『見事』
……今のは一体、何の音だったのだろうか。
小気味良くも鈍くもあるような、そんな破壊音。
硬い何かにヒビが入り、割れかけている様な金属音。
と、そんな風に呆けていたのは正しく一瞬の事。
(っ、もしかして……うぅん、もしかしなくても……!!)
望子は今、魔王が自身の心臓を護る為に展開している結界を破壊するべく【四位一体】と【洗濯】を放出しているのだから、その行動が結果として何をもたらしたのか、など。
『──けっかい、こわせたんだ……!!』
考えるまでも、なかったのだ。
そして、たった一度だけ鳴り響いた破壊音は次第にその数と大きさを加速させていき、それに伴い結界に入ったヒビの隙間から心臓部に込められた薄紫の魔力と神力が漏れ出す。
常人であればそれだけで死に至る程の魔力と神力の奔流に晒されてもなお、達成感と高揚感に支配された今の望子には何処吹く風、心地良さすら感じている様に見えなくもなく。
その両手から放出され続けている二つの攻撃も、さも望子の感情に比例するかの如く加速度的に勢いを増していき。
そして、ついにその時が訪れた──。
『あっ……』
ガシャアン……!! という派手に何かが割れた様な甲高い破壊音と共に結界が完全に砕け散ったかと思えば、そのまま【洗濯】による渦潮を纏った【四位一体】が心臓に触れ。
それ以上の鼓動を赦さず、そこにある全てを呑み込んだ。
心臓を破壊すれば、魔王を倒せる。
今、呑み込んだのが確かに魔王コアノルの心臓ならば。
『やっ、た……? やった……やった! やったよ、ろ──』
魔王討伐に、成功したのでは──と期待して。
その期待に信を置いていいのかと問う為に、まず間違いなく自分より現状を把握している筈のローアが立っているだろう後方へと振り向いた瞬間、望子の視界に映ったのは──。
『──……ろー、ちゃん……?』
血溜まりにうつ伏せで倒れる、〝おともだち〟の姿。
微動だにせず安らかな笑みを浮かべて眠る、ローアの姿。
『ろーちゃん……ろー、ちゃん……っ』
力を使い果たした影響で全解放状態も解けかけ、どうにも安定しない身体でふらふらと歩み寄りつつ何度も名前を呼べど、ローアからは返事どころか呻き声一つ返ってこない。
それからしばらくして辿り着いたローアの傍で膝をついた望子は、おそらく自分の血液で汚れてしまった彼女の顔を僅かな魔力で発動した【水化】の綺麗な水で清拭した後。
ぎゅっ、と更に細くなった身体を抱きしめつつ。
『……ごめん……ごめんね、ろーちゃん……わたし、わかってたんだ……あのままつづけたら、ろーちゃんはきっとしんじゃうって……そうじゃなくても、つらいめにあうって……』
魔王討伐の達成から来る安堵由来のものとも違う、友を失った喪失感から来る涙をポロポロと流し、思いの丈を綴る。
そう、望子は分かっていたのだ。
魔王討伐達成と、ローアの死が同時に起こり得る事を。
分かっていても、途中でやめる訳にはいかなかったのだ。
ローアと交わした、たった一つの約束を守る為に──?
──……否。
『でも、やめられなかった……! ろーちゃんとのやくそくもあったけど……どうしてもおかあさんにあいたくて……!』
その約束を免罪符として、ただ〝母に逢いたい〟という最初で最後の我儘を貫く為に友を襲う死から目を背けたのだ。
元の世界では出来なかった、〝おともだち〟の死から。
『ろーちゃんのおかげで、みんなのおかげでまおうはたおせたけど……おともだちをしなせるくらいなら、わたし──』
あまりに勇者として相応しくない、そんな選択をした自分を許せなかったのか、『私が死ねば良かった』とぬいぐるみたちが聞けば猛反対されそうな弱音を吐きかけた、その時。
『──見事。 御見事じゃ、当代の召喚勇者ミコ』
『っ!? う、うそ……!!』
突如、聞こえてきた覚えのある女声に望子は振り向き。
一も二もなく、その整った顔を驚愕で歪める事になる。
『嘘でも冗句でもない。 妾じゃ、魔王コアノルじゃ』
『まおう……!!』




