上之森人
森人という種は、かつて地下に国を造り上げる程の一大勢力であった亜人族、鉱人と並ぶ最も数の多い亜人族である。
森と呼べる程に樹木が密集している場所なら最低でも数人の森人が住んでいるのは当たり前であったし、『森人とは何か』と問われれば『森そのものだ』と答える者も居たとか。
また、秀でていたのは何も個体数だけではない。
教わるまでもなく物心ついた時には卓越している弓の腕。
風、雷、樹──三種の属性を纏った魔術と武技。
あらゆる植物と心を交わし、言葉までもを交わす力。
それらの能力は、森人という種を亜人族のみならず人族も含めた殆どの生物を〝生存能力〟で上回っていたという。
……無論、龍人や神樹人を除けばの話だし。
誇っていたその個体数も、千年前と百年前に勃発した魔族との戦争の中で随分と減り、今となっては〝最も数の少ない亜人族〟の一種となっているのだが、それはさておき。
ここまでの能力は全て、森人という下位種が持つもの。
この種が進化を遂げた暁には上述した能力の性能がそのまま向上するのは勿論の事、〝神〟と名のつく上位種にこそ及ばずとも充分な程に強力な新しい能力も獲得するのだとか。
アドライトは長く銀等級の冒険者として燻っていると思われていたが、それも全ては〝金等級以上になると様々な特権を得る代償として王侯貴族からの受けたくもない依頼を受けなければならない〟という不自由な柵に囚われぬ為。
元々、金等級相当の器ではあったのだ。
……上位種への進化を可能とする程の器ではあったのだ。
ちなみにリエナやスピナ、ファタリアなども下位種のままではあるが、こちらについても当然ながら上位種は存在するし、やはり上位種への進化は可能であるものの、それを果たしていないのは、この三人が既に完成しているからである。
本来なら〝上位種への進化〟という希望に満ち溢れた進路を選ぶ事も出来たのだろうが、時勢がそれを許さなかった。
彼女たちは下位種のまま一般的な上位種でさえ獲得不可能な程の力を得た影響で、進化を選ぶ必要がなくなったのだ。
火光と瑞風は、特に。
しかし、アドライトは違う。
彼女も割と長生きな方ではあるが、実のところ魔族との戦争には関与しておらず、かの戦場とは無関係な地で魔族と戦闘した経験はあるものの、良い意味で未成熟なままなのだ。
そして何より、彼女は知っていた。
森人が上位種へと進化する為に必要な条件が、勇者一行の最終目的地たるこの魔大陸に図らずも揃っている事を。
その条件とは、〝心を交わした植物の力を貰う〟事。
借り受けるのではなく、全てを譲り受ける事。
森人に力を譲り渡した植物が死ぬ事を前提として。
それも一つや二つではなく、膨大な数の植物の力を。
つまり、アドライトは──。
『成る程、魔大陸に植生する原種を強制的に取り込む事で上位種への進化を遂げたか。 見上げた覚悟よの、〝上之森人〟』
「ッ! やっぱり……!」
「はッ、ここに来て進化たァあの子らしいね……」
魔大陸に根を張る原種の植物の実に半数以上を心も言葉も交わす事なく、ただただ己の才気を誇示する事によって無理やり力を奪い取り、上位種への進化に必要な糧としたのだ。
全ては、この戦いを終わらせる為の一助となる為に。
……ところで、コアノルはこう言っていた。
見上げた覚悟よの、と。
その謎めいた呟きの意味を理解しているからこそ──。
(死は不可避としても……さて、どれくらい保つかな)
アドライトは、全てを悟った様に微笑んだ。




