決闘開始
冒険者ギルド内の酒場にて望子に因縁をつけてきた二人組、ワイアットとメリッサを返り討ちにした事で彼らに決闘を申し込まれてしまったウル。
所詮、勝ち戦だろうと踏んで二つ返事で引き受けたうえに、二対一というハンデまで与えた彼女はその翌日、いざ決闘へと訓練場まで足を運んだのだが──。
「……あ"〜……めんどくせぇなぁ」
「君が申し出を受けてしまったからなんだけどね」
訓練場の一室……所謂、控え室のソファーでごろごろと寝転がり怠惰を全身で表現する彼女に対し、アドライトは壁にもたれかかったまま苦笑する。
「仕方ねぇだろ。 あん時ゃ偶然あたしが一番あいつらに近かったってだけで、あの二人……ハピとフィンもどうせあたしと似た様な事考えてたぜ?」
「まぁ……そうかもしれないけど」
一方、彼女の言葉を受けたウルが言い訳がましい言葉とともに寝転がったまま顔を向けると、この一週間で彼女たちの関係性をおおよそ理解する事が出来ていたアドライトは思わず眉根を寄せてしまう。
(きっとこういう展開になると思ったから、私が彼らを止めようとしたんだけど……どうしてバーナードさんは決闘の許可なんて下ろしたんだろうか)
仮にも冒険者ギルドの長たるバーナードならば、道理に合わない決闘など止める事も容易だった筈なのにも関わらず、あっさりと容認してしまった彼の采配に彼女は深い疑念を抱いていたのだった。
……かたや心底やる気のなさそうに、かたや呆れた様子での抑えめな声音で繰り広げられていた彼女たちの会話が一段落した頃、控え室の扉がノックされる。
「──失礼します。 ウルさん、ワイアットさんたちの準備が終わったそうで……よろしいですか?」
「……あぁ、構わねぇよ」
ゆっくりと開いた扉の向こうから、エイミーが不安げな……或いは申し訳なさそうな表情を浮かべてベッドに転がるウルに声をかけると、ウルは一旦ソファーに胡座を掻いてからグーッと伸びをした後、『よっこらせ』とソファーから降りつつエイミーの頭に手を置き、準備万端だといった様に笑ってみせた。
「──ウル、彼らの実力は間違いなく等級相当だ。 君の膂力を体感したにも関わらず、なお勝ち目のない闘いを挑んでくる程の間抜けじゃない筈だよ」
「……つまり?」
そんな中、決闘の相手となる二人を全く警戒していない様子のウルに対してアドライトが『油断はしないでほし』とばかりに真剣な面持ちで背中越しに告げると、ウルは顔だけを向けて彼女の二の句を待つ。
「出来る限りの早期決着をおすすめするよ。 長引かせて良い事がある様には思えないからね」
「……ご忠告どーも。 じゃ、行ってくるぜ」
そして、抽象的でありながらも助言を贈ってきた彼女に対してヒラヒラと手を振りながら、ウルはエイミーとともにワイアットとメリッサが既に待ち構えているのだろう決闘の場へと赴いていった。
……念の為だとばかりに革袋に入れていたリエナ謹製の触媒、大牙封印に手を添えて。
その後、エイミーの案内で最も大きな訓練場に到着したウルに対し、どうやら先に待っていたらしく大きな槍斧を持ったワイアットと、いかにも高価そうな杖を持ったメリッサが醜悪な笑みを浮かべており。
「……はっ、来たかよ人狼。 尻尾巻いて逃げずにいた事だけは褒めてやっても──」
「あぁ、そういうのいらねぇから。 とっとと始めてとっとと終わらせようぜ。 なぁ?」
「っ、亜人族如きが偉そうに──」
「ぅおっほん!」
「……っ!」
さも彼女を嘲る様な……そして挑発する様な言葉をかけてきたものの、そんな彼を全く気にもかけないウルが『眼中にない』といった具合にヒラヒラと手を振ってバーナードに声をかけた事で、ワイアットは逆上しつつ青筋を立てて口汚く言い返そうとする。
そんな彼の言葉を大袈裟な咳払いで遮ったバーナードの装いは、ゆったりとした服装だった昨日までとは違い、ギルドマスター然とした尊厳さを感じさせた。
「良いかの? では、これより名無しウルと双頭の蛇ワイアット、メリッサ両名による決闘を開始する。 此度の決闘の審判は儂が直々に受け持つからの」
そして、ウルとワイアットたちの間に立ったバーナードは、これから決闘を行う三人を交互に見遣りつつウルやワイアットたちの名の前に聞き覚えのない言葉を付け加えて、勝敗の判定は自分がする旨を告げる。
