翼人を襲う風
野営の片付けを終えた望子たち一行は、ルドを始めとした翼人の案内の元、彼らの集落を目指していた。
アレッタとブライスを先頭に、その後ろに望子とローアが横並びで歩き、ウルが左、フィンが右、ハピが後ろを固める様に望子たち二人を囲み、そんな一行の最後尾をルドが大きめの歩幅で歩いている。
『──しかし……ミコちゃん、あんたは不思議な子だねぇ。 誰より小さく幼いのに、誰より大きく、それでいて誰より澄んだ魔力を持ってる』
「ぇ……わか、るの?」
その道中、そこが一番落ち着くと判断したのか望子の小さな肩で羽を休めていたスピナが望子の顔を覗き込む様にして、無垢な……それでいて全てを見透かすかの如き瞳を向けてそう口にすると、望子は聞き返しつつも脳内では『どうしようどうしよう』と勇者バレしないかとビクビクしていた。
『あたしが分かるのは、大まかな魔力量とその色くらいだけどね? こう見えても昔、魔族との戦に参加していた時期もあるからねぇ。 まぁ、昔といっても本当に昔……百年程前の話だけれど』
「その小ささでか?」
「「……っ!」」
そんな望子の心情とは裏腹に過去を懐かしむ様にふいっと空を見上げて語り出す一方、ウルが何気なく彼女の姿の事について問いかけると、それを不敬だと捉えたアレッタとブライスはバッと振り返って睨む。
『ふふ、流石にそれはないさね。 あたしら翼人は、産まれてすぐは本当にそこらの鳥と大差なくてね? 歳を重ねるごとにこの子たちの様な半人半鳥の姿になるんだよ。 そしてそこから更に歳を重ねていくと──』
「スピナ嬢の様に鳥の姿へ……という事であるな」
しかし当のスピナは小さな翼で二人を制し、翼人全てに共通する生態をなるだけ分かりやすく語り出したかと思えば、おそらくはそれを既に知っていたのだろうローアが継ぐ様に彼女の解説を締め括ってみせた。
『……うふふ。 やぁねぇローアちゃん。 嬢だなんて、あたしみたいな年寄りを揶揄うもんじゃないよ』
「くはは、まだまだお若く見えるゆえ。 気に障ってしまったのなら、平にご容赦を」
その時、スピナはローアが口にした『スピナ嬢』という呼称にきょとんとしていたが、すぐに気を取り直してクスクスと笑い、それを受けたローアは目上に対する社交辞令だとばかりに笑みを見せて一礼する。
(……でも多分こいつの方が年上だから、『嬢』でも間違ってねぇんだよな……)
尤も、そんな風に脳内で呟いたウルの考え通り、多めに見積もっても百歳と少しであろう翼人よりも、千年前に当時の召喚勇者に封印された過去を持つ魔族の方が年上だというのは純然たる事実なのだが。
(リエナと面識あったり……いや、それは後でいいわ)
それを後ろで聞いていたハピは、魔族との戦にならドルーカで出会ったあの狐人も出陣していたのだろうし、既知かどうか聞いてみようと思ったが、今じゃなくてもいいわねと思い返してから──。
「……そろそろ話してもらえるかしら? 例の厄介事とかいうのを。 あの鳥……死奴隷鳥とは違うのよね」
『……あぁ、そうだったねぇ』
望子の肩にちょこんと留まっているスピナに声をかけ、行きしな話そうと言っていた話題について問いかけると、スピナは溜息混じりにハピへ顔を向ける。
『……死奴隷鳥も確かに厄介だけど、あれに関しては明確な対策があるからねぇ。 厄介事っていうのはここ数年、風を操り風と共に生きるあたしたち翼人が、風に襲われるって事案が相次いでいる事についてさね』
「風に襲われる? それはまた興味深い話であるな」
その後、彼女はあくまで望子の肩に留まったまま器用に飛び跳ね後ろを向き、ウルたち全員に対して自分たちが巻き込まれている厄介事について簡潔に語るやいなや、一瞬のうちに研究者モードに入ったらしいローアが顎に手を当て愉しげな笑みを浮かべた。
そんな折、スピナは翼を口元に持ってきたかと思うと、気を引き締める為か小さく咳払いして。
『さて、どこから話したものか……最初に発生したのは五年前だったかね。 ある日、偵察の一人が本来の持ち場から遥か遠くの地点で全身に深い裂傷を負った状態で亡くなっていてね。それ以来……雌雄、年齢に関係なく幾人もの翼人が犠牲になっているんだよ』
極めて真剣な表情──やはり愛らしいが──を浮かべて、少しだけ声のトーンを下げて語り出す。
彼女の言う事には五年前にそれが起こって以来、総出で対策に当たってはいるらしいが……結局、肝心なところは何も分からず仕舞いである様だった。
「裂傷って……それだけだと風の仕業かどうかなんて分からないんじゃ? それこそ刃傷かもしれないし」
それを聞いたハピは、かつて王都の王城にて王や兵士を風で裂傷させて惨殺した事を思い出しつつ、決して明るくない表情と声音で彼女に問いかける。
