山中での野営
思いがけないウルの活躍により死奴隷鳥を無事に追い払い、難を逃れる事が出来た望子たちは、当初予定していた野営を行う事になった。
ドルーカ前の草原の時と同じ様に、望子が調理でフィンはその手伝い、ウルとハピが見張りをしていた。
「──ろーちゃん、それなにやってるの?」
「む? あぁ、これは……そうであるな……」
そんな中、調理が一段落ついて手持ち無沙汰の望子が、隅の方で作業に没頭していたローアを覗き込んで尋ねると、そんな望子に気づいた彼女は、『触媒となる薬品の調合』を何と説明すべきかと迷っていたが。
「……あー、つまりは……魔術を扱うのに必要な薬を作っているのであるよ、ミコ嬢」
取り敢えず、触媒だの調合だのという難しい言い回しはせず、望子にも分かりやすい言葉で説明した。
「……へ〜……わたし、そういうのぜんぜんわかんないや。 やっぱりろーちゃんはあたまいいんだね」
「そ、そうであるか? 世辞でもミコ嬢にそういって貰えるのは悪い気はしないのであるなぁ」
すると望子は愛らしいきょとんとした表情でそう言い終わると同時に、満面の笑みをローアに向けて彼女を褒めたのだが、あまりにも突然に褒められたローアは少し照れ臭そうに頬を染め、ポリポリと赤らんだ頬を掻きながら同じ様に笑顔を返してみせる。
「もぅ……おせじなんかじゃないのに」
世辞という単語の意味は知っていたのだろう、ぷくっと頬を膨らませて望子が不満そうにしていた時。
「みこー! お湯沸いたよー!」
望子に言われて水を出し、ウルが起こした火にかけたその水を見ていたフィンが、ポコポコと音を立て沸き立つお湯を指差して望子を呼んだ。
「あ、うん! ありがと! それじゃあろーちゃん、じゃましちゃってごめんね?」
「くはは、何の何の……夕飯、期待しているのであるよ、ミコ嬢」
「うん! たのしみにしててね!」
ふいっとそちらを向いて簡単に礼を述べた後、作業を中断させてしまった事を謝罪した望子に、気にしてないという様に笑い飛ばしたローアが軽く手を振って望子を見送り、その言葉でパッと笑顔に戻った望子はそう言ってフィンの元へと走っていく。
「──ふぅ、異常無し、と」
「んん"っ、魔物や魔獣どころか普通の獣や虫もいなくなってんだもんなぁ。 あたしのせいなんだろうが」
そんな折、取り敢えずの見張りを終えたハピが軽く息をつき、誰に言うでもなく成果を口にすると、同じく見張りに出ていたウルも、未だに喉に違和感があるのか咳き込みつつもそう付け加えて彼女に同意した。
「我輩から見ても、フィン嬢の泡の結界……泡沫であったかな。 あれは見た目に反して相当な魔術であった筈。 それをあわや貫通する程の咆哮、意思を持つ生物であれば身を危ぶんで逃げ出すのは必然であろうな」
それを偶然聞いていたローアが軽く頷き、先程ウルが放った王吠と、フィンが張っていた泡沫をそれぞれ振り返りながら確信にも似た推測を口にする。
「へへ、まぁな……っと、それよりお前、それ何の薬だ? 色もそうだが臭いも──う"っ!?」
何だか良く分からないが褒められたのだろうと判断したウルは、満更でも無さそうな表情を浮かべていたが、ローアが調合していた薬が気になって覗き込んだ途端、青黒い薬の入ったフラスコから同じ色の煙が噴き出した事に驚き、思わず仰け反ってしまう。
「これは他でも無い、人化の触媒であるよ。 これから様々な人族の街や村に行くのであろうし、ストックを用意しておくに越した事は無いのである」
ローアはそんな彼女の反応を見てニヤニヤと笑いながら、失敬失敬と微塵も悪びれた様子も無しにフラスコを手に持ち軽く振ってそう答えたのだが。
「──貴女、どこまでついてくるつもりなの?」
その一方で、ローアの言葉にふとした疑問を抱いたハピは、怪訝そうな表情とともに小さくもハッキリとした声音で目の前の白衣の少女に詰問する。
「無論、ミコ嬢がこの世界にいる限りであるが? お主たちにとって、これが朗報か悲報かは知らぬがな」
するとローアは、何を今更とでも言いたげな表情を浮かべてそう返答したかと思えば、会話の為に止めていた手を動かし調合作業を再開してしまう。
「……戦力としちゃあ一級なんだろうし、あたしは構わねぇよ。 ……ミコに手ぇ出したら殺すけどな」
