求婚する翼人
「つ、番って貴方、いきなり何を……」
「美しい亜麻色の翼、透き通る様な翠緑の瞳、高貴ささえ漂わせるその出で立ち……どこをとっても素晴らしい! こんな出会いは生涯無いだろう!」
舞い降りた翼人の頭領ルドに突然の求婚を受けたハピの脳内では今、驚愕と困惑の感情だけが渦巻いており、別段頬を赤く染めたりする事もなく声をかけるも、そんな彼女に構わずルドはバッと立ち上がり、声を高らかにしてハピの容姿を褒めちぎる。
すると、それを聞いていた望子を除く仲間たちはパチパチと心にもなさそうな軽い拍手をしながら。
「異世界で結婚すんのかハピ。 おめでとさん」
「いやはや……一党に加入して早々、寿脱退を目にする事になるとは。 縁起が良いのか悪いのか」
「みこはボクたちに任せて幸せになってねー」
非常に珍しく声を揃えて一様に、彼女たち二人を祝福するかの如き発言をしてしまっていた。
「あ、貴女たち……! 他人事だと思って……!」
一方、未だに手をルドに握られた状態のハピは、我慢の限界が近いのかこめかみをひくつかせている。
……ほぼほぼ他人事だというのはどうしようもなく事実である為、仕方ないといえばそうなのだが。
「──さぁ、貴女の仲間たちもああして祝福してくれている事だし、祝言を挙げるとしよう! ブライス! アレッタ! 俺はこのハピを妻に迎えるぞ!!」
ルドはウルたちの言葉を真に受け、決定事項だとばかりにハピに詰め寄り上機嫌で捲し立てた後、どうやら直属の部下だったらしい二人の名を呼び宣言した。
「おぉ! ついに頭領が身を固める決意を!」
「……頭領、いくら何でも性急すぎます。 もう少し節度を持って、段階を踏んでからがよろしいかと存じます。 まずは清く正しい交際からですね……」
ブライスと呼ばれた雄の翼人は、おめでとうございます! と片膝をついた状態から頭を下げて祝福し、アレッタと呼ばれた雌の翼人は諭す様にルドに話しかけたものの、彼が既に自分たちの方を見ていない事に気がつくやいなや深く溜息をつく。
「……おおかみさん、とりさんけっこんするの?」
「ん? ……あー、まぁこの調子だと……そうなるかもな。 つっても向こうが勝手に言ってるだけで、あいつにその気はねぇんだろうが」
そんな中、先程からずっとその小さな口を閉じていた望子が、ゆっくりとウルに近寄り彼女の服の端を摘みつつ尋ねると、どう言ったもんかと思案した後で、望子がどういう答えを求めているのか彼女には分からなかった為、是とも非ともとれる言い方で答えた。
「そっ、か……うぅん、それでも……」
「ミコ……? お、おい! 何でそっちに!」
それを聞いた望子は摘んでいた服を放して、普段は見せる事のない暗い表情を浮かべながら歩き出し、そんな望子を見て違和感を覚えたウルが手を伸ばして止めようとするも既に遅く、望子はハピとルドが何やら言い合っている方へとゆっくり近づいていく。
「ちょっといい加減に──望子?」
一方、初対面の異性に手を握られ続けている事に嫌悪感さえ覚え始めていたハピは、いつの間にか近寄って来ていた望子に気がつき、きょとんとしてしまう。
「あ、あのっ……」
すると望子は極めて控えめに、されど確かな決意を持って口を開き……話しかける。
……ハピではなく、ルドに。
「……ん? 何だいお嬢さん。 悪いが俺は……いや、俺たちはこれから忙しいんだ。 用があるなら後で──」
当のルドは、妻の仲間なのだろうとは理解していたものの、大した興味も無さそうに片手をヒラヒラと振って再びハピへと視線を戻そうとしたその時。
「──らないで」
「……何だって?」
そんな彼の言葉を遮る様に何かを小さく呟いた望子の声を、ハッキリ聞き取れなかった彼は聞き返す。
「とりさんを、とらないで……!」
「……とりさん? 何の話だ」
それを受けた望子はすぅっと息を吸い、彼の切れ長の鋭い目をしっかり見ながら震える声でそう口にするも、まるで聞き覚えの無い名前が出てきた事に、全く理解出来ないといったルドはカクッと首をかしげた。
「とりさんは、わたしのだから……ずっといっしょにいたんだから……とらないでっていってるの!」
「望子……!」
少しずつ黒い瞳を潤ませながらも望子が、ハピは自分のものだという意思をハッキリと伝え、ハピはそんな望子の言葉を聞いて、あまりの嬉しさに思わず感極まり、何なら泣きそうになってしまう。
「……お嬢さん、謝るなら今の内だぞ? 俺は……そういうふざけた冗談は嫌いなんだ」
「……っ」