一方、ウルたちが立つ場所から少し上の方に位置する即席の見物席にて観戦する事になった望子たちは。
「おおかみさーん! がんばれー!」
小さな手を口元に添えて望子がウルを応援しようと精一杯の声を上げて、そんな望子の愛らしい声援にウルが満面の笑みで手を振り応えている中で──。
(……あんのうん? って何だろう)
(一党名が無いって事かもしれないわね)
ウルの実力をしっかり把握しているからこそ特に心配もしていないハピとフィンは、どうやらバーナードの言葉に共通の疑問を持っていたらしく、『後でアドライトに聞きましょうか』と呟き合っている。
「互いの勝利条件は明確な戦闘不能……ウルが勝利すれば双頭の蛇は今後、当ギルドへの出入りは叶わず、そして瑠璃と鋼鉄へ降格となる。 異論はないかの?」
「構わないわ。 馬鹿力だけが取り柄の亜人族に私たちが負ける筈ないじゃない」
そんな折、バーナードが今回の決闘の取り決めとワイアットたちが敗北した場合の罰則をつらつらと説明すると、さも余裕綽々といった表情のメリッサが露出された無駄に大きな胸を張り答えてみせた。
その後、何故か随分と苦々しい表情を浮かべたバーナードが頷いてから、ウル……そして見物していた望子たち三人も視界に入れてから口を開き──。
「そして、双頭の蛇が勝利した場合じゃが……不相応な懲罰を取り消し、自分たちへの相応な謝意を示した後……ミコを、奴隷にする。 それが、ワイアットたちが提示したお主たちへの罰則となる……」
「「「「は?」」」」
……彼もこんな事は口にしたくもないのだろう、ニヤニヤした笑みを湛える二人を見据えたバーナードが低い声音で罰則を告げると、ウルや他二人の亜人だけでなく、いつの間にか控え室から移動し望子たちの隣に座っていたアドライトの声も重なってしまう。
「色々と考えたんだけどよぉ、あそこまでキレるって事はよっぽどあの餓鬼が大事なんだろ? だったらこれが一番ダメージでけぇよなぁ! ぎゃははは!!」
「うふふ! ワイアットってやっぱり最低最悪よね! まぁそこがいいんだけど!」
「……」
一方、何がそんなにおかしいのかゲラゲラと笑い合いながら嘲る様にそんな事を宣う二人を前に、ウルは真紅の瞳を強く妖しく光らせつつ沈黙を貫いていた。
「……どれい、ってなに? わたし、どうなるの?」
「……知らなくてもいいのよ」
そんな中、先程まで快活な様子でウルを応援していた望子は初めて耳にする『奴隷』という単語の意味が分からず、されど決して良い意味ではないのだろうと判断して両隣に座るハピとフィンを不安げに見遣る。
「ねぇ! やっぱりボクが殺っていい!? こっそり殺るから! いいよね!? ねぇ!!」
今にも泣きそうな望子の黒髪を撫でながら優しく言い聞かせるハピに対し、フィンは今にもウルたちの間へ割って入り、ワイアットたちを殺戮せんばかりに叫びながら彼らの立つ決闘の場を指差していた。
「……まぁまぁ落ち着いて、君たちは彼女の仲間なんだろう? ウルは負けたりしないよ、ね?」
望子を落ち着かせるのに忙しいハピに代わり、アドライトがフィンを宥める様に静かな声音で『信じてあげたらどうかな』と諭す様に告げた事で、フィンは不満げに唸りながらも大人しく引き下がる。
……実を言えば、ギルドで定められている決闘のルールの一つに『他者の介入を禁ずる』というものがあり、フィンが割り込んでしまうとウルの敗北となってしまうからこそアドライトは彼女を止めたのだった。
「……まけないで、おおかみさん……!」
そんな中、望子は先程よりも更に祈りを込める様にぎゅっと両手を組み……ウルの勝利と無事を願う。
「では……双方、位置について──」
そして、説明を終えたバーナードは右腕を掲げ、三人はそれぞれ二人と一人に分かれて位置につき──。
「──始めぃっ!!」
「「……」」
訓練場中に通る低く大きな声で決闘の開始を宣言すると同時に、ワイアットたちは各々の武器を構えて戦闘態勢を整えながら……一瞬、視線を交差させる。
(さっきので冷静さの一つでも失ってくれりゃあ勝ちも同然だが……ここは手筈通りに痺毒大蛇の毒で……)
……アドライトの読み通り、まともに決闘をするつもりなど彼らには毛頭なく、『龍さえも鈍麻する』と云われる蛇の魔獣の毒を使い、自分たちをこけにしたウルを弄んだ挙句に幼い望子を奴隷にし、とことんまでに彼女たちを蹴落とそうと画策していたのだ。
