めらめら勇者
一方、異常を察知して飛び退いたウルと同じタイミングで年齢を全く感じさせない動きで望子たちの座る観客席の様な場所まで避難していたバーナードは。
「……ここまで醜い土傀儡化は初めて見たのぅ」
彼がまだ現役の金等級の冒険者だった頃の一党メンバーが扱い、かなりの熟練度を誇っていた土傀儡化と比較して、その表情を苦々しく歪めてしまう。
「……私から見てもあれは異常だよ。ウルなら倒してしまうだろうけど、あの大きさは不味い。 事後対応を考えるなら今すぐ止めるべきだと思う」
そんな中、彼に耳打ちする様にアドライトが冷たい視線をワイアット……もとい土傀儡に向けたまま、ウルの勝利は揺るがないとしても、『彼女の業炎では飛び散った土や泥で訓練場はおろかギルド自体が崩壊してしまいかねない』と冷静に忠告してみせた。
(……許可を下ろしてしまった事が、そもそもの間違いじゃったか……儂の失態じゃな、これは)
彼はアドライトからの忠告を受けて心から悔いる様に深く息をつきつつ、『ギルドマスターとして失格じゃな』と自らの行いに落胆してしまう。
……銀等級同伴とはいえ黄泉返りを単独で討伐してみせたウルであれば、銅と紅玉の二人を相手しても大丈夫だろうと考え……そしてそれは事実ではあった。
だが、仮にもギルドマスターだと言うのであればワイアットたちやウルが何を言おうがギルドの規則に従い、決闘の許可を下ろすべきではなかったのだ。
「……ウル! ワイアット! 決闘はここまでと──」
ゆえにバーナードは勢いよく立ち上がり、その威厳に満ち満ちた声を訓練場に響かせて決闘の中止を宣言する為にウルと土傀儡に鋭い視線を向ける。
──が、その瞬間。
『──ダマレェエエエエッ! イッタハズダ、コウサンナドミトメント! ドチラカガイノチハテルマデ、ヤメルコトモニゲルコトモ……ゼッタイニユルサン!!』
「……っ!」
広々とした訓練場に敷き詰められた土を次から次へと吸収し、ますます夥しい姿へ変異している土傀儡が彼の言葉を遮る様に悍しい叫びを放った事で、バーナードは怯えるまでいかずとも少し気圧されてしまう。
「……命、果てるまで?」
『アァ……?』
その時、土傀儡の叫びにも全く動じる事なく、まるで仇敵にでも向ける様な視線で土傀儡を見据えていたウルが彼の言葉の一部を反復したのを聞き逃さなかった土傀儡は、ゆっくりと身体をウルの方へ向ける。
『ハッ、アァソウダ! ソレガホンライノケットウナノダカラナ! モチロンソウナルノハ、ワーウルフ……テメェノホウダガナァアアアアッ!!!』
すると土傀儡は彼女の呟きを嘲る様に笑い飛ばし、おそらく目なのだろう部分に付着した二つの球状の岩石をグルリと動かすと同時に歪な変異を遂げた巨大な右腕を彼女が立つ場所へと振り下ろし──。
──轟音とともに、叩きつけた。
「お、おおかみさぁんっ!」
その衝撃により観客席まで飛び散ってきた泥や土砂をハピが風で逸らし、フィンが大きめの石を水の弾丸で相殺する中、目の前で起きた凄惨な光景に望子が精一杯の大声で叫ぶも……ウルからの返事はない。
『……フン、コノテイドカ。 サァ、ツギハ──』
その一方で満足げに巨大な口を醜悪に歪めた土傀儡は、次なる獲物である望子に標的を定め、振り下ろした腕から飛び散った泥を吸収し直そうとした。
──その時。
「──そうか」
『!? グ、オォオオオオッ!?』
何処からか聞こえてきた小さな……されど確かな声音で呟かれた一言に土傀儡が反応した瞬間、殺すつもりで思い切り叩きつけ、間違いなくウルを圧殺した筈の右腕が炎上し……その炎は胴体にも広がっていく。
「──命果てるまでやっていいんだな?」