するとルドは漸く理解した様で、鋭利な爪を携えた手をパキパキと鳴らして、その眼光を持って望子を威圧せんとし、されどここまでの旅で様々な経験をしてきた望子は今更この程度で後ずさったりはしない。
……多少、恐怖で震えてはいた様だが。
「貴方ねぇ……!」
それを察知していたハピは怒り心頭といった具合でルドを睨みつけ、苦言をぶつけようとした。
──瞬間。
「──おいおいフィン、聞いたか? あんなふざけた面晒しといて冗談が嫌いなんだと」
「あは、面白ぉい。 碌に人の話も聞けないなら巣に引き篭もってればいいのにねぇ」
……いつの間にか望子の作ったサンドイッチをその手に持って食べながらウルとフィンが、魔族かと見紛う程の昏く邪悪な笑みを浮かべて口を挟む。
「……何だと?」
ルドはそれを聞くやいなや、望子から二人へ視線を移しつつ先程より明らかに怒った様子で凄んだ。
「きっ、貴様ら! 何という口の利き方を……っ!」
「我らが頭領を馬鹿にしているのか!?」
アレッタとブライスも彼女たちの嘲る様な言葉に激昂し、鋭い槍の先をそちらへ向けたその瞬間。
「──あ? 事実だろうがよ。 同情するぜ、そんな馬鹿野郎に付き従ってんだもんなぁ」
「正直ボクはどっちでもよかったんだけど……子供脅すなんて論外。 ハピが幸せになれるとは思えないよ」
ウルはブチっとハムとチーズが挟まったサンドイッチを噛みちぎって彼らを憐むかの如き発言をし、フィンは望子に手招きをして、おーよしよし、怖かったねぇ、と抱きしめながらついでにハピもフォローする。
一方の望子は、フィンの豊かな胸に顔を埋める様にしてぐずぐずと泣いてしまっていた。
……どれだけ虚勢を張っても八歳児なのだから。
「……今なら、謝れば許してやる。 祝言にも招待してやろう。 俺は、寛大だからな」
「あぁ……?」
するとルドは少し俯きその鋭い視線だけをウルたちに向けてそんな風に言いつつも、言葉の節々から感じられるその尊大さにウルはイラッとしていたが。
「これは異な事を言う。 そもそも諍いの原因は貴様であろう? 理解できるのであるか? 害鳥よ」
突然ローアがウルたちを援護する様に、嘲笑しながら自分の頭をトントンと指で叩いてそう告げた。
……どうやら彼女としても、観察対象であるとはいえ望子の涙は見たくなかったらしい。
「──もういい、分かった。 これは、試練だな?」
「「「は?」」」
だが、それを聞いたルドがここで漸くハピの手を離してゆっくりと嘴を動かしそう告げた事で、何のこっちゃという様に口をポカンとさせるウルたち三人。
「『魚を獲んとすればまず水場を得よ』……我ら翼人の格言の一つだ」
「……何を言ってやがる」
ルドがバッと薄黄緑色の羽毛が生えた片腕を横に広げると同時に、控えていたブライスとアレッタが槍をハピ以外に向けて、いきなり訳の分からない事を語り出したルドにウルは苛つきながらも聞き返す。
「……ハピを手に入れる為にはまず、お前たちを蹴散らさなければならなかったという事だ。 人狼も人魚も白衣の娘も……何より! 生意気にも俺に抗弁してきた矮小な小娘! お前だけは──」
ルドはザッと一歩前に出つつ、頭領に相応しい魔力も有していたのだろう、純血としては随分と規模の大きい透明な淡い緑色の風が彼の周囲に吹き荒れる。
彼がフィンに抱きついたままの望子に鋭い爪を向けて、戦闘の幕開けだとばかりに鋭い爪を向けた。
──その時。
「『風射』」
「なっ──うっ、ぐぉああああああああっ!?」
ルドの後ろに立っていたハピが底冷えする様な低い声で魔術の名を呟くやいなや、彼女の右の爪から放たれた真空の砲弾がルドを襲い、彼は何本も何本も木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされてしまう。
(……今のもしかして、あん時のやつか?)
……それは、かつてウルの口を塞ぐ為に放った風の弾丸が、名付けられた事で強化された魔術だった。
「「とっ、頭領ぉおおおお!?」」
突然の事態に一瞬だが呆気に取られていたブライスとアレッタは、ハッと意識を取り戻したかと思うとバサっと大きな翼を広げ、悲痛な面持ちで叫んで彼がいるだろう方角へ飛んでいこうとしたのだが。
「──黙りなさいな」
「「っ!?」」
先程よりも更に冷え切ったハピの声に二人は思わず言葉を失い、彼女から目が離せなくなってしまう。
……それも無理はないだろう。
ハピの表情は今や、魔王や邪神もかくやという程の静かで激しい怒りの感情に彩られていたのだから。
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