歓待も終わり、再び海へ
それから一行は、未だ目覚めぬ望子の介抱をする者とディアナ神樹林にカナタの墓を建てる者の二つに別れて行動し。
かたや少人数での粛々とした葬送の儀を。
かたや村を挙げての賑やかな宴の準備を。
正反対でありながらも、そこには確かな〝感謝〟の意があり、どちらにも温かい涙を流しつつ作業に勤しむ者が居た。
そして、翌日。
無理のない形で目を覚ました望子は未だ哀しみの感情こそ残しておれど、その瞳には未来を見据えた光が宿っており。
心の底から楽しめたかどうかは本人のみぞ知るところではあるものの、この世界から魔王の脅威が消えた事で神力を取り戻しつつあったダイアナが村の土地を肥沃させ、そこから収穫出来た作物や果物を控えめに、されど美味しそうに食べる姿は見て取れた為、多少なりとも喜んではいたのだろう。
それから、四日後の朝──。
「──……うみ、きれいだね」
「え、えぇ、本当に……」
勇者一行は今、再び船に揺られて海上を進んでいた。
メイドリアを経ったのは昨日の昼頃、
……魔王との戦い以降、望子は少し大人びた様に見える。
共に旅した仲間、そして自分が作ったぬいぐるみが変化した家族とも言うべき亜人族の死という、この世界に喚ばれなければ体感する事などなかっただろう経験を積んでしまった為か、その顔からは愛らしさをそのままに幼さだけが消え。
酸いも甘いも噛み分けた才媛の様な顔つきと仕草で大海を眺める望子の姿に、レプターは若干の困惑を露わにする。
勿論、その小さな両腕には三体のぬいぐるみがあり。
それを思えば何も変わっていない様にも見える。
「……おっと、あぶないあぶない」
「……ッ」
魔王との戦いが終わった後、三体のぬいぐるみと共に抱えていた筈の褐色のぬいぐるみまでもが腕の中になければ。
(何もかもをお赦しになられた訳ではなかろうが……)
レプターが推測した様な赦しの感情とは違う。
精神的な余裕が出来たから、というのも違う。
今、望子は一体どういう心持ちで魔王を抱えているのか。
問えば答えてくれるかもしれないが、どうにも憚られる。
それを問うたが最後、何かが明確に変わる気がして。
……何かが、終わってしまう気がして──。
「──さん、とかげさん? どうしたの? なにかあった?」
「ッは、はい? あ、いえ何も……ッ」
「そう? ならいいけど……」
そんな風に思考の海で溺れていたからか、ともすれば意識を失っているかの如く宙を見ていた彼女を心配する望子の声への反応が遅れてしまい、しどろもどろとするレプターを訝しみつつも『何かあったら言ってね』と望子が気遣う中。
「ミコ、レプター。 そろそろ陸が見えてくる筈だよ」
「ほんと?」
「あぁ、船首の方へ行ってみるといい」
「うん、いってくるね」
「では私も──」
カラン、と下駄を鳴らして現れたリエナから間もなくの到着と船旅の終わりを予告された望子が船首の方へと向かい。
そんな主に付き従う侍者の如く望子の後をついて行こうとしたレプターだったが、その歩みはリエナの一言で止まる。
「──何も変わりゃあしないよ。 あの子はあの子、アンタはアンタ。 元より住む世界が違うんだから当然だけどね」
「……ッ、失礼する!」
胸の内まで全てを見透かされた様な、核心を突く一言で。
とはいえ、ここはまだ海上。
あれから一度も勇者としての力を使っておらず、使えなくなったのかどうかも分からない望子が海棲魔獣や水棲主義の強襲を受けては大変だと気を取り直し、リエナの横を足早に素通りしていく龍人の姿を見送りつつ紫煙を燻らせ。
(……あと、数日か。 長いようで、短い出逢いだったね)
偶然か必然か──いや、きっと必然だったのだろうと。
望子やぬいぐるみたちとの出逢いに、感謝していた。
……それこそ、レプターの事を言えないくらいに。




