全ては〝報復〟の為に
火を司る邪神、〝アグナ〟。
水を司る邪神、〝ヒドラ〟。
土を司る邪神、〝ナイア〟。
そして、風を司る邪神、〝ストラ〟。
かつて、この世界に存在していた四柱の邪神たちは既に一柱残らず討伐され、二柱ずつ勇者と魔王に吸収されている。
望子の中には、ストラとヒドラが。
コアノルの中には、アグナとナイアが。
ただし、コアノルが吸収し我が物としていたアグナとナイアの力は魔王に殺された事を妬んでいたがゆえか残滓だけで反乱を起こした結果、怒りを買って消されてしまっており。
『それって、すとらさんとひどらさんのこと!?』
『……何て?』
「風、と……水を司る邪神どもの名である……」
『え? あぁいや、そっちじゃなくて……』
その時点で〝伝達役を買って出た邪神〟は今も望子の中に居る筈のストラとヒドラという事になるのか? と確信も何もあったものではない問いに柚乃が疑問符で返したところ。
死に体のローアが望子に変わって答えてくれたはいいものの、どうやら柚乃が欲していたのはそれではなかった様で。
……何故、魔族に並ぶ世界の敵に〝さん付け〟を?
という、『あの子と遊ぶのはやめなさい』的な如何にも母親らしい心配だった様だが、娘の交友関係を案じていられる様な事態ではないという事もあってか即座に気を取り直し。
『残念、っていう表現が正しいのかは分からないけど、違うわよ。 祈る事しか出来なかった私に接触してきたのは──』
長すぎる寿命の関係上、八歳とは思えない程に思慮深く慈愛に満ちた望子なら邪神と仲良くなっていてもおかしくないのかもと己を納得させた後、彼女の言う〝世界を超えて干渉する〟という正しく神懸かった所業を成した邪神は。
『──火の邪神アグナと、土の邪神ナイアよ』
『えっ!?』
「何……!?」
火と土を司る二柱の邪神だったと明かした直後、望子は勿論の事、余程の事がなければ驚かないローアも目を見張る。
「馬鹿な……彼奴らは、魔王様に吸収された筈では……?」
何しろローアの言う通り、かの邪神たちは各々が異なるタイミングで魔王へ挑んだ結果、善戦こそすれ敗北した末に存在ごと力の全てを吸収されてしまっている筈なのだから。
『いいえ、あの二柱は消されたわ。 他でもない魔王の手で』
「何と……最早、邪神の力さえ必要とされぬのか……」
しかし、どういう経緯によるものかは柚乃にも知らされていないらしいが、コアノルによって消されたと聞いたローアは非力な己と魔王との間にある埋められない差に絶望する。
……尤も、ローアはそれこそ千年前の大戦の時から己に出来る事とその役割を誰より自覚していた為、絶望というところまではいってなかった様だが、それはともかくとして。
『けれど、そのお陰であの二柱の魂の残滓が異界に居る私と接触する事が出来たの。 魔王への強い怨念を帯びて……』
経緯はさておき、コアノルに消されたという事実が二柱におぞましく強い怨念を発露、それを原動力に異なる世界同士を声だけでも繋ぐ事が出来た──と、柚乃が全容を語り。
「……かたや怨念、かたや希望。 こうも違ってこようとは」
『希望……? そっちも気にはなるけど、とにかく──』
魔王と、勇者。
戦う相手が違っただけで全く真逆の末路を迎えた二組の邪神たちにローアが新たな興味を抱く一方、希望とまで言われるといよいよ気になってきた柚乃が望子の為にも己の為にも話を戻し、本題に入ろうとした──……その瞬間だった。
『──今──に伝え──』
『え? なんて……?』
「……!」
突如、柚乃の声が途切れ途切れにしか聞こえなくなった。
望子は『咳き込んじゃったのかな』くらいにしか思わなかった様だが、ローアはこの一瞬で起きた事態に気がついた。
「……如何に邪神の力とはいえ残滓程度では、これ以上この世界とチキュウとやらを繋いでおく事は出来ぬ様であるな」
『え……!? そんな、おかあさん……!』
もう間もなく、か細い糸が千切れてしまうのだろうと。
『思い出し──ぐるみ以外──あの人の──まほ──』
『おかあさんっ!!』
事実、必死に望子へ何かを伝えようとしている事は分かるものの、その言葉の全容を碌に理解する事も出来ぬまま。
『──……』
『おかあ、さん……? もしかして、もう……!?』
ついに、声が完全に途絶えてしまった。
時間にしてみれば、たった二分近くの超遠距離会話。
『こえが、きこえなくなっちゃった……っ! ろーちゃん、わたし、どうしたら……これを、どうしたらいいの……!?』
「……」
『ろー、ちゃん……?』
もう二度と訪れない機会を無駄にしてしまった、と子供ながらに混乱し、そして絶望を露わにする望子とは対照的に。
(考えろ……女神ジュノは、最後に何を託そうとした……?)
ローアはただ、思考していた。
望子が、邪神が、柚乃が繋いだ全てを無駄にせぬ為に。




