邪神の抜け殻
火を司る邪神、アグナ。
土を司る邪神、ナイア。
これら二柱の邪神が勇者一行の与り知らぬところで魔王と会敵、生態系を変化させる程の激闘の末、魔王が二柱を吸収し、その力の全てを我が物とした事は全員が把握しており。
希薄ではあれど望子の中の二柱にも意思、或いは感情の残滓の様なものが燻っている以上、魔王の中の二柱が似た様な状態になっていたとしても不思議ではないのかもしれない。
……しかし、しかしだ。
今、魔王から抜け出た邪神は──あまりに、虚だった。
およそ生気と呼べる様なものを微塵も感じられない。
あれでは、まるで──。
「どういう事だ……!? 邪神が解放されたとでも!?」
「解放……ッ、じゃあ魔王本体は弱体化して……?」
『……そうは見えないね』
翻って、キューの体内から事態を垣間見ていたアドライトとピアン、ファタリアの三人は困惑どころか混乱している。
当然と言えば当然だろう、同じ様に二柱の邪神の力を我が物としている望子でさえ、こんな事は出来ない筈だから。
だが、そんな三人とは対照的に──。
「……アレは多分、〝抜け殻〟さね」
「抜け殻……!? 何だそれは!」
長い刻を生きる狐人、リエナは既に見抜いていた。
あの二柱の邪神が、抜け殻であるという事を。
「吸収した邪神の力を体内に押し留めたまま、手数を増やす為だけに体外へ排出された〝搾り滓〟、か……憐れだね」
『ンな事言ってる場合かよ婆様!!』
「アイツらも凄ェけど、流石に三対一は……ッ」
スピナが補足した通り、空になるまで力を吸い取るだけ吸い取られた後、最早ゴミか何かの様に体内へ放置していたそれらを放り出しただけの搾り滓でしかないという事を。
確かに、憐憫を感じないと言えば嘘になるかもしれない。
仮にもコアノルと同じく女神から生まれた存在でありながら、コアノルの糧として存在ごと吸収、挙句の果てにほぼ死体と変わらぬ己の肉体を捨て駒とされてしまったのだから。
……とはいえ、それが何だというのか。
如何なる事情があろうとも、魔王に加えて二柱の邪神の力が独立して襲って来るなど、脅威である事に変わりはなく。
たとえ負傷していても強者である事に疑いはないリエナやスピナはともかくとして、ルドやカリマといった並以上ではある程度の強さしか持たない者では対処など不可能であり。
『さぁ征くぞ、邪神の残滓ども! 彼奴らを滅す矛となれ!』
『……考えてる暇はなさそうだ。 アドライト、迎撃を』
「ッ、どのみち残り二分弱! この命が続く限り──」
それを知ってか知らずか、コアノルは【世界樹人】と化したキューのみならず未だに結界を展開し続けているレプターと、その結界の中に居る者たち全員を狙い始め、それに気づいたアドライトは改めて命を燃やし尽くす覚悟を決めたが。
「「『──……?』」」
どういう訳か、抜け殻たちが動かない。
宙に浮き、だらんと俯いたままの状態から動かない。
それこそ、まるで糸が切れてしまった人形の様に。
『何をしておる! さっさと征かぬか木偶どもが!!』
『『……』』
当然、魔王も苛立ちを覚えて怒号を飛ばしたものの。
『……何じゃ? 何故こちらを向いて……』
その怒号が響かないばかりか、ゆるりとした動きで命令とは真逆の方を向いたのも束の間、コアノルが何かを察する。
『……貴様ら、よもや──』
『──ぐぅッ!? お、おのれ、やはりか……!!』
「えっ!?」
『邪神の抜け殻が、魔王を攻撃した……?』
瞬間、火の邪神アグナの抜け殻がウルを遥かに上回る熱量を持ち扇状に拡散する火炎で、そして土の邪神ナイアの抜け殻が魔王の半身程の長さを持ち魔大陸の地面から出現した魔鋼鉄の棘で魔王を攻撃するという予期せぬ事態が起こった。
魔王と出自を同じくし、同程度の神力を持つ二柱の邪神の力は、たとえ残滓と言えど確かに魔王の〝不壊〟を削り。
再生こそ追いついていても、しばらぬ消えぬ痛痒を与える程の文字通り神懸かった攻撃に一行が呆気に取られる一方。
「……成る程、こりゃあ良い意味で想定外だね」
「もう何が何だか……! リエナ、あれは!?」
またも、リエナは誰より早く全てを悟る。
「〝内側〟か〝外側〟かの違いはあれど──」
魔王と、あの抜け殻たちに起きた現象は言うなれば──。
「──〝叛逆〟だ。 アドライトが起こされた物と同じ、ね」
「「『……!!』」」




