【極精霊化】
──死んでもらう事になる、というファタリアの発言に。
二人は共に疑問符付きの声を漏らした──ピアンは感嘆符も付いていたが──ものの、そこに込められた意図は違う。
何を今更、というのはアドライトの感想。
それもその筈、彼女は原種による〝謀反〟の影響で残り数分まで寿命が削られており、『言われなくとも放っておけば死ぬのに』と時間の無駄を咎める様な目線さえ向けていた。
死んでもらうとは一体? とはピアンの感想。
ファタリアの言の真意を汲み取れていないが為の純粋な疑問とも取れる一方、アドライトを助けてもらえないばかりか自分まで『死ね』と言われている現状への困惑とも取れる。
……とにもかくにも、あまりに情報が足りない。
そう思った二人の視線を感じ取ったのか──姿が見えない為、取り敢えず上を向いているだけだが──ファタリアは時間がないとは分かっていつつも手短に語り出す。
そもそも、この【世界樹人】とは神樹人の最後の切り札。
……いや、最期の切り札と言った方が正しいだろう。
何しろこの姿に成り果てた後、神樹人は神樹人にも樹人にも戻る事は出来ず、さりとてそのままの姿で生きていく事も叶わず短時間で枯れ果て、例外なく死に至るのだから。
かつての魔王軍との戦の際、【世界樹人】に変異を遂げた神樹人たちもまた、それを承知の上で挑んでいたという。
つまり、こうして【世界樹人】となったキューも、並の魔族を遥かに凌駕する魔力や神力、耐久力や再生力と引き換えに、直に訪れる死から逃れられなくなってしまった訳だが。
それと、ファタリアの姿が一向に見当たらない事や『どこにも居ない』、『死んだ様なモン』などといういまいち要領を得ない発言の数々に何の関連性があるというのだろうか。
勿論、関連性はある。
その名に〝神〟を冠する亜人族である神樹人は、さも当然の様に単独で【世界樹人】への変異を可能としており。
それは神樹人に進化して日が浅いキューも例外ではない。
……本調子ならば、だが。
変異する前、そして変異した後もキューは魔王が魔大陸ごと支配して一体化した影響で身体に流し込まされた禍々しい闇の神力によって死の一歩手前まで追い詰められていた為。
単独での変異こそ可能とし、かの恐るべき存在が落とさんとした太陽が如き一撃も受け止めてはみせたものの、それ以上の行動を満足に取れるかと問われれば否と答える他なく。
形を保つだけで精一杯というのがキューの現状なのだが。
ここで、ファタリアの存在が重要となってくる。
彼女は今、自身が言った通りどこにも居ない。
……しかし、どこにも居ないというのはあくまでもアドライトたちの視界に映っていないという意味であり、ファタリアの存在そのものが消失してしまった訳では決してない。
彼女は今、【世界樹人】における脳以外の運動器──脊髄や末梢神経、筋肉や関節などといった、生物が肉体を動かす為には必要不可欠となる数多の器官を機能させるべく。
己の存在を、【世界樹人】の全身に散りばめさせていた。
──【極精霊化】。
亜人族に分類こそされているものの、その性質は限りなく精霊に近いと云われている妖人の中でも長き歳月を生きた者だけが過酷な修練の末に会得するという超級魔術。
己の肉体や存在自体を完全に精霊へと変異させ、精霊が持つ〝生物や物質に憑依し、魔力や神力に依存しない原動力を与える〟能力を精霊以上に使いこなし、その一生を憑依した生物や物質の中で終える事となる正真正銘、最後の一手。
キューの【世界樹人】と違うのは、憑依した生物が死んだり物質が修復不可能な程に破壊されたりしない限り憑依した妖人が死ぬ事はないという点にあるが、ファタリアが憑依したのは避けられぬ死に後ろ髪を引かれている世界樹の巨人。
死んでいる様なモン、とは比喩でも何でもなかったのだ。
……つまり、この時点で。
キュー、アドライト、ピアン、そして──ファタリア。
四人もの死が確定してしまった事になる。




