月明かりの下で、お別れを
望子たち一行や住民たちの弔いの心が届いたからか、それとも魔族の脅威が消えた事で世界そのものが平穏無事となったからか、ぬいぐるみを乗せた小舟は何事もなく沖へ消え。
救世主の再訪、知らされた世界平和、そのまま町を挙げての祝宴に移行しても不思議ではない程の特大イベントが発生した訳だが、これといって何もせず町は粛々と夜を迎える。
どうやらファタリアは望子たちが思っていた以上に老若男女問わず慕われていたらしく、流石にもう望子たち相手に非難や罵声を浴びせる事はしないが、さりとてメイドリアの住民たちの様に盛り上がれるかと言われるとやはり違う様で。
決して明るいとは言えない雰囲気の中、葬儀の後片付けをし始めた住民たちの手伝いを終えた望子たちは、ショストを初めて訪れた際にも泊まった宿で少し休息を取った後──。
「──……よるのうみも、しずかできれいだね」
「えぇ、仰る通りです」
「我輩の目には大差なく映っておるがなぁ」
「……魔族の目ではそうだろうな」
町の誰もが寝静まるか、或いは一部の者たちが献杯も兼ねてのささやかな晩酌に興じる中、望子とレプター、そしてローアの三人は今、深夜ゆえに人気のない埠頭を歩いている。
ここに居ない仲間たちが今も宿で休んでいるという事もあり、この三人は何かしらの目的を果たすべく月明かりに照らされた大海を眺めつつ散歩しているのだろう事は分かるが。
何故、丑三つ時でなければならなかったのだろうか。
後片付けが終わってすぐでも良かったのではないか。
……残念ながら、それは出来ない理由があった。
この時間帯かつ、この人気のなさが重要だったのだ。
何故なら今、望子たちは三人で歩いている訳ではなく。
「ッたく、こンな夜更けに出歩かずとも良かッたンだぜ?」
「そうよ、ミコちゃん眠そうじゃないの」
元海賊の海皇烏賊と海神蛸、カリマとポルネも居た為だ。
元とはいえ、この二人はショストを脅かした張本人。
実は生きていたとなれば、そして勇者の仲間になっていたとなれば、オルコの演説で全てを受け入れてくれたショストの民も、それこそ分かりやすいくらいに掌を返すだろう。
だからこそ、こうして深夜に出歩いているのだ。
葬儀の後ゆえに、誰もが心を休めたいだろう事を信じて。
まぁ、とはいえ時間が時間。
「だ、だいじょうぶだよ……だって──」
ポルネの言う通り、望子は完全に寝ぼけまなこ。
いつもなら床に就いている時間帯なのだから当然と言えば当然だが、そんな時間帯を選んでまでカリマやポルネと共に海の近くへ出歩かなければならない理由がそこにはあった。
「──……ここで、おわかれなんでしょ?」
「「……」」
そう、カリマとポルネとの──別れの刻が来たのだ。
実を言うと彼女たちは数日前、ヴィンシュ大陸を出立する際に『アタシらは何処の海でも生きていける』、『わざわざショストの近海まで送ってくれなくてもいいのよ』と凱旋時のお荷物になる事を危惧して離脱しようとしていたのだが。
『たとえ二人で生きていくとしても、他に一人ぐれぇ知り合いが近くに居てもいいだろ? 一緒に戦った仲じゃねぇかよ』
ショストの海運ギルドの長、オルコからの提案と。
『……もうちょっと、いっしょにいよう? だめ……?』
あまりに愛らしい、涙を浮かべた望子の懇願を受け。
結局ショストまで辿り着いてしまい、今に至る訳だ。
望子は、もうすぐ元の世界へ帰還する。
もう、二度と逢えない永遠の別れとなる訳だが。
「……ねぇ、やっぱりわたしといっしょに──」
ぬいぐるみにすれば或いは連れて帰る事も出来るのではないか、そう考えた望子が何度目かも分からない説得の言葉を上目遣いでかけようとするも、その言葉は細い指で遮られ。
「──その先は言わないで、ミコちゃん」
「っ、でも……!」
「アタシらは、この世界が好きなンだ。 そりャあ辛ェ事や死にたくなる事の方がずッとずッと多かッたがな、この世界じャなきャ最愛の存在になンざ出逢えなかッたと思うンだよ」
「だから、ごめんなさい。 一緒には行けないわ」
「……そっ、か……」
しーっ、と望子の形が良く色素の薄い唇に指を添えたポルネからの優しい固辞へ、カリマが海を眺めながら補足する。
望子に出逢うまでというより、お互いに出逢うまでの二人は世辞にも運が良かったとはいえず、ハッキリ言って何故この世界に生を受けたのかも分からぬ程に苦しむ事もあった。
……だが、今なら分かる。
二人は、お互いに出逢う為に。
そして、望子に出逢う為に生を受けたのだと。
だからこそ二人は、この世界に残る事を選んだ。
二度も奇跡的な出逢いをくれた、この世界で生きる為に。
「大好きよ、ミコちゃん。 貴女に逢えて本当に良かった」
「うん……うん……!」
そして、これが今生の別れであると知っているからこそ最後に望子とポルネが互いに抱きしめ合って想いを告げる中。
(……ローアは聞くまでもッて感じだが、お前はどうすンだ)
カリマは、こっそりとレプターに話を振る。
曰く、『お前は望子についていくのか?』──と。
(……決めかねている。 共に在るべきか、それとも……)
(そうかい。 ま、じッくり悩みャいい)
(……あぁ、そうするさ)
どうやらレプターはローアやカリマたちと違い決断出来ていなかった様だが、それでも別れの刻は確実にやってくる。
それまでに必ず答えを出す、そんな意思を感じ取ったカリマは満足げに頷き、ここまで共に旅した仲間の肩を叩いた。
後悔だけはすンなよ──と、そう言わんばかりに。
それから、およそ数分後。
「いかさん、たこさん! げんきでねー!」
「あァ、お前もな!」
「幸せになってね、ミコちゃん!」
「ふたりもねー! さよーならー!」
海精霊流しの小舟と同じ様にギリギリまで別れを惜しんで手を振る三人に涙の跡はなく、そこには爽やかで晴れやかな笑顔で永遠の別れを告げる少女と亜人族たちの姿があった。