そして、炎により崩れていく土塊の中から現れたのは……全身に煌々とした真紅の業炎を纏い、その身体に傷どころか泥の一つも付いていないウルだった。
『バカナ! オレトアノオンナノマリョクスベテヲツギコンダゴーレムノイチゲキダゾ!? ナゼダァ!?』
最早、相方である筈のメリッサの名すら出てこない程に動乱した土傀儡……もといワイアットの叫びに対して、ウルはパキパキと手を鳴らしながら──。
「何故って……あたしがてめぇより、てめぇらより強ぇからだ。 それ以外の理由なんかねぇよ」
一歩、また一歩と土傀儡の影響で泥濘んだ地面を踏み締める様に近づき、その瞳を赤く煌めかせつつ自らの爪を瞳と同じ色の輝きを纏わせ始める。
『ゥ、オ……ッオノレ、オノレオノレオノレェエエエエ!! ドコマデモコケニシヤガッテェエエエエ!! コロス、テメェダケハゼッタイニコロ──ス?』
「あ?」
そんなウルの気迫に怯えてしまった事実を振り払わんとする為か、さも狂った様に絶叫する土傀儡を沈める為に、ウルが業炎を纏った爪の一撃を見舞おうとした瞬間、彼にとっても予期しない事態が発生した。
「……あれ? 小さくなってる?」
ハピ程に視力が良い訳ではないというのもあり、ゴシゴシと目をこすって再確認しようとしているフィンの言葉通り、土傀儡の全身がグニャッと歪んだかと思えば……少しずつ縮小していくではないか。
「……変化系統の魔術は術者の精神状態によって大きく左右されるんだ。 力も、その維持もね」
(……魔鋼鉄化も、そうだったのかしら)
そんな彼女に対して土傀儡化も属する変化と呼ばれる系統の魔術の解説をするアドライトの言葉に、ハピは少し前に王城で戦った魔族姉妹の姉の方が行使していた腕や翼などを硬質化させる魔術を思い返す。
「じゃあウルにびびって小さくなってんの? だっさ」
一方で、いかにも興味なさげに『へー』と気の抜けた声を上げたフィンは、全くの無表情で一回り小さくなった土傀儡を見据えて何の気なしに罵倒する。
『お、オぉ……みとめラれるか、コの、おれガ……』
その声が聞こえていたのかいないのか、意地で縮小を止めたワイアットは俯いたまま恨み言を呟いた。
──その時。
(……ソウ、だ、アイつだ、あの、がきを……!)
土傀儡の中心部に埋まったままのワイアットの視界に、不安そうにウルを見つめる望子の姿が映る。
……実を言うとワイアットとメリッサは、ドルーカの街にミコという幼い冒険者がいる事をあらかじめ冒険者同士の噂で聞いており、いつまで経っても銀等級以上……上位三等級に昇級する事が出来ない腹いせに望子を揶揄ってやろうと酒場を訪れていたのだった。
(……アのガきサえ、イなケれバ──)
だからこそ彼は残る力を振り絞ってボロボロの頭と胴体、そして左腕だけとなった土傀儡を動かし──。
『──ぅ……がぁアアアアアアアアッ!!!』
空気が震える程の咆哮を訓練場どころかギルドの外まで轟かせ、巨体にそぐわない速度で襲いかかる。
無論、決闘相手のウルに──ではなく。
「死ぬまでだもんな……いいぜ、かかって──あ?」
『ギャハハハハ!! バカがぁアアアア!!』
一方、壁から離れていたウルが挑発する様に指を上向きにして手招きし、突っ込んできた土傀儡を炎の爪で薙ぎ払ったものの、あまりの手応えのなさに違和感を覚えた瞬間、土傀儡は攻撃を受けた部分を切り離して観客席へ笑いながら飛びかかっていくではないか。
「な……っ!? てめぇまさか……! っ、ミコ!!」
『てメぇさえアの場にイなキゃヨぉオオオオ!!』
それを見たウルが一瞬で彼の思考を理解し、飛びかかっていく土傀儡の向こうにいる黒髪の少女の名を叫ぶも、ワイアットは完全に正気を失っており望子を睨みつけたまま悍しい声で逆恨みの言葉を叫び放つ。
