一触即発の鳥たち
狼狽する二人の翼人に、射殺さんばかりの視線を向けるハピを見ていた仲間たちはというと。
「あー……我慢出来なかったか」
「もー、ボクがやろうと思ってたのにー」
「くはは、意外と手が早いのであるな」
ある者はあちゃーと額に手を当てて、ある者は望子を抱きかかえながら片方の掌に殺傷力を持った小さな渦潮を呼び出し……またある者は、似た者同士であるなぁと彼女たちを交互に見ながら笑い飛ばしていた。
「……貴女たちもよ。 静かにしてなさいな」
「「「……」」」
そんな風に茶化す三人をハピが少しだけ睥睨し、声のトーンはそのままに彼女たちを諫めるやいなや、ウルたちは思いの外あっさりと黙りこくって、どうぞお好きにと言わんばかりの様子で彼女に続きを促す。
「いい? あの子……望子は私にとって自分の命より大切な存在なの。 それを生意気だの矮小だのと……」
それを見たハピは軽く溜息をついて再びアレッタたちにその鋭い視線を向けつつ、本人としてはなるだけ落ち着いた声で言い聞かせているつもりだったが。
視線と同じく冷めきったその声は沈む様に低く、傍からみれば脅しの現場にしか見えない。
現にアレッタとブライスは、先の一撃で眼前の鳥人が自分たちを上回る力量を有している事を理解し、腰を抜かしたりはしないまでも身体を震わせている。
「……っ、そ、それは……だがっ! それを言うならきさ……あ、あぁいや……あ、貴女の仲間たちも、我らの頭領を頭ごなしに侮辱して……!」
何とか絞り出した声でそちらにも非はあると主張したアレッタだったが、貴様と呼ぼうとした瞬間に怖気付き、貴女と言い直す程度には怯えてしまっていた。
「それはあの頭領だのが先に望子を脅したからでしょう? あれが余計な事をしなければ、あの娘たちだってあんな風に口汚く罵倒したりしなかった──筈よ」
翻ってハピは、震える声で愚にもつかない言い訳を始めたアレッタを妖しく光る眼で睨みつけ、そう言い終わると同時にチラッとウルたちの方を見たが、すぐに視線を戻して再び二人を威圧する。
その一方、ハピの話に自分たちが出て来た事に何となく気がついたウルたちはというと。
(……そうか?)
(いやぁ、どうだろうね)
(遅かれ早かれ、といったところであろうなぁ)
ハピの魔術によってルドが吹き飛んだ方角へ目を向けて、おそらくハピがやらなければ自分たちの誰かがやっていただろう、とそんな風に呟き合っていた。
……ちなみに望子は、先程より多少落ち着いた様子ではあったが未だにフィンに抱きついたままである。
「く、うぅ……だからと、いって……! 簡単に納得出来るはずがない! 貴女がやったのは、我々を完全に敵に回す行為──っ!? と、頭領!? ご無事で!?」
そんなウルたちをよそに、アレッタより明らかにハピに恐怖を覚えていたブライスが、右手に持つ槍で何とか自分を支えながらもそう口走ろうとした時、ガサガサッという音とともに薙ぎ倒された木々の奥からハピの手により吹き飛ばされたルドが姿を現す。
「……あぁ、何とかな……それよりも、だ……」
だが彼の身体は既に土埃に塗れ、枝葉が付着し、荘厳ささえ感じさせた翠緑の羽毛はボロボロになっており、満身創痍と言わざるをえない状態だった。
「何かしら? 言っておくけれど、私は謝らないわよ。 私、何にも悪い事してないもの。 貴方と違って」
「……理解しているのか? 貴女が今やった事は、我が集落に住まう翼人全員を敵に回す行為で──」
そんな彼の姿を見ても、一切の表情を変える事なくしれっとそう言ってのけたハピに、ルドは静かな怒りを浮かべながら彼女に勝るとも劣らない深く昏い眼光を向けて脅しにも似た言葉を告げんとする。
「それ、さっき貴方の部下からもう聞いたわ。 同じ事を二度も三度も聞かされる身にもなりなさいな」
「ぐ……! きさ、ま……!」
しかし、その言葉を遮る様にハピが溜息をつき侮蔑の視線を送ると、どうやらいい加減我慢の限界だったらしく二人称が貴女から貴様へと変わり、再び彼の周囲に淡い緑色の風が巻き起こり始めた。
「あら、呼称が変わったわね。 相当ご立腹の様だけれど、これでもまだ私を番にしたい?」
「……いいや、もういい。 婚約は破棄する」
それでも彼を煽る様な発言と嘲笑を止めようとしないハピに、ルドは胸の前で魔力を込めていた右腕をだらんとさせ、怒りを通り越してしまったのか、少し俯いた状態で彼女に視線すら向ける事なく……小さな、しかしハッキリとした声音で自分の発言を撤回する。