「いや、それがそうでもない。 婆様も言ったが俺たちは風を操り風と共に生きる運命にある。 それゆえ風に関して俺たち翼人以上に詳しい者などそうはいないと自負している。 だからこそ断言出来る、あの傷は間違いなく風によるものだ」
そこへ突然、後ろをついてきていたルドが、ハピが会話に加わるのを待っていたかの様に極めて得意げな表情を見せて、頭領らしい確かな口調で言い切った。
「へー、そうなんだ──あれ? それでもその風の正体は分からないの? 詳しいんでしょ?」
「……それ、は……」
それを聞いていたフィンは何となく納得した様に頷こうとしたらしいが、詳しいなら何故いつまでも解決出来ないのかと首をかしげながらルドに尋ねると、完全に図星をつかれた彼は少しムッとしてしまう。
『それなんだけど……実を言うと、あたしたち自身その風をこの目で見た事は無くてね。 どうやら件の風は明確に狙いをつけてあたしたちを仕留めてる。 正体を探ろうにも、まずは自分で見てみない事には──』
思わず黙りこくってしまった彼の代わりといった様に、彼らを襲うその風は力で劣るもの……或いは単独で動いていたものを狙っている事、そしてスピナは自分を囮とする事も厭わないといった発言をする。
「スピナ様! 何を仰いますか! そんな危険な事を貴女様にさせる訳には参りません!」
「その通りです! それならば我らが翼人の平穏を取り戻す為の礎となりますゆえ……!」
しかしその瞬間、アレッタがバッと振り返り目を見開いて忠義からの叫びを上げると、ブライスもほぼ同時に振り返り、鋭い嘴を動かしてそう告げた。
──どうか御身お大切に、と。
『まぁこんな具合で、いつまで経っても平行線でね』
……そんな二人を見たスピナは呆れて溜息をつきつつも、自分を心配してくれているというのも分かるのだろう、少しだけ嬉しそうに苦笑いを浮かべる。
「……その風とやらの被害者に話とか聞いたのか? 生き残ってるやつとかいねぇのかよ」
「いるにはいる……いや、いたというのが正しいな。そいつらから話を聞いた事もあるが……口を揃えてこう言って、怯えながら死んでいくんだ──」
彼女たちの話をしばらく聞いていたウルが、被害者が全員亡くなっているとは言っていない事を思い返して問いかけると、ルドは苦々しい表情を浮かべて首を横に振り、口惜しそうに語りつつ一拍置いて──。
「──『黄色の風が襲ってくる』、と」
「……!」
真剣な声音で答えたはいいものの、問いかけたウルを始めとした勇者一行は一様に要領を得ないといった風に首をかしげていたが、唯一ローアだけは彼の発言に目を剥き、可愛らしい顔を驚愕の色に染めていた。
「黄色の風……? 何だそりゃ」
「……俺たちが分からぬ事を貴女たちに分かれというのも無理な話だ。 気にしなくて良い」
そんなローアの様子に気がつく事はなかったウルが改めて疑問をぶつけると、彼は肩を竦めて軽く息をつき、頭を振りつつ期待していないとでも言う様な発言をした事でウルは少しムッとしたが、分からないというのは紛れもない事実であり、大人しく口を閉じる。
『まぁそういう事だから……今日はうちの集落に泊まっていって、朝一番にでもこの山を越えていくといいよ。 いくらあんたたちが強くとも、正体不明の風の相手なんてごめんだろう?』
「まぁ……そうね。 お言葉に甘えましょうか?」
「……うん、そうだね」
その後、話を締め括る様にスピナが沈んだ声音でそう口にすると、ハピは少しの思案の後頷いて望子に笑顔を向けて提案し、そんなハピの優しい声に返事をした望子の表情は、かつてサーカ大森林で出会った銀髪の蜘蛛人の話を聞いた時と同じ様に見えた。
(なぁ、もしかしてミコ……勇者スイッチ入ったか?)
そんな望子の妙な様子に気がついたウルがフィンとの間で勝手に呼んでいる……困っている誰かを見過ごせない望子の一面が見えたのでは、とフィンの肩を抱きながら尋ねると、彼女も同じく身を寄せる。
(……うーん、どうだろうね。 ま、みこがやるって言うならボクは勿論やるよ?)
一方のフィンは、『ボクはこれでもみこに絶対服従だからね!』とサムズアップして主張し、ウルはそんな彼女に呆れ返って溜息をつき、なる様にしかならねぇかと露骨に諦めの感情を表に出すしかなかった。
──そんな中、ルドの言葉を聞きその目を見開いてからしばらく沈黙していたローアはというと。
「黄色の、風……いや、まさかな……」
……何か心当たりでもあったのか、顎に手を当て俯きながら小さく小さく何やら呟いていたのだった。
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!




