独りでは逝かせない
今この戦場に居合わせている者たちの中で、ピアンと最も深い関わりを持つ者と言えば──最早、言うまでもなく。
(……成長したね、ピアン)
ピアンの師匠、リエナその人である。
尤もピアン自体が文字通りの若輩者である為、実のところ一緒に過ごした時間は十年と少し程であり、リエナの年齢を考えればピアンより長く共に居た者は他に幾らでも居る筈。
だが、千年以上の刻を生きている彼女が弟子としたのはピアンと望子の二人だけ、それ以外は王族でも貴族でも突っぱねてきた事を思うと、やはり特別ではあったのだろう。
そんな弟子が、姿も見えない大樹の中で命を落とす。
命を賭して、仲間たちへ全てを託すのだ。
ほんの一瞬の、そして最期の一撃を放たせる為に。
(……顔を見て、労ってやりたかったね……)
出来る事なら、直接その顔を見て『良くやった』と褒めてやりたかったところだが、それは後でもいいだろうと笑う。
きっと、同じところへ逝けるだろうから──。
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「やはり、君がこれを……!」
一方、リエナとは対照的にピアンの最期を看取る事を強いられる形となったアドライトは顔だけでも向けたものの。
そこで見たのは、どう見ても生命維持は不可能だと断言出来る程の血液を吐き出し、元々赤かった瞳を血涙で更に赤く染め、リエナが造った杖に縋る形で力なく座り込む兎の姿。
最早、如何なる魔術や恩恵でも回復は見込めないだろう満身創痍のピアンに駆け寄っていきたいのは山々だったが、そんな事を出来る余裕も猶予も今のアドライトにはない。
手を離せば、ピアンの命を賭した行動が無駄になるから。
ゆえに、こうして顔だけを向けたアドライトに対し。
「げほ……ッ、これ、が……私の、最期の魔術、です……ほんの一瞬しか、お役に立て、なくて……ごめんな、さ──」
「ピアン……ッ」
進化した後も気弱な部分はあまり変わらなかった彼女らしいと言えばらしい謝罪の言葉を最期に、ピアンは己が吐き出した夥しい量の血溜まりの上に倒れ込み、息を引き取った。
その死に顔は、どこか晴れやかな様にも見える。
……きっと、彼女は成し遂げたのだろう。
彼女なりに、彼女に出来る精一杯を──。
「私もすぐに逝く、君を独りにはさせない……けれど──」
残り、十五秒。
もう、アドライトの全身は幽霊であるかの様に存在が希薄となっていたが、その瞳にはまだ熱い覚悟が宿っており。
「──せめて一泡、吹かせてみせるッ!! キュー!!」
『いつでもいいよ、アドライト!!』
『ッ、やってみるが良いわ!!』
その覚悟が今、彼女が操縦するキューにも伝わり。
魔王さえも警戒させる、最期の一撃を放つに至った。
「『──【一矢草電・風雷之如】!!』」
全身に這う根の大砲を一つに束ね、たった一本の巨大な植物の矢にファタリアの魔力で強化された雷属性を付与し、それを上之森人に進化した事で更に精度を増したアドライトが操る風属性と雷属性の魔力で加速、硬度も樹属性によって向上させた、まさに三人の力の結晶と言える最大威力の射撃。
残り五秒、遂にその一撃が──……衝突した。
『く……ッ!? お、おぉおおおおおおおおおお……ッ!!』
ピアンによって超高々度から落とす様に発射された事も相まって、その圧力は魔王をも僅かにとはいえ押し負かし、アドライトの進化した恩恵も後押しした結果、確かな痛撃となり不壊を崩し、痛みと怒りと屈辱による咆哮が響き渡る中。
(もう、何も見えない……分かるのは、全身が崩れていく感覚だけ……ミコ、頑張ってね……カナタ……今、逝くから……)
かたや、ボロボロと痛みを感じる間もなく崩壊していく己の巨軀を鑑みるより、この後に起こる全てを任せてしまく事になる幼い勇者を思いやり、そして先に逝ったであろう聖女への言葉を優先させながら枯れ果てていくキューと。
(まさか、アタシがこんな最期を迎えるとは……ま、無駄に長く生きてきた生涯の〆にしちゃ悪くなかったかも、ね……)
かたや、元より肉体を完全に失っていた為に消えるものがあるとすれば精神だけだったせいか、それとも単に長生きしていたせいか、他二人より平静な死を迎えたファタリアと。
(通用したのか、しなかったのか……確認できないのは残念だけど……出来る事は全部やった……後は、頼んだ、よ……)
かたや、冒険者らしく最期の一撃の効果の程を知りたいという想いこそあれど、今はただ己への賛辞と遺していく仲間たちへの激励をのみ脳内で呟き、霧散していくアドライト。
ピアンに続き、三人の仲間の命が潰える。
たかが時間稼ぎの為に、されど時間稼ぎの為に。
この犠牲が無駄に終わるか、価値あるものとなるかは。
幼い勇者と、白衣の元魔族の奮闘に懸かっていた──。