「と、頭領……?」
「そもそもしてねぇけどな婚約なんて」
決めた事は絶対に譲らない、そんな普段の彼をよく知っているアレッタは今のルドの様子に強い違和感を抱き声をかけようとする一方、ウルが小さく正論を呟いて、面倒ごとを起こしたルドに鋭い視線を向けたものの、他に意識を割いている余裕も無いらしい彼は返事をするどころか彼女の方を見ようともしない。
「……だが式は執り行う事になるだろう……他でもないお前たちの……葬式をなぁ!!」
「……やってみなさいな、今日という日を貴方の命日にしてあげるわよ」
その瞬間、叫び放つと同時に先程よりも遥かに強く大きな深緑の魔力が爆発的に放たれ、それに同調し、対抗する様にハピも飛び上がりながらルドを大きく上回る緑青の魔力を強靭な脚の爪に集めていき──。
「──『吹き荒れろ翠緑の風! 大地を掴み天を翔ける、鷲獅子の如き力を──』!」
「とっ、頭領!? それは──!」
力強い声音で詠唱し始めると同時により色濃くなった風が巻き起こり、彼の姿が次第に薄れていく一方、それを垣間見たアレッタは表情を驚愕の色に染め、彼を止めようと手を伸ばした。
(ほぅ、『風化』……しかし、あの程度の魔力量で行使出来る魔術では無い筈。 仮にも超級であるぞ?)
……そう、ローアの見立て通り、彼が行使しようとしていたのは火化と並ぶ超級魔術。
多少、腕に自信があるレベルの使い手に扱える魔術ではない事はローアも分かりきっていた。
それを理解し、無謀だと思ったからこそアレッタもルドを止めようとしたのだろう。
──まさに一触即発な空気の中。
『──ルド、そこまでにおし』
「っ!? この、声は……!」
「まさか、あの方がここに!?」
「一体、何故……いやそれよりもこの状況は……!」
少しくぐもった甲高い声が響き渡ると同時に、ルドを始めとした三人の翼人が露骨なまでに焦りだし、周囲を見渡してその声の主の居所を探し始めた。
「……んん? 何だこれ、どっから聞こえてきてんだ」
「あれじゃない? あの鳥」
一方、特に聴覚が優れている訳でもないウルは、彼らと同じくその声が何処から聞こえてきているのか分かっていなかったが、フィンだけはその声が聞こえた瞬間、薙ぎ倒されていない木に留まっていた緑色の丸っこい小鳥がそうだと識別し……それを指差す。
「は? あのちっこいのか? まさか……」
ウルはポカンと口を開け、いやいやそんなと思いつつもそちらへ視線を向けていたのだが──。
『そのまさかだよ、人狼。 ちっこくて悪かったねぇ』
「ま、マジ? お前も翼人ってやつなのか?」
その小鳥が枝から飛び立ったかと思うと、ふわっと着地しながらそう告げた事で、ウルは地面に降り立った小鳥におそるおそる近づきつつ問いかける。
「ぶ、無礼なっ! 控えろ人狼!」
「その方は──先々代頭領だ」
その時、いつの間にかその小鳥に向け、片膝をつき跪いていたブライスとアレッタが、かたやウルを叱責し、かたや静かな声で小鳥の正体を口にした。
「……先々代? これがか?」
「かわいいね何か。 ほらみこ、見て見て」
「ぇ……? あ、ほんとだ……まるっこくてかわいい」
『ふふ、光栄だねぇ』
アレッタの言葉に疑問しか抱けないウルは小鳥を指差す一方、フィンが腕の中の望子にその小鳥を見る様に勧めると、話を振られた望子は目に涙を溜めながらもフィンに抱っこされたまま小鳥を撫でる。
「鳥は見かけによらぬのであるよ。 ミコ嬢や我輩程では無いにしろ、中々の魔力を有している様である」
「……これがか?」
そこへスッと屈み込み、いやいやと首を横に振った少女姿の上級魔族が、小鳥から溢れんばかりに湧き出す緑色の魔力を見通してそう言うと、ウルは信じられないといった表情で先程と同じ言葉を発してしまう。
「……それで? その先々代頭領とやらが一体何の用かしら? 見ての通り、取り込み中なのだけれど」
そんな中、水を差されたハピが少し苛立ちながら問いかけると小鳥は不意にハピの方を向いて。
『その事なんだけどねぇ。 どうだろう、あたしに免じて、この辺で手打ちにしてやってもらえないかね?』
トントンと一歩二歩彼女へ近寄る様に小さく飛び跳ねて、文字通りの低姿勢でそう口にする。
「「は?」」
──あまりに突拍子の無い先々代の提案に、ハピとルドは思わず声が揃ってしまっていたのだった。
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