「くはは、相も変わらず野蛮な物言いであるな。 肝に命じておくとしようではないか」
そんな彼女の言葉にウルが右の爪を赤く光らせながら警告すると、未だローアは作業の手を止めず、ウルの方へ視線だけを向けて笑い飛ばしていた。
(……ウルもフィンも、あんまり警戒してる様子は無いわね。 私が過剰なだけなのかしら)
一方、ハピは隣に立つウルを横目に見ながらそんな風に考え、深く溜息をついた彼女の後ろから。
「みんなー! そろそろごはんできるよ!」
「おっ、待ってたぜ! 今日は何だ?」
望子が元気よく三人へ声をかけた事で、ウルは負けないくらいに元気の良い返事をしてみせる。
「どるーかでまちのひとからたくさんたべものもらったから、ちーずふぉんでゅにしてみたの! ここにおにくとかおやさいとかつけてたべてね?」
仲間たちに手料理を見せる様に両手を広げ、じゃーん! と言って愛らしい笑みを浮かべてそう口にした望子の言葉通り、大きな鍋に入った溢れんばかりの溶けたチーズと、その近くには軽く炙った肉と様々な種類の野菜が串に刺さった状態で並べられていた。
「ふむ、一つの鍋を囲んで個々が好きに食材を……という事であるか。 中々珍しい食し方であるな」
「あれ、この世界ではそうなの? それともキミが魔族だからそう思うってだけ?」
ウルがだらしなくも垂らした涎をじゅるっと啜っていた中で、いかにも興味津々といった様子で焚火にかけられた鍋を覗き込んでいたローアがそう口にするやいなや、この世界に来る以前の望子の記憶を共有している亜人たちを代表し、フォンデュの事も知っていたフィンは不思議そうに彼女へ尋ねる。
「少なくとも我輩にとってこの料理が初見だというのは確かであるよ。 我輩、基本一人であったからな。 誰かと寝食を共にする事すら初めてゆえ」
するとローアは少しだけ寂しそうな表情で、露骨なまでに煙たがられておったしと自虐するかの様な発言をし、自嘲しつつ鈍色の過去を振り返っていた。
「ふーん、そうなんだ。 まぁいいや、早速食べよ!」
そんな彼女の物悲しい暴露を聞いたフィンはというと、尋ねてはみたものの大して興味は無かったらしくあっさりと望子の作った夕飯に興味を移しており。
「うん! それじゃあ、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
望子は元気良く返事をしつつ、両手を合わせてしっかり食前の挨拶をし、亜人たちもそれに倣った。
「む? い、いただきます?」
……ローアだけは、その行為の意味が理解出来なかったものの、取り敢えず同じ様にやってみてはいた。
銘々、食べたい物を手に取り、チーズへ浸してはふはふ言いながら口に運ぶ。
「うん、美味しい! 流石ボクの嫁!」
「あ、あはは……」
開口一番、大きめの鳥肉を頬張って食べたフィンが満面の笑顔を見せると、望子は自分用に小さく切っていたバゲットを口にして、飲み込んでから苦笑した。
「おい……でもほんとに美味ぇぜミコ」
「私たちだけだったら干し肉齧って終わりだもの、望子がいてくれて良かったわ」
唐突な嫁発言にイラッとしつつもウルは牛肉が刺さっていた串を手にして絶賛し、ハピは一口ではなく少しずつ啄む様に野菜を食べながら望子を褒める。
「そ、そんなことないよぉ……あ、そうだ。 ろーちゃん、どう? おいしい?」
「うむ、美味であるよ。 これが異世界の料理なのであるな。 単なるチーズがけの料理はこちらにもいくつかあるが、浸して食べるというのは中々発想としては出てこない。 流石はミコ嬢であるな」
「ぇへへ……ありがとう」
望子は謙遜しながらも照れ臭そうにそう言って、フォンデュ初体験であろうローアに感想を求めると、彼女は長々とそう語りつつ心から笑みを浮かべて望子を称賛し、望子も同じ様にニコッと笑ってみせた。
その後も、彼女たちはワイワイと色々な事を話しつつ食事を進め、食べ終わる頃にはうつらうつらとしていた望子に清拭と歯磨きだけさせて先に寝かせ、それぞれ食器を片付けたのち、交代で見張りをしながらリフィユ山での初めての一夜を明かしたのだった。
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