「悪いが、てめぇみてぇな奴とまともにやり合う気はねぇよ! メリッサ、毒を使う、ぞ……?」
ワイアットは自分の懐に忍ばせていた毒入りの小瓶に目を向けて手を伸ばしつつ、後ろに控えている筈のメリッサに呼びかけながらウルのいる前方へ視線を向けたのだが、そこで漸くウルの姿がない事に気がついて、ふとメリッサの方を振り返ると、そこには──。
「──な、なぁっ!? め、メリッサぁ!? てめぇ、いつの間に……っ、何でそこにいやがる!? メリッサに何をしやがったぁ!?」
ほんの一瞬、目を離してしまった彼に非があるのは明確であれど、おそらく目を離していなかったとしても視界には捉えられなかっただろう速度で回り込んだらしい、見慣れない器具を口元に装着したウルと。
……最早、何処からが服で何処からが身体なのかも分からない程に黒焦げの炭と化しつつも、かろうじてメリッサだろうと分かるものが転がっていた。
「……どうでもいいだろそんな事。 ほら、かかってこいよ。 こいつみたいに炎で黒焦げになるか、それとも爪で挽き肉になるか……選ばせてやる」
「っ、く、そ……っ!!」
目を見開き困惑を露わにして叫ぶ彼に対し、赤く燃える巨大な爪を展開して躙り寄るウルにワイアットはすっかり萎縮し震えてしまっていたのだが──。
(俺が、この俺が、こんな成り損ない一匹如きに怯えて……? ……ふざけんな、ふざけんな──)
「──ふざけんな! 俺は銅だ!てめぇみてぇな奴に負ける訳がねぇ! 負けていい筈がねぇええええ!!」
自分の中にある拭いきれない恐怖心を吹き飛ばす為に叫んだワイアットは、己の武器である槍斧を地面に突き立て、その身体と武器に魔力を纏わせ始める。
……そして。
「『──地底に眠りし禁忌の力! 望む全てをくれてやる! 今ここに顕現し、我が身に宿れぇ!!』」
「……っ?」
あまりにも物騒な詠唱と同時に突き立てた槍斧を中心に橙色の魔法陣が展開された事で、その魔法陣に何やら異常を感じたウルがバッと飛 び退く一方。
「あれは……っ!」
「っあ、あのおんなのひとが……!」
彼が行使しようとしている魔術に覚えがあったらしいアドライトが目を見開いて驚愕する中で、ウルの手加減により一命を取り留めていたメリッサが魔法陣の描かれた地面に吸い込まれていくのを見た望子は思わず口を覆い、『ひっ』と短い悲鳴を上げてしまう。
「『──悉くを圧殺し、轢殺し、鏖殺する力を!! 土傀儡化!!』」
「……!!」
そんな彼女たちをよそにワイアットが詠唱を完了させた瞬間、足下の地面が異様な程にドロドロと粘つきだし、それは一気に彼の身体に纏わりついていく。
それを見たウルは魔術の影響を受けていない訓練場の壁に片方の爪を深く突き立て地面から足を離し、次第に形を成していくそれを見上げていたのだが──。
『グァハハハハ!! アノオンナノマリョクデハコンナモノカ? ダガジュウブンダ! ナマイキナデミモ、コノギルドモ! ナニモカモブッコワシテヤルヨ!!』
やけに片言で叫ぶそれは、丸みを帯びたドロドロの胴体に大きな眼とガチャガチャとした石の歯がついた口、そして不揃いな大きさの腕が生えた……怪物と言う他のない、上半身だけの巨大な泥の塊だった。
「土傀儡化……土属性で変化系統の上級魔術だね。 仮にも銅の呪文戦士だし扱えたとしても不思議ではないけど……まさか仲間を触媒にするとは」
一方、誰に聞かせるでもなく彼が行使した魔術の性質を口にしたアドライトの言葉を耳にしたハピとフィンは、いつでも応戦出来る様に臨戦態勢を整える。
……無論、望子を守る為に。
『サァ、ココカラガホンバンダ! サッサトコッパミジンニシテ、ソノアトアノガキハドレイオチダァ!!』
「……」
性懲りもなく望子を陥れる旨の叫びを放つワイアットだったものの言葉に対し、一方のウルは満足に反応すら見せずに、されど泥の怪物を真紅の瞳で射抜きながらブツブツと何かを小さく呟いていた。
「──ミコが見てなきゃな……」
……そうすれば、先程の女に施した手加減などせず殺してやれるのに……そんな風に呟く彼女の瞳には最早、怒り以外の感情は何一つ宿っていなかった。
奇しくも、この国の王を殺した時に似て──。
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