「……とんだ八つ当たりだわ」
「往生際が悪いなぁ全く!」
「冒険者の風上にも置けないね……!」
「……此度の事は儂の失態じゃ、責任は取らねばな」
無論、観客席では土傀儡から望子を守る為に、ハピ、フィン、アドライト、そして既に引退した身であるバーナードまでもが臨戦態勢を取っていたのだが。
(やっぱり、わたしは……)
望子は、この状況で全く別の事を思い返していた。
────────────────────────
……それは、ウルとアドライトが双頭狂犬の討伐依頼を受け、草原へと赴いていた頃の一幕。
『ミコ、あんたはこいつをどういう触媒にしたい?』
『どういう……?』
魔道具店、九重の御伽噺にて未成年の望子の前でも気にせず紫煙を燻らせ、そして片手に運命之箱を持って尋ねるリエナの言葉に対し、いまいち要領を得ない様子の望子が可愛らしく首をかしげて聞き返す。
『あぁそうさ、あたしは魔具士だからね。 ただ作るだけじゃなく注文してきた奴らが魔道具や触媒に何を求めてるのかってのも大事になってくるんだよ』
『なにを、もとめてるか……』
するとリエナは職人然とした真剣な表情を浮かべつつ、『ほぅ』と器用に輪っか状の煙を吐いてから、魔具士としての心得の様なものを語り出した事で、望子は何とか彼女の言葉を理解しようと復唱していた。
『例えば……ハピからは最後まで戦い抜く為の力をってな注文を受けてるし、フィンからは……あー、ミコを守る為の力を、みたいな感じで注文を受けてるよ』
『あのふたりが……そっか』
一方のリエナは、ここにいない二人の亜人から受けた注文を例に挙げてみせて、何故か後者の……フィンの時だけ言い淀んでしまってはいたが、それについて望子が言及する素振りを見せる様子はない。
では何故、リエナは言い淀んでしまったのか?
(……本当は、『みこの障害を殲滅させられるだけの力を』だけど……この子に言う事じゃないね)
それは、さも普段通りの発言であるかの様にフィンが口にした途方もなく物騒な注文を望子に言うのは憚られると、リエナなりに気を遣っていたからだった。
『……さぁミコ、簡単にで構わない。 あんたは、この触媒に何を求める? いや……何が欲しい?」
そしてリエナは望子の問いかけに軽く答えつつ、望子が抱えていた『みんなのやくにたてない』という幼いなりの悩みを見抜いたうえで、本題だと言わんばかりに望子に手を差し伸べて望子の解答を待つ。
……そして。
『……わたしが、ほしいのは……っ』
────────────────────────
「──ミコ! 何やってんだ!? 下がれぇ!!」
そんな中、迫真の表情で叫ぶウルの視界にはハピたち四人と襲い来る土傀儡の間に震える身体を抑えて立ちはだかる……望子の姿が映っており──。
「っぐ、この……! 邪魔すんなぁ!!」
望子を助けに行こうにも、彼女を飛び越した土傀儡が着地した際の衝撃で僅かに残っていた泥が彼女の身体に纏わりつき、ほんの一瞬……時間としては数秒ではあるが彼女の動きを阻害してしまっていた。
「望子! お願いだから私たちの後ろに!」
「──やだ」
「ちょっ、みこ!?」
ハピの必死の忠告にも望子が前を向いたまま首を横に振って答えた事に、フィンが驚きの声を上げてしまうのも無理はなく……最初よりは遥かに小さくなっていても、その外見に凶悪さを増した土傀儡の腕は今まさに観客席に届こうとしている。
迫り来る土傀儡への恐怖からか、吸い込まれる様な黒い瞳に涙を浮かべながらも、望子は横に広げていた両腕のうち左腕だけを自分が首から下げていた青い立方体の方へ持っていき、それを強く握りしめて──。
「わたしも、みんなをまもるの……っ!」
