、おそらく了承したのだろう彼らが頷いた途端、子供たちは他でもない望子に向けてパタパタと小さな翼を羽ばたかせて飛んできた。
「わぁ! ぇへへ、かわいいね!」
『あ、あら……?』
望子はそんな子供たちをぎゅっと抱きしめて幸せそうに微笑んでいたが、それを見ていたスピナは『いきなり懐くの?』と不思議そうに首をかしげてしまう。
「……こ、子供たちはまだしも……エスプロシオとアウラもそれを許してるのか……?」
『生まれつき警戒心の強い種族である筈の鷲獅子が、一体どういう事だ?』とルドがその端正な表情を驚愕の色に染めてしまっていた中で──。
(……おい、これもしかして)
(まぁ、召喚勇者であるからなぁ。 受けている加護の厚さは鷲獅子ごときの比ではあるまいよ……くふふ、それが分かっているからこそのあの光景であろう?)
まさかと考えたウルが極めて小さな声で、どうせ事情を把握しているのだろう魔族に囁くと、当の彼女は心から興味深そうに……そして愉しげな様子で笑みを見せつつ答えたローアに対し、『駄目だこいつ』とウルは肩を竦めるしかなかった。
『ふふ、本当に不思議な子だこと……それじゃあそろそろあたしたちの家にご招待といこうかね』
「……そう、だな。 エスプロシオ、アウラ、彼女たちを乗せてやってくれ」
その後、鷲獅子の子供たちと戯れる望子の姿を微笑ましく眺めていたスピナがルドへ視線を向けて告げるも、彼はいまいち納得がいってないのか首をかしげていたのだが、ここで考えていても仕方ないと判断し、その背に鞍が装着された二頭の成体に指示を出す。
『『グルル!』』
「よろしくね、ふたりとも」
『『グルルォ♪』』
彼らは同時に大きく嘶いたかと思うと望子たちに近寄り、その前に伏せて乗ってくれとばかりに目を向けた事で、既に鷲獅子たちへの恐怖心など微塵も無い望子は、頭と両肩に子供たちを引っ付けたまま二頭を小さな手で撫でながら笑いかけると、彼らはどちらも嬉しそうに頷き、あまりにも大人しく撫でられていた。
……エスプロシオには望子とフィンが、アウラにはローアとウルが乗り、素で飛べるハピは肩にスピナを乗せて、ルドとともに大樹の天辺近くの彼らの家を目指して飛び立っていく。
(……ま、ボクもあそこまでなら浮けるんだけどね)
一方、フィンは大樹を見上げてそんな事を考えつつも、欲望のまま望子との二人乗りを楽しんでいた。
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