望子にとっての精一杯の大きい声……されど、どうしても愛らしくなってしまうその声で叫んだ瞬間。
『──ぅグッ!? ぐぁアアアアアアアアッ!?』
幼い望子とは比べるべくもなく……そんな望子よりも身長の高いハピたちやアドライト、バーナードと比べても遥かに大きな土傀儡が一瞬の内に大規模な蒼炎に覆われ、その中心部に埋まっていたワイアットの何とも痛々しい悲鳴が訓練場に響き渡る。
そして先程まで望子が立っていた場所には業炎に包まれたウルと同じ様に……いや、正確にはウルとは少し異なり身体どころか身につけた服や靴までもが蒼炎と化した望子が小さな手を土傀儡にかざしていた。
「青い、炎……!? 望子、貴女……!?」
「も、燃えてるよ!? 消さなきゃ!」
そんな折、驚愕と困惑の入り混じった表情で望子を見つめるハピを押し退けて、フィンが望子を燃やす青い炎を消火しようと水玉を浮かべる中で──。
「『火化』……纏うだけの土傀儡化などとは違う、身体そのものを炎に変換する超級魔術……!それこそリエナさんくらいでなければ──っ、まさか!?」
誰に聞かせる訳でもなくアドライトは、目の前で望子が行使している火属性の超級魔術を信じられないといった様子で見ていたのだが、ふとリエナの名を口にした途端、望子の首に下がる立方体の事を思い出す。
(そうか、運命之箱……あの中にリエナさんが込めたんだ、あの人が得意とする唯一無二の蒼炎を……!)
そんな風に脳内で独り言つアドライトの確信めいた推測は間違っておらず、リエナは調整の際に自分にとっては使いやすく、それでいて強力無比な超級魔術である火化を込めており、きっといつかは使いこなせる様になるだろうと未来を見据えての行動だった。
その時、望子を変化させていた青い炎が不意に消失し、望子がぺたんとその場に座り込むと同時に土傀儡を焼却していた蒼炎も消え、ボロボロと崩れていく。
「みこ! 大丈夫!?」
「ぅ、うん……」
「本当に? 無理はしてないわよね……?」
誰よりも早く望子の心配をするフィンの声に反応した望子は力無い笑みを湛えたまま首を縦に振ってみせたが、それで亜人たちの不安や心配の感情が消える筈もなくハピが改めて望子の体調を確認しようとした。
「だいじょうぶだよ。 これ、いちにちいっかいしかつかえないし、まりょく? もたくさんひつようで……でもこれで、わたしもみんなをまもれるよ」
「「……っ!」」
フィンの言葉に疲労困憊といった様子で答えた望子がそれでも愛らしい笑顔を見せると、そんな望子に思わずきゅんとしてしまった二人は矢も盾もたまらず。
「……もう! 本当に心配したんだから!」
「ありがとね! 守ってくれて!」
ウルと望子がそれぞれ発現させた業炎と蒼炎による煙の燻る訓練場で、望子をぎゅっと抱きしめる。
「──青い火化……それに運命之箱とは……全く、八歳の幼子に無茶をさせおって……」
そんな中、バーナードは『よっこらせ』と腰を上げつつ、かつて幾度となく見た事のある蒼炎と、この辺りでは見かける事のない珍しい魔道具を視認し、誰の入れ知恵かを即座に理解して溜息を溢していた。
そして……黒焦げになった挙句、魔力の殆どを吸われて死んだ様に横たわるメリッサと、土傀儡と同化していた為か右腕が粉々になり土傀儡の中で蒸し焼きになっただけでなく、まるで呪いであるかの如き蒼炎が身体に纏わりついているワイアット、観客席にいる望子目掛けて飛び込んできたウルを見ながら──。
「──此度の決闘、名無し、ウルの勝利とする!!」
……彼は高らかに、ウルの勝利を宣言